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うつ病からの脱出 第65号 前職について
ここで改めて、ちょっとさかのぼって私の前職や略歴をお話ししたいと思います。
1998年、室蘭工業大学という一応国立大学の大学院博士後期課程を修了し、株式会社ア○○ンテストに入社しました。27歳のときです。
工学博士とはいえどそれほどレベルの高くない大学でありますし、私もそれほど偏差値が高い人間ではないものですから個人的には「なんちゃって博士」だと思っています。
実際世間に誇れる業績も残せませんでしたし。
かなり甘い選考で学位を取らせてもらった感じです。
それはさておき、就職先の株式会社ア○○ンテスト、本社事務所は東京に構えてありますが、拠点は埼玉県です。
主力は半導体試験装置、電子計測器の2本柱です。
当時R&D(研究開発)センタが埼玉県の行田、大利根、群馬県の邑楽郡明和町にありました。
この会社に入社したのは、実に運が良かったという感じでした。
1997年9月の最終週月曜日に面接を受け、受けたその日の夜に合格を知らされ、その週の10月2日に内定式、と、ひょいひょいと決まったというかほとんど滑り込み状態で運良く決まった感じでした。
なぜそうなったかというと、夏休の期間中、国際会議の学会発表などが2つもあり、準備などに追われる中、なかなか博士の学位をとれるめどが立っていなかったため、就職活動に時間を割く余裕もなかったのです。
しかし8月中旬学位を取れそうなめどが立ち、就職先をさがさないと・・・と考えていたところにア○○ンテストに勤めている先輩社員から「うちで人欲しがっているよ」という情報をもらったのでした。
まあ、ふつう博士というと、大学に残るとか、その大学で空きがなければ他大学の助手やポストドクターの道へ進むとかいう選択肢もあるのですが、私としては博士後期課程3年間で自分の力量の無さを垣間見ました。
大学に残って研究者の道を進むほど力は無いと痛感したのです。
まず、その研究分野や周辺分野の最新情報を常にチェックする必要がありますし、何をやれば他人と違って新しくてオリジナリティのある研究かなど、自分で考え出したり見極めたりする必要があります。
もちろん、研究に対しては仮説を立て、それを実証できるような実験計画を立て、実際に実験をし、はたまた機材が無い場合は買う、作る、もらうなどして調達し、実験結果を分析し、理論立ててまとめ、論文として発表する、論文だけではなく、学会でも発表する、というようなことが主な仕事です。
学会発表も国際会議などでは英語ですし、英語で世界の研究者達と議論を交わす必要があります。
どれをとっても私は中途半端でした。
国際会議などでは英語で質問されても何を言っているのかサッパリ聞き取れないので逃げて回っていたりしました。
そんなダメ博士。・・・。
そういうわけで、ちょっと大学で研究者としてはやっていけないな~と思いました。
それでも大学の研究室では、学生の頃は実験したり結果をまとめたりして、真理を追究するような、ある意味クリエイティブな仕事が好きで、
やっていられたんだと思います。
さて、そこで民間企業に就職することにしたのですが、一応研究していた分野に近いことをやっている部署に配属されました。
電子線露光装置(注1)を研究開発している部署です。
そこのコラム(注2)グループに配属されました。
配属されたての頃は、将来はコラムの設計などができる専門的な技術者になれるんだろうなと思って、一応ワクワクした気持ちでした。
最初の頃の仕事は、チャージアップドリフト(注3)を補正するため、電子線のドリフト量の時間経過を計算式で表すというものでした。
なんか難しいことやってるな~、仕事とはこんなものなのかなと思いつつ過ごしていました。
正直、あまり面白みは感じませんでしたね。
他にも、チャージアップしづらい構造の電極の設計などもやりました。
それが一段落したころ、コラム内の有機汚染物質を除去するためのガスを発生する装置のお守役を与えられました。
ガス発生装置は外注メーカーからの買い物です。でも、自社仕様です。
その装置には当時まだ不完全なところがあり、機能的にもまだ追加する必要のあるものや安全面での改善・改良などが必要でした。それをまかされたのです。
また、そのガスは人体にとって危険であるため、漏れ防止の観点から
ガス濃度計をシステムに搭載する仕事もすることになりました。
いつのまにやら、コラム屋さんというよりは有機汚染物質除去ガス屋さんの色合いが濃くなって来たのです。
確かに、電子線露光を安定して行うためには必要な仕事なのですが、
せっかくコラムグループに入ったのにコラムの設計をやらせてもらうことはありませんでした。
だんだん月日が経つに連れ、真理を追究するようなある意味クリエイティブな仕事ではないこともわかって来ました。
また、当事業部の電子線露光装置の売上状況も不振で、一年に一台売れればいい方で、ハッキリ言って不採算事業部でした。
会社側からは予算は縮小されるし、人員も縮小されるし、いいことは何もなかったです。
やりがい
を感じなくなったのは、入社3年目くらいからでした。
露光装置業界では電子線方式は光方式にはなかなか勝てませんでした。
光方式がことのほか頑張って技術開発し、露光線幅の微細化を懸命にやってのけるのです。
光方式に微細化を実現されてしまうと、電子線の出る幕がなくなります。
我々も処理速度を上げるための技術開発に着手しましたが、私にはかなり困難なもののように目に映りました。
そのうち待っていれば事業部の不振状態や電子線露光装置業界の状況が好転するかもしれないとの淡い望みもあり、即決で転職とかは考えずに、もう少し様子を見ていようという感じでやりがいを感じないままではありましたが何年か仕事を続けました。
しかし、処理速度を上げる技術が実現化しても10年後くらい?というように思えました。
そんなに時間かけて開発しても、10年後には光方式がまた先を行っているのが目に見えます。
私は電子線露光装置業界にも嫌気がさして来ていました。
誰しも自分の仕事に満足して働いているわけでは無いと思いますが、
事業部の成績不振、業界自体の将来性の不安、仕事に対するやりがいの無さというネガティブ要素が3つほども重なってしまうと、ホントにツライものでした。
事業部の成績不振については、事業部の一員である自分が頑張って盛り立てて行けば良いと言う考え方もありますが、所詮汚染除去ガス装置のお守役、コラムの設計もできない人間が盛り立てて行くこと等とうてい不可能でヤル気も全く出ませんでした。
むしろ、「沈み行く船から早く逃げ出さなくては」という思いに駆り立てられていました。
注1) 電子線露光装置
半導体ウェハに集積回路パターン(いわゆるLSI)を焼き付けるための装置。
露光装置には主に「光露光」と「電子線露光」の二種類があり、
現状は「光露光」が主流。しかし波長の関係で、光では微細加工の限界がいずれやって来る。
「電子線」露光は「光」露光よりも微細加工が得意である。そこが長所。
しかしながら、処理速度が光に比べて圧倒的に遅い。そこが短所。
ちなみにLSIとは、メモリだとかプロセッサチップだとか、
現在の工業製品(パソコン、自動車、家電などありとあらゆる製品)には欠かせないもの。
注2) コラム
電子線を発生し、成形、偏向して半導体ウェハまで照射する鏡筒ともいわれる部分。
電子線露光装置のハードウェアの心臓部。
注3) チャージアップドリフト
コラム内部に有機物質付着などの汚染があると、そこに電子が蓄積し、 汚染物質が電荷を帯びた状態になる。 これをチャージアップという。
チャージアップがあると、コラム内を通る電子線はチャージアップ分の電荷の影響を受け、 所望の位置とは異なる方向へドリフト(位置ズレ)してしまうという現象が発生する。
そのため、チャージアップドリフトがあると、正確な露光ができない。
つづく
次回も前職の話の続きですが、転職したいなと思い始めたころのお話をお届けします。
発行人:あっし~
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