心の旅日記

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あかさたな
2008年02月22日
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仁和寺 です。

龍安寺からまたまたバスに乗って行きました。

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これは南大門。

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門を入ってすぐ左の建物に入りました。

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ここを歩いていくと庭園へ。

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ここから五重塔を入れて撮ってみました。
雨でなければもっといい画が・・・。

ここを出て、金堂へ。

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これは先ほどの五重塔。

s-P1060268.jpg

仁和寺といえば、みなさんご存知、「仁和寺の法師」の話。
誰もが学校の古文の授業で読んだのではないでしょうか。


仁和寺というのは、この寺が完成した時の年号にちなんでいます。
建てようとしたのは光孝天皇なのですが、完成前に亡くなった為、
その跡を継いだ宇多天皇の時の888年(仁和4年)に落成しました。


ちなみに光孝天皇はみなさん馴染みの浅い天皇だと思いますが、
宇多天皇はその人を知らなくても、
学問の神様で有名な菅原道真を政治に起用した人物です。
といえば分かってもらえるのではないでしょうか。


昔、日本は遣唐使を派遣していましたね。
その遣唐使の派遣を停止したのが、実は宇多天皇の時なんです。


遣唐使の廃止を宇多天皇に建議したのは、自分の登用した菅原道真です。


これにもいろいろあって、
この時、遣唐使として唐に行くように言われていた菅原道真は、
唐に行くのが怖くて廃止を提案したとか、
唐という国自体がすでに疲弊していたので、
わざわざそんな国に使いを送る必要はないと考えたから、など言われています。


当時の、遣唐使として渡った人が生きて日本に帰ってくる確率は、
50%と言われているので、行くのが怖くなるのもわかる気がします。


阿倍仲麻呂は唐に行ったはいいが日本に帰ってこれずに、
そのまま唐に仕え、客死したそうです。


海は怖いですね。


遣唐使が廃止されたのは、西暦894年です。
ちょうど100年前が794年で平安京に都が遷された年です。


話が長くなりました。
きょうはこの辺にしておきますか。





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最終更新日  2008年02月22日 21時28分06秒


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