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2010年06月07日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
東海道線戸塚駅から神奈中バスでブリヂストン前で下車して右に進む。舞岡入り口の三叉路を右に次の信号を左に入ると、旧東海道。しばらく進むと見える赤レンガ倉庫は明治期に作られていた鎌倉ハムの製造所。
DSCN2518.JPG
横浜にやってきた異人たちは、この辺りまで散策にやってきたそうで、ホテルもあったと言う。また船の汽笛が聞こえるとできあがったハムを大八車に積んで運んでいったとか。建物の前の道を右にはいると物思いにふけるチャーミングな石仏がいた。
DSCN2521.JPG
細い道を進み瀟洒な住宅街を進むと、首洗いの井戸跡がある。
DSCN2524.JPGDSCN2525.JPG
後醍醐天皇の皇子護良親王が暗殺された際、、首を抱えてここまで逃げ延びた家来が、ここの井戸で首を清め4本の杭を打ち供養をしたため四つ杭谷戸と言われていたと石碑に記されていた。そのまま進み広い道を右に行き、成正寺脇の階段を上がって進めば王子神社につく。先の井戸で洗った親王の首はここの社の本殿の下に葬られたと伝わる。ここから柏陽台団地に向かう。途中アジサイがきれいに咲いていた。
DSCN2523.JPG
かつてここに生えていたという巨大な松の供養碑があるという。8号棟前の階段を登り山の中を探してようやく見つけたと供養碑は倒れていた。
DSCN2540.JPG
この松を切り倒したところ何年も村の人々が燃料として使えたほどだったという。幹からは臼が沢山造られたとも。どれほど大きかったのだろうか?
帰りは来た道を戻ることにする。松があった辺りを振り返って大きな松が立つ姿を想像してみた。
DSCN2541.JPG

舞岡入り口にある五太夫橋は
DSCN2552.JPG
石巻五太夫がここで江戸に移る徳川家康を出迎えたことから名付けられたそう。1号線沿いのファミリーレストラン前には江戸方見見附跡の碑が建つ。
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最終更新日  2010年06月07日 21時46分05秒
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