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リンロン88

リンロン88

2010.03.15
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いろいろな本を読んだり、人と話をしたりする中で、逆に自分が何に関心を持ち、何を求めているのか、ということが段々と分かってくるときがある。

つまり、ふと読みたくなる本、したい会話、そういったものから、自然と自分の関心がどこにあるのかが逆算的にはっきりしてくる、ということだ。
あるいは、読んだ本、話した内容に不満を感じることもあるが、それからも、何に不満を感じたのか、ということからも同じ事が言える。

すでに2年以上にわたって、クリスチャンでもないのに教会へ通い、Worshipの前の教会学校ー聖書勉強会にも、できる限り参加している。

ここで勉強することは多いが、なにしろ聖書を読むのも初めてなら、クリスチャンの方の考え方や信仰の背景というものを知る初めての機会でもあったので、当初は非常に新鮮で、日ごろよく耳にする逸話やことわざや、もっと言えば西洋社会(というか、キリスト教社会)の考え方の根底にあるものが、どういった背景や話のなかから生まれてきたのか、ということについて、本当にいろいろ勉強することができた。

ところが、最近になって、その「キリスト教」的考え方と同時に、この聖書勉強会が「何を」「どう」勉強するのか、ということが分かってくると、その勉強する内容というか方向性を含めた内容が、若干私のそれとずれているのが次第にはっきりしてくる。

冒頭に挙げた「本を読んだときに、何を不満に感じたか」から自分の関心のありようが逆にわかってくるように、この勉強会においても、その生じたずれから、逆に自分が何をどう求めているのか、ということが徐々にはっきりしてくる。

そして、その求める内容と方向性がはっきりするに連れ、この勉強会で自分が学べることの限界というか、聖書自体の内容については、はっきり言って神学というものがあるほど、それこそ無限に近い学習内容があるとは言え、自分自身にとっては、その方向での学びというものを求めているのではない、ということが分かってくる。

聖書勉強会は、名の通り「聖書」と「キリスト教」のことを学ぶ機会であり、それを通して、言ってみれば「クリスチャン」としての成長を目指すものでしょう。


こう書いてもなんのことかわからないかもしれないが、その差は非常に大きく、学習の視点の違いは、たとえば、同じ聖書の同じ箇所に対する議論でも、その内容がまったく異なってくる。
つまり、こういうことだ。

例えば、聖書のある箇所を読む。その意味するところは何なのか、そのことから私たちは何を学び何を実践すべきなのか、ということを話したとしよう。
すると、その意味するところは何なのか、からして、すでにクリスチャンの方たちと私とでは異なってきて、さらにそれから学べる事、というと、これはもう全然違ってくる。
端的に言えば、クリスチャンの方々は、これから「神の意思」と「神の愛」そして「神の恵み」を汲み取り、「感謝」する、という方向にだいたいのケースがなる。

私は、と言えば、そこですでに「なんでこれが神の愛なのか」「本当に愛だったら、どうしてそうなるのか」といったところで躓いている。そこから自分自身納得のいく様な解を探そうとし、その自問、反問の過程で、本当に考えさせられ、自分としては考えた事もないようなことを考えることを通じて「学び」がある。

こういったことからわかることは、私が求めているのは、キリスト教という枠の中での学びではなく、ある意味、キリスト教あるいは「聖書」というものを含めた世界の枠組みだ、ということかもしれない。






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Last updated  2010.03.16 04:48:17
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Re:求めているもの(03/15)  
panasea75  さん
リンロン88さん、おはようございます。

聖書の解釈の問題では、クリスチャンでない日本人は必ず壁?を感じることがありますよね。
私なんか、日本の北の区域のプロテスタントの牧師さんやその周りの信者のひとに耐えられなくなって離れた経験があります。
しかし、聖書にいちどかかわるとかなり深い影響を受けるものです。
自分の解釈でもよいので、親しみ続けると色々と分かることもあってありがたいです。
私はそう思って読んでいます☆ (2010.03.16 09:27:21)

Re[1]:求めているもの(03/15)  
リンロン88  さん
panasea75さん

そうですね。みないい方ばかりで、クリスチャンだったら教会というところは非常に居心地のよいところだと思うほどなので、耐えられない、ということはないのですが、時々居心地が悪くなるのは避けられません。ここはバプティストで、押し付けがましいところはほとんどないので良いのですが、場所によってはたえられないでしょうね。

でも、それはそれとして、学べるものは学ぼうと今現在はまだ思っていますが・・・。
だんだんと聖書からその周辺へと向かいつつあります。


>リンロン88さん、おはようございます。

>聖書の解釈の問題では、クリスチャンでない日本人は必ず壁?を感じることがありますよね。
>私なんか、日本の北の区域のプロテスタントの牧師さんやその周りの信者のひとに耐えられなくなって離れた経験があります。
>しかし、聖書にいちどかかわるとかなり深い影響を受けるものです。
>自分の解釈でもよいので、親しみ続けると色々と分かることもあってありがたいです。
>私はそう思って読んでいます☆
-----
(2010.03.17 05:54:47)

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