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リンロン88

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2010.06.10
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カテゴリ: スピリチュアル



物質の時代から精神の時代へ、などと言われることもあったり、物質万能主義の行き過ぎが現在の人類の危機的状況を招いた、との反省から、より「見えないもの」に対して意識を向けていくことが必要だ、とか、人間の精神性の向上を図らなければいけない、とか、いろいろ言われています。

ただ、一度科学の科学たる所以を認識して、その有用性を確認している現代人に、昔のままの「精神性」とか「宗教性」とかに回帰することを求めるのはおそらく無理だと思います。

そういった科学の科学たる部分を捨てずに、いやそれを以って、あらたな精神性とか宗教性を考えていかなければならないんだろうな、と思います。

そんな観点で書かれている本の一つが、以前に読んだ

生ける宇宙―科学による万物の一貫性の発見

であったり、今読んでいる

叡知の海・宇宙―物質・生命・意識の統合理論をもとめて

などの本であったりします。

科学は、古くは哲学の一つであったわけですが、宗教は宗教として、独自に発展し、宗教哲学というものがあるにしても、一般に宗教という場合は、哲学としての宗教ではありません。

で、そういった普通の意味で、科学と宗教の、私にとっての一番の違いはなにか、と言うと

科学 ⇒ その定義からして、批判と批評、それに評価を幾重にも受けて完成されるもの

宗教 ⇒ ともすれば、批判も批評も受け入れず、逆にそれを封じ込めようとする力が働き勝ちであるもの

という点である。

科学的思考と言った場合に、それは再現性とか論理性とかいろいろあるだろうけれど、根本のところでは、誰もが自由にそれを批判しうるし、それに耐えてきたものだけが生き残り、そうでないものは淘汰される、といった科学の科学たるあり方がその思考を支えている。

一度、こういった科学的思考になじんだものにとって、無批判になにかを受け入れることは耐え難いことであるし、そうしてはいけないものと教育されてきている。

一方での「宗教」というのは、全てがというわけではなくとも、その大部分においては「信じる」ことが、まず有りき、という面がある。



そこには、科学に見られるような、そういった「自由な批判・批評」を許容する風土は、残念ながら持っていない。

この一点が、私が考える「宗教」の最大の問題なのではないか、と本を読みながら思ったしだいです。





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Last updated  2010.06.10 07:16:23
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リンロン88 @ Re[1]:「いただきます」と「ごちそうさま」(03/29) プチプチ大家さん >リンロンさん、もう楽…
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リンロン88 @ Re[3]:存在そのものの「罪」(03/19) なみがしらMさん > 私が,言っているの…
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