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リンロン88

リンロン88

2010.07.07
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カテゴリ: 読書

「時間を哲学する」という本を読んでいて、面白いことが書いてあった。

題名からして、この著者はいわゆる「哲学者」なのだが、その彼が、

「哲学者がさももっともらしく『本当の』とか『真の』とか言うときは気をつけなければならない」

「なにかを言うときに、『本当の』とか『本当は』とか、『真の』とかつけるだけで、さもその後に書くこと、言うことが高尚な内容に聞こえることがあるからである。」

というのだ。考えてみると確かにそうだ。

例えば、

「俺に言わせれば『本当の』幸せってのは・・・・」

とか



「自分でわかったつもりになっている人が多いが、『真の』知識というものは・・・」

などと言うと、まず世間一般で言われていることや、常識的に捉えられている解釈とは違って、より深く考えると、あるいは、一段高いレベルから考えてみると、ということで、さも大層な考えを説いているように聞こえる場合が多い。

これはなんにでも言える。

「本当の」宗教、「本当の」信仰、本当の「真実」、「真の」幸福、「真の」善、などなど、

そんなものはないかもしれないのに、あるいは観点が違うだけかもしれないのに、言っている本人はそれが「本当の」とか「真の」とか思っているだけだ。

しかし、こういう言い方は、その言っている本人が、本当にその「本当の」とか「真の」というものを知っている、という前提で話すから始末が悪い。


聞くほうも聞くほうで、「ほお~、それが『本当の』〇〇というものか、」などと関心してはいけない。

下手をすると「これは良いことを聞いた」と、聞きかじりのままに、他の人に向かって、またまた「本当の」〇〇ってのは、こうなんだよ、なんて知ったかぶりをする人が出てくる。

人があることを「幸せ」と感じているとしたら、それに向かって、「でも『本当の』幸せってのはそんなもんじゃない。』と言ったって仕方がない。なぜなら、「幸せ」はその人の主観であるからだ。

私など、よく本を読むと、非常に斬新な考え方をする人がよく見つかる。それを知っただけで、さも自分が得をしたような、ひとつ偉くなったような気になってしまう。

自分も、そんなことを「本当の」何々ってのは・・・、なんて言っていないだろうか。














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Last updated  2010.07.07 06:29:17
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リンロン88 @ Re[1]:「いただきます」と「ごちそうさま」(03/29) プチプチ大家さん >リンロンさん、もう楽…
プチプチ大家@ Re:「いただきます」と「ごちそうさま」(03/29) リンロンさん、もう楽天ブログは止められ…
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