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リンロン88

リンロン88

2010.08.28
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カテゴリ: スピリチュアル



ある大学の英文科を卒業した若者が、自分のやりたいことを見出せず悶々とし、とりあえず、自分には向いていないと思いながらも教師になる。

彼はその後も転々と職場を変えたり外国に行ったり本を読んだりしたのだが、そのやりたいことが分からないまま時が過ぎる。

彼は

「私はこの世に生まれた以上、なにかしなければいけないと言って、何をして良いのか少しも見当がつかない。私はちょうど、霧の中に閉じ込められた孤独の人間のようにたちすくんでしまったのです。そうしてどこからか、一筋の日光が射してこないかしら、という希望よりも、こちらから懐中電灯を使って、たった一筋で好いから先まで明らかに見たいと言う気がしました」

と思うのでした。

そして、あるとき、彼は悟るのです。

「今まで全く他人本位で、根の無い浮き草のように、そこいらをでたらめに漂っていたから駄目であったということにようやく気が付いたのです。私がここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまう、いわゆる人まねを指すのです。」



「その自己本位を立証するために科学的な研究やら哲学的な思索にふけり」出し、そしてその後の自分の進むべき道を見出したのだそうです。


これは、夏目漱石が彼の若き日を語った「私の個人主義」という講和録です。

しかし、この自己本位に生きることは、他人本位に生きることに比べると、全てが自己責任になることを含めてきわめて厳しい道となる。

つまり、自己本位といい、個人主義といい、それは、全ての責任を自分で担う、自分の人生を自分で切り開く権利に付随して、それに伴う自己の責任の徹底的な覚悟が不可欠だ、ということです。

信仰や宗教も同じでしょう。人の言ったことを信じていれば楽だし、それを言ったのは「他人」です。それが間違っていても、期待どおりに行かなかったとしても、その「他人」のせいです。

しかし、自己本位は違います。人の言ったこと、本に書いてあることを鵜呑みにせず、自分で考え、自分で答えをだし、その答えに対しては自分が全責任を負うことです。誰のせいにもできません。

これは、実生活では、会社に勤めるサラリーマンと、会社を自分で興して運営する経営者の違いみたいなものでしょう。

自分の人生の「経営者」になりたいものです。






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Last updated  2010.08.28 07:11:15
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ミネルヴァ@ Re:アメリカに長く居すぎた、と思うとき(01/15) 明後日アメリカに向かいます。 参考になり…
リンロン88 @ Re[1]:「いただきます」と「ごちそうさま」(03/29) プチプチ大家さん >リンロンさん、もう楽…
プチプチ大家@ Re:「いただきます」と「ごちそうさま」(03/29) リンロンさん、もう楽天ブログは止められ…
リンロン88 @ Re[3]:存在そのものの「罪」(03/19) なみがしらMさん > 私が,言っているの…
なみがしらM @ Re[2]:存在そのものの「罪」(03/19) リンロン88さん >なみがしらMさん >…

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