2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全24件 (24件中 1-24件目)
1
自殺という事を1回でも考えた事ありますか?それはどうしてですか?悲しかったから?辛かったから?つまらなかったから?いじめられたから?だから自殺を考えたのですか?いじめられてる人からしてみれば、私の気持ちなんかって思う人いるみたいだけど、自分の気持ちを人に知ってもらってなんの特になるの?同情がほしいの? それなら、人に対して「死ね!」といった事のある人。私も幼かった頃は「死ね!」と何でもないように言ってたことがある。でも、その時は「死」という本当の意味を知らなかった。そんなの、単なる言い訳。「死ね!」と大人になっても平気で言える人。何で死ねというのですか?むかついたから?うざかったから?本当にその人のことが嫌いだから? 簡単に自殺を考えてる人が身近にいた。その人を自殺するという気持ちにさせた。相談に乗って上げられなかった。そんなこと考えてたなんて、知らなかった。その人から自殺しようと思ったと聞いた時、何も言わずひっぱたいてやろうかとおもったが、それはしなかったけど、本当にショックだった。 日本に帰って町を歩くと冗談で、「死ね!」といってる人たちをたまに見かける。人にそう簡単に「死ね」と言っても何も思わないのか?私は考えさせられるものがある。 「死」という言葉。人は生まれたときから死ななければいけない運命という荷物を背負って生きている。それは、人だけでなく、この地球上にいる全ての生物もおんなじだ。そんなこと考えたくは無いけれど、それが現実。現実からは逃げられない。だからって、元気なうちに「死」を早まって良いのか?いいわけがない!生きたくても病気で死んだり、戦争で死んだりしてる人たちは沢山いるのに、元気な人が自殺?!ふざけんな!!!元気な人に対して、元気な人が「死ね!!」?!ふざけんな!!! 「死」と言う事をもっと考えるべき。冗談でも、冗談にならない時もあるから。もう少し考えよう、「死」とういうことについて。 自殺を考えてる人たちに言う。命の大切さ感じてほしい。死んでからでは遅いから。元気なうちは、元気でいてください。みんなで元気同盟組みましょう。
2003年04月30日
コメント(3)
私は昨日、いつものようにストリップバーに行った。いつもは、ストリップなんて全然気にせず、ビリヤードをやっているんだけど、昨日だけは違った。 私の相棒が「ちょっと、ストリップ見ようぜ!」と張り切って言い出したので、「行ってきなよ~。見ててあげるから。」っていったら、私も行かなくちゃつまんないというのだ。だからしょうがなく、レズでもないのに目の前の椅子に座らされて、$1札を用意して、私は裸の姉ちゃんから目をそらしていた。でも、そらせてばかりじゃ、踊ってるストリップの姉ちゃんに申し訳ないから、ふと顔を上げたその瞬間!私はその姉ちゃんと目が合ってしまった。「しまった!!!」その時、かなりやな予感がした。案の定その予感は的中!どんどんその姉ちゃんが近寄ってきて、私の口に札をくわえさせ、次に何をしだすのかと思ったら、耳に息を吹きかけられ、口と口でお札を渡すはめになった。その時の彼女と私の唇と唇の距離は、たった2ミリくらいだった。私は赤面状態で、しかも体は背筋まっすぐの硬直状態、汗はだらだら、ただの変態おやじのようになってその姉ちゃんが私の目の前を過ぎて行くのをひたすら願った。私はどうしたら良いかわからなく、気づいたら一人で笑っていた。本当にただの変態のようだった。周りを見たら、男の人たちが私の事を見てみんな笑っていた。一人のでぶっチョのおやじは私に向かって、グー!!とかやってきやがって、本当に恥ずかしかった。 でも、その姉ちゃんは、本当に良い匂いだったぁ~~。でも、勘違いしないでください。同じ女として、そうおもっただけのことですからね(;¬_¬)。でも、結構面白かったけど、私はもう二度とやらないだろう。
2003年04月28日
コメント(4)
まじまいった!寝てたら、太ももの所が何かチクチクする。これはおかしいと思ってベットの上を確認した。でも、何も見当たらなかった。「気のせいか。(;¬_¬)」そう思ってそのままベットに横たわった。チクッ!「いたっ!!!」これは気のせいではなく、何かに噛まれている痛さだ!私はふたたび飛び起きてベットの上を見ると、そこにはベットの上でもがいているアリが1匹いるではないか。「またアリだ!!」ビックリして私はあわててベット全体を見たが、その1匹だけだった。相当私の太ももが重かったのだろう、あんなに柔らかいベットの上で、あんなに苦しそうにもがいてんだもんな(笑)。死ぬ寸前にこれでもか!とばかりに私の太ももを噛んだのだろう(爆)。でも、全て殺したつもりで安心していたら、まだアリがいたとは!!くやしぃ~~~!!!これからもう一回殺虫剤であり退治だ!!でも、掲示板に一人の人があり退治の方法を教えてくれたので、それもやってみようと思う。水虫がお茶の葉っぱで治るように、アリも意外な事で全滅してくれるかもしれない。これから、私はアリを退治する方法を研究、そして追求していこうと決心した一日でした。アリのためにこんなに悩まされるとは夢にも見ませんでした(泣)。アリさんめぇ~~~!!!おぼえてろよ!!!!いつか、全滅させてやるからなぁ~~~~~!!!!
2003年04月27日
コメント(1)
前に、私がある男が掃除している話しを書いて、今度は自分がおもいっきり掃除をしてみようと思い、掃除をした。 まずは、人が気づかないところから掃除をしようと思い、ベットから棚から何もかも一人でどけて掃除をしてみた。なんとも汚いんだろう!!こんなにほこりがあるとは誰も想像しない。こんな中で自分が寝ていたと思うと、気持ちが悪くなってきた。部屋中に、買ってきた床掃除の薬をまいて、ほこりを取ってからモップがけをした。よしっ!きれいになりました。 次は、床全体をきれいにしてしまえ!!そう思ったとき、この前もくもくと掃除をしていた男が入ってきた。今度はこの前と反対に私が男に質問された。「何でここまでして、掃除をしてるの?」なんだか笑えた。そして私は、「きもちよく暮らしたいから。」って言ったら、男はニヤ笑して私のことを椅子に座ってみていた。私は何も話さず黙々とやっていた。でも、ここからが彼と違う所。彼が掃除をしていたときは私が手伝おうとすると、邪魔者扱いして、結局一人で掃除をやり遂げてしまった。けれども私は、男に手伝ってもらいたくて仕方がなくなった。そう、私は途中で飽きてきてしまったのだ。しかも、重いものをどけたり戻したりしているうちに、ゆうことを聞いてくれない物達に腹が立ってきたのだ。何で私がこんなに腕が痛くなりながらも頑張ってるんだろう??「すいませんが、そこに座ってるなら手伝っていただけませんか?」私は男にそういった。男は「わかった。なにからやればいいの?」と気持ちよく引き受けてくれた。いつも私が物を頼むと嫌がってやってくれない男が気持ちよく引き受けてくれた。明日は嵐だ!!地震だ!雷だ!!そうこうしてるうちに、いつの間にか、私が椅子に座ってまた男が掃除をしているのを見ていた。私はずるい女である。っていうか、やっぱりこの男は掃除が好きなのである。澄から澄まで、私が終わらせられなかった所を段取り良く終わらせていった。そのうちその男が「何で君は座ってみてるの?」痛いところを指摘された。私は「あぁ~~。ごめん、ごめん!」あわてて立ち上がったときには、掃除はほとんど終わっていた。おかげで家の中はピッカピカ!本当にきもちがいい!私が男に「ありがとう。」って言ったら、にっこり笑って何も言わないで座ってテレビを見ていた。私は、以前彼が黙々と掃除をしていたようにやろうとしたが、結局まねは出来なかった。彼が以前掃除していた所に比べれば、どうって事の無い広さなのに、私は一人で出来なかった。はぁ~。もう少し、修行が必要なようだ。
2003年04月26日
コメント(0)
今日は久しぶりにバレーボールをやりに行った。男5人の中に女一人。しかも、白人4人に、黒人一人、そして日本人の私一人のチームだった。初めは、ジムに行っててそこでバレーボールをやっていたのでただ見てたら、座ってないで一緒にやろうって言われて、いつの間にかセッターをやらされた。セッターなんて日本ではやった事も無くて、しかも久しぶりだから本当に緊張した。でも、みんな笑いながら、言い合いながら、教えあいながら、本当に楽しかった。案外私セッターうまいかもしんね~な(ちょうしんのりすぎ!)。 それで、練習試合の結果は私達が3-0の圧倒勝ち!! 1セット目 25対62セット目 25対93セット目 25対13という事で、あさってもやりに行く約束ちゃっかりしてきちゃいました。でも、今日は本当に筋肉痛すぎて何も出来やしないぜ!私もかなり年をとったもんだ(トホホ)。でも、久しぶりに多汗かいて、本当に気持ちよかった。何より、みんなが楽しく笑いながらやったってことが本当にやりやすかったし、面白かった。真剣にやるバレーも好きだけど、この年になるとこういうバレーのしかたが、いいなぁ~。だって、この年でしごかれてもわけわかぞーだぜ(汗だく)。でも、ますますバレーがまた少しだけすきになったような気がする。以上
2003年04月23日
コメント(1)
本当にやっかいな事がおこっちまったぜ!家の中にアリんこが発生!どうしよう!!!しかも、震源地どうやらトイレらしい(爆)。何でトイレからかわかんないけど、う○この中の糖分が多かったのか?それとも尿の糖分が多かったのか?それじゃあ、私は糖尿か?そんなことは無い。何たって甘いものは苦手だかんな。あ!でも、酒は大好きだぞ!!やっぱりそのけが(;¬_¬)。いや、それにしてもどうやってトイレにありんこが入り込んだのだろう?かれこれ、う○こをしながら昨日9匹は殺してるぞ。本当はありんこは春が来た証拠だから、良い天気のときに外でありんこを見た時、かわいらしく見えて、ありんこの歩いてる所を踏まないようになんてかわいい事してたんだけど、家の中で、しかもトイレで9匹も目撃すると異様に腹が立ってきて、しかも、家の中のありんこはイヤに動きが鈍すぎてみてるともっと働け!って怒鳴り散らしたくなる奴らばっかり!!!これから私は震源地探しに忙しくなる。探す前に、ありんこ退治の薬を買ってくることにしよう。ったく~~~。これからありんこに悩まされると思うと、もっとあったかくなるのが嬉しいけど、憎らしい!!とりあえず、今日から震源地探しがんばるぞぉ!!!おぉ~~~~!!!打倒!ありんこぉ~~~~~!!!
2003年04月22日
コメント(1)
昨日久しぶりに、ニューヨークに住んでいる友達とメッセンジャーで話をした。そして、私はその友達からこんな話を聞いた。 ある兵士の話である。今回の戦争で亡くなったある兵士には、8歳位の息子と、6歳くらいの娘、そして日本人の奥さんがいた。その兵士は見方の戦車に轢かれて亡くなったらしい。その家族は、沖縄に住んでいたらしいのだが、軍から旦那さんが亡くなったとの知らせがはいり、その知らせが来た2・3日後に、亡くなった旦那さんから手紙が届いたらしい。その手紙には、子供達への長い文章が書かれていて、「お母さんを大切にするんだよ」のような文章が書かれていたらしい。でも、その文章を読むと、自分が死ぬ事をわかっていたような、遺書的な文章になっていたらしい。この話を聞いて、私は涙を流した。何て残酷なのだろう。小さい子供達がいるのに。さぞ奥さんと子供達は辛いだろう。特に奥さんが日本人という事もあって、何だかかなり身近に感じてしまった。戦争に巻き込まれた家族は大変だ。相当奥さんが強くなくてはいけない。この立場が私なら、夫が軍人とわかっていてもきっと立ち直れず、頭がおかしくなっているだろう。 戦争なんて本当にあってはならない。今後どのような事があっても。決して良いことなんて無いのに。それを、みんなわかっていながら戦争をしてしまう私達人間の愚かさ、情けなさ、弱さ。自分も人間ながら本当に腹が立ってくる。 なにをやってるんだ!!!なにをやってるんだ!!!こんな世界であってはいけないのに!なにをやってるんだ!!本当に今のままでいいのか!そうじゃないだろ!!!もっと考えなければいけないことあるはずなのに。悲しい。本当に悲しい。
2003年04月21日
コメント(0)
想像どうり、いや、想像以上にたけし城はおもしろかった。っていうか、懐かしくてもう一回やってくれることを祈る。 そういえば、気がついたらバックヤードのたんぽぽがいつの間にかすごい数になっていた。生命ってすごい!いつの間にあんなに子孫を増やしたのだろう??夜はたんぽぽはつぼみなのに、昼間になると花が開いてるってことは、昼間のうちに子孫作りしてるのか?それにしても不思議だ。でも、花にしても人間にしても、虫にしても何にしても、頑張って生きているということはすばらしい事だ。何かの夢に向かって生きている人たちはもっと素敵だ。夢が無い人は、無理やり夢を持たなくて良い。ただ、何のためにこれからも生き続けるのかってことを、たまにでいいから考えて生きていってもらいたい。
2003年04月20日
コメント(2)
私の大好きな人が、「別にどうでもいい全然知らない人とは電車の中とか、店の中とかで会うのに、一番会いたい人と何でめったに会えないのだろう?」とつぶやいた。そういえばそうだ。毎日、毎日全然知らない人たちと、道ですれ違ったり、バスで一緒だったりするのに、何で会いたい人とはあえないのか??会いたいと思えば思うほど会えないような気がする。何だか切ない。じゃあ、今度は会いたくても、会いたくないと思っていれば会えるのか?そんな簡単な事じゃない。どうすれば会いたい人に会えるのだろう?でも、会いたいときに会っていたら、その人へのあったときの感動が減る。だから、私的には、本当に久しぶりだから会ったときの感動を味わえて嬉しい。会えた時は、本当に嬉しいから。この感動を大切にしたい。だから私は人と会うことに、あせらない事にしよう。
2003年04月18日
コメント(0)
ようやくコマネチカット(コネチカット)にも春がやってきた。(出だしからつまらないギャグ(爆)ぎゃぐにもならない(とほほ)。私は、春を感じられる事がうれしくって、うれしくって、はりきって半そでで、マウンテンバイクをこいで、普段行った事のないお店にまで行ったりなんかりしちゃいました。本当に気持ちがよかった。帰ってきて、家のバックヤードを見てみると、6個ぐらいのたんぽぽが生き生きと咲いていた。こういう生き生きとしている花達を見ると自分もなぜか元気になれるような気がした(でも、普段から元気すぎて太るいっぽうだけど。)。何か、見ていて全く飽きなかった。そのうち、蜂が来た。普段なら「やべっ!」と思い、逃げるのだが、蜂と戯れるのも良いもんだ、このときばかりはそう思えた。 でも、これがどんどんと暑くなってくると、蜂もうざく感じるんだろうなぁ~(笑)。でも、またそれも良い。 しかし、今日の朝は曇り、しかも、気温も元に戻ってしまって、また寒い一日が始まった。ガ━━(゜ロ゜;)━━ン
2003年04月16日
コメント(0)
幸せってどういうことが幸せなんだ?お金はないけど、家族みんなで仲良く笑顔でいられれば幸せ?お金はあるけど、家族がみんなばらばらで、買いたい物をほしい時に手に入れるのが幸せ?宝くじで当たるのが幸せ?生きていられるのが幸せ?幸せって何が幸せなんだろう?今日あらためて考えさせられた。ちなみに私は、本当に幸せ。なぜなら、離れていても家族みんな仲が良いし、いつも笑顔でいられる自分がいる。たまには怒って、たまには泣ける自分がいる。そういうのって、幸せって言うのかわからないけど、私は幸せ。あなたは幸せですか?あなたにとっての幸せって、なんですか?
2003年04月15日
コメント(4)
いよいよ私達の出番!!ようやく回ってきたのはいいが、えらいむずかしいゲームに当たっちゃったよ!このゲームは「ジブラルタル海峡」といって、高い所にある橋を親が子供の投げたボールをもってゴールまで渡っていくというゲーム。私はボールを渡す所の位置に着き、お父さんがボールを受け取る位置に来るまでワクワクしていた。また、ボールを投げる機械っていうのが、これまた面白そうで、前からやってみたいとおもってた。念願のボール投げだ!お!!お父さんが見えたぞ!!!もうすぐボールが投げられる!!!と思ったのもほんの4秒ぐらい。お父さんは高所恐怖症、しかも体重が重すぎて橋が揺れまくって、しまいには私がボール投げる前に「ご~め~ん~~~~~~!!」とかいって、自爆してしまった。ワクワクしながらボールを投げようとしていた、一瞬の私の夢は、投げられないまま終わった(泣)。そこで私達親子の出番は夜8時をもって終了(爆)。 終わった後、稲川順二の所に行かされて、インタビューされるんだけど、私はそこでも物まねをさせられた。ここでもやっぱり、アントニオ猪木だった。でも、ここまで恥をさらしてやったんだから、絶対にこのインタビューはカットされないことまちがいなし!!! 何週間かして、放送の日がやってきた。私達親子はその日の夜は一歩も家から出ないで、放送時間を心待ちにまっていた。いよいよ始まったのである。いつまで経っても私達親子の姿はテレビに映らない。どうしよう(汗)。そのどうしようが的中した。そして、私達親子が挑戦したゲームの時間、よし!!!あれ????カットされていた(泣)。しかも、稲川順二のインタビューもカット!!!私達が映ったのは、最後の字幕が上がったあとの一瞬(1秒くらい)、親子で「打倒!たけし城~~~!!」とはりきってガッツポーズをしている所だけだった。 次の日、親戚じゅうから、友達から、先生から「最後のいっしゅんだけじゃんかよぉ~~!!」などのクレームをいただいて、私達親子のたけし城出演は晴れて、文句の嵐で幕を閉じた。 しかし、一応出演料3万円と、家族分のたけし城のトレーナーと、軍団の人からもらった台本だけが、静かに残った。 ちなみに、その日のゲストは、かしあばら よしえ だった(笑)。しかも、その時たけしは捕まっていて、たけし人形だった(爆)。終り
2003年04月14日
コメント(0)
次のゲームは、「悪魔の館」って言うゲームで、ストロング金剛って言う人ともう一人、名前忘れたんだけど、とにかくでかい人が二人いて、親が迷路の中に入って、子供が上から右だの左だの支持してつかまらないで、ゴールまで行くゲームなんだけど、私達親子はここからしばらくゲームをやんないで、とんとん拍子でクリアしてしまった。というのは、出場親子何百組といる中で、全員がゲームを一回一回やっていたら一日では撮りきれない、しかも地方から来てる人たちには飛行機代も番組持ちなので、飛行機の時間が過ぎてしまうと、その時点でホテル代と飛行機代を番組が出さなくちゃいけなくなる。よって、「悪魔の館」からは地方から来た人たちからどんどんゲームをやらせていって、家が近い人たちは後のほうのゲームという事になるわけで、私達の実家は同じ神奈川県川崎市、よって、家が近かったから、ゲームをやらないで「ジブラルたる海峡」というゲーム(最後から3番目のゲーム)まで、何もしないで来てしまったという訳だった。でも、他のゲームもやりたかった。他には、「親亀小亀」親の背中に子供が乗って、細い平均台みたいな上を通るやつとか、「親子でポン!」という、だるま落としの人間版みたいなやつとか、あとはシーソーが何個かあって、親子で息を合わせて川を渡っていくやつがあった。でも、私達がその中のどれか一つでもやってたら、きっと一発でだめだったかも(爆)。でも、なにより、出番がないから、テレビに映れる機会が減ってしまう、こっちのほうを私は気にし始めた。コマーシャルに入る前に、親子で行進してる場面とか、ゲームの間、間に撮ってたから大丈夫だとは思ったんだけど、何か心配だった。でも、親子一組一組、パネル写真が出ると聞いたので、一回は映るという保障はあったが、みんなに言ってしまったてまえ、一回なんて許せなかった。 そして、とうとう私達親子の出番がやってきたのである。その話は、また明日。
2003年04月13日
コメント(1)
昨日の続き。 次のゲームは「水鉄砲の掛け合い!」変なピラミッド型の山みたいなのを最後まで的が破れないように登っていくんだけど、これがまた、大人数で登るから、水鉄砲もなにもないんだこりゃ!ごちゃごちゃで、誰が敵なんだか、ソウじゃないんだかすらわかんない。とくに、そこに売れてないたけし軍団とかが混ざってると、一般人と間違えて、鉄砲で撃たれる可能性だってありえる(笑)。このゲームは親子どっちかでも破れたらアウトなんだけど、私の的が前の人に蹴られてしまって、鉄砲で破れたんじゃなく、踏まれて破れてしまった。破れてる的を見たお父さんは私の顔をみるなり、「やぶれちゃったのか?!」見ればわかるじゃん(笑)。でも、私が父に前の人に踏まれて破れたと説明し、破れた親子はとりあえず、いったん集まりの合図があり集まった。そこで、父が何をちまよったか、いきなり「うちの子、前の人に踏まれて破れたんですよ!!ほら!!見てくださいよ~!!足跡しかついてないでしょ!!どこに鉄砲で撃たれた後があるのさぁ~~!!」私は恥ずかしかったけど、父の抗議に「そうだよぉ~~~!」と言っていた自分がいた。そこで私達は10分くらい待たされ、「わかりました。どうぞ!次のゲームに行って下さい!」やったぁ~~~~!!抗議した会あって、私達親子は見事次のゲームに行く事が出来た。でも、デレクターの人に「あなたのお父さん面白い人だねぇ~。」と笑顔で言われたのはよかったが、父は常に真剣そのものだった。 次のゲームの話は、また明日。
2003年04月12日
コメント(1)
今日は昨日の続き。 いよいよ、撮影当日になった。集合は朝8時までに、神奈川県にある緑山スタジオに集合だった。私達親子と同行したのは、母、姉、いとこののぶちゃん。私達はスタジオに向かう車の中でも作戦会議は止まらなかった。まだ何をやるかも知らされていないのに(笑)。私の実家からはスタジオまで車で20分~30分だったから、ぺちゃくちゃやってるうちにあっという間についた。着いたとたん、さっそく芸能人に遭遇!中山美穂と後藤久美子に会った。その時ちょうど、「ママはアイドル」というドラマの撮影をやっていたのだ。それで私達親子は、ギャグにもならないTシャツに着替え、早速集合場所に行ったら、なんと、朝ごはんが全員に用意してあるではないか!感動!さすがテレビ!それから、その日にやるゲームの説明があり、かれこれ集合して2時間位してから、撮影は始まった。 初めのゲームは「この子誰の子?」というゲームだった。このゲームは、子供が大きなリュックに入れさせられて、親が自分の子供かどうか探し当てるゲームであった。これは面白かった。色んな人が外から、自分の子供の名前を呼んでくるのだが、お父さんらしき人がいつまで経っても来ない。こりゃ~だめだと思っていた瞬間お父さんの叫び声が私の頭に響いた。 (父)「おまえか~~~~~~!!!」 (私)「そだぁ~~~~~~~~!!」その瞬間、父は私が中に入ってるのを忘れているのかわからないけど、引きずってゴールまで連れて行かれたもんだから、私はリュックの中で一回転するは、足は擦り切れちゃうは大変!でも、そのゲームは出場者全員クリア!なんだよ!!そして、リュックから出された私を見てお父さんの一言「どうしたんだ?その足のすり傷?」私は「あんたがやったんだよ!」とはいえなかった。なぜなら、お父さんは必死で引きずったのを覚えていなかったらしい。後から聞いたら、やっぱり覚えていなかったそうだ。 次のゲームの話はまた明日。
2003年04月11日
コメント(0)
まさか!まさかの!私の大好きだった番組がアメリカで再放送される!!私も小学校5年生の時にお父さんと親子大会で出場したんだけど、その番組は「風雲たけし城」!!!若い人たちは知ってる人少ないと思うけど、この間テレビで予告やってて、一人、予告の時点で絶賛!!こりゃ~みないといけない!!でも、たどってみればあれに出場するのに、長い道のりだった。はじめ、応募はハガキで出した。面白半分だったから、返事が来るなんて思ってもいなかった。ハガキを出してから2週間後、TBSから返事が来て、オーディションがあるというのだ。どええぇぇぇぇ~~~~~~!!!!さぁ~~大変!お父さんも私もオーディションの時点で緊張のあらし!面接の練習したり、何だかわかんないけど物まねの練習したり(爆)。オーディション当日。まず会場に入ったら、アンケート用紙をもらい、自分の特技などを事細かに書かされる(親子別々に書かされた。)。それに私はまんまと特技の所に「ものまね」と決まったように書いてしまった。これがあとから大変な事になるなんて、誰も知る由もないのに(笑)。そして、とうとう面接の時がやってきた。5組一組でやらさせるのだが、面接官は、あのときで言う谷隊長(谷 なんとか(爆)忘れた。)あと、たけし軍団のダンカンと、グレート義太夫、あとはデレクターと何だかわけのわからない人だった。左の方の組から名前と年齢を言わされて、私達親子は5組のなかで5番目だった。他の親子の人たちは色々淡々と何かを喋っている。私と父はそれどころではない。二人ともまだ何も質問されてないのに、汗びっしょりだ。何だか、みんな特技を披露している。唄を歌ったり、英語を話したり。それしか覚えていない。私達の番になった。「名前と年齢を聞かせてください。」この言葉でますます私達二人は汗びっしょりだ。それじゃなくても二人とも極度の汗っかきなのに(;¬_¬)。(ダンカン)「あなたの特技は物まねって書いてあるけど、どんな物まねするの?」(私)「いろんな人の、ものまねでっす(;¬_¬)。」 (ダンカン)「じゃあ、何か私達に見せてください。(私の心の中)「ガ━━(゜ロ゜;)━━ン」 (父)「早くやれよ!(苦笑い)(;¬_¬)。」 (私)「(;¬_¬)アントニオ・猪木をやりまっす。」そこで私は何をちまよったか、緊張しすぎて一言「にっ!!」といって、コロッケがやるような顔をした。誰もなんの反応もなし(爆笑)!!周りは「し~ん。」そこで一言・・・(父)「だめだこりゃ。」これで私達の面接は終わった。 家に帰ってきて、私は父から文句の嵐だった。「おまえ、あんな事やっちゃっちゃぁ~だめだぁ~。他の子とか見ただろ、みんな色んなことやって。おまえ、アントニオ猪木だもんな(父爆笑)。でも、オーディションだけでも思い出になったから、もうあきらめよう。ったくぅ~~、おまえは本番に弱いんだからさ!」と、全て私のせいにさせられた。それから1週間くらいして私がポストの中を見に行ったら、な!な!なんと!!出場決定通知が来ていたのである!それから、我が家は大騒ぎになった。目立つおそろいのTシャツを身に着けなきゃいけなくて、私達親子が安いコストで考え出したのが、白いTシャツにそこら辺のディスカウント・ストアで売ってるステンドガラスの偽者シール(花柄)を貼った。ただそれだけだった(爆)。それから、その日の作戦会議が夜、父が帰ってくると同時に始まり、父は会社で、テレビ出演のアピール。そして、私も学校で友達という友達、先生という先生にいいふらし、母は親戚中に電話して、とにかく、私達家族を知ってる人たちには全員に知らせた。とりあえず、今日はココまで。当日の話はまた明日。(爆)
2003年04月10日
コメント(0)
何か、このホームページは、人数争いなのって言う人最近増えたような気がするんだけど、気のせい?やっぱり沢山の人に来てもらうととっても嬉しいけど、無理やり来てって言って行くもんじゃないし、つまんないとおもわれてもいいけど、そこまでして無理やりきてもらいたくないしなぁ~(笑)。でも、一応、来てっていう誘いがあって行ってみるんだけど、そういうやつらに限って、つまんないホームページばかりなんだよなぁ~(笑)。ホームページの本来の役目ってなんなんだろう?自分を見てもらうため?自分をアピールするため?あるいは、お店の宣伝?よくわからないで私は毎日日記を書いてるから、お客が来ないし、メッセージもみんなよこしてくれないんだな~(笑)。でも、すごいよな~みんな。お客の桁からしてちがうもんなぁ~~~(爆)。でもいいか。私はこれからも自分の書きたい事書いていこう(開き直り)(爆笑)。たまには愚痴も言わせてもらいました。(笑)
2003年04月09日
コメント(2)
どうなっちゃったんでしょう?昨日から外は大雪、銀世界に後戻りです。去年の今頃は雪なんか考えられないくらいあったかくて、外で思いっきり遊んでたような気がする。今年は本当にどうしちゃったんだろう??寒くて、こんな時期に寒冷じんましんだよっ(笑)。毎日脚がかゆくってたまんない!感想肌ってこともあるんだけど(アトピーではない)。それにしても、本当にどうなってるんだ今年は。春は来るのか?まだ春が来ないコネチに向後期待!!!そんじゃあ。
2003年04月08日
コメント(0)
一人の男が広い倉庫のようなオフィスを一人で掃除している。大きな棚から小さな棚まで、全てを自分一人でどけて、ただ黙々と掃除をしている。一言も喋らず、ただせっせと掃除をしている。(私)「何でこんなに広い所を一人で掃除しなきゃならないの?」(男)「自分が働いてる場所だから。朝みんなが来たときに、みんなが気持ちよく働けるようにしたいんだ。」そう言ってまた黙々と掃除を始めた。私も手伝おうと思い、そこらへんの掃除をしていたら邪魔者扱いされ、かえって私はやらないほうがいいと思ったので、それから椅子に座って彼が掃除をしている姿を見ていた。ただひたすら、ずっと。こんなに長く座って、ただ一人の男が掃除をしているのを見てるだけなのに全く飽きなかった。その反対で、何だか楽しくなってきて、気づいたら私はいつのまにか笑顔になっていた。でも、彼はその間も掃除をしていた。(笑)変な人。ようやく彼が口を開いた。「明日みんな喜ぶだろうなぁ~~。」彼の顔はまんべんの笑みへと変わった。額には汗がダラダラたれている。何て心の広い人なのだろう?!この人の心の中はどうなっているのだろう?尊敬したい。そこら辺の歩いてる人から見たら、この男はただの「掃除バカ!」バカ。バカ、バカ!!たんなるバカ。でも、そのバカになれる美しい人間。それを私は目の前でずっと、ずっと、ただひたすら、ずっと時間が経つのも忘れて。ただただずっと彼のことを見ていた。何てカッコいいのでしょう。こんな人間になっていきたい。
2003年04月07日
コメント(0)
昨日ふと「自分は何でいきているのだろう?」と考えた。かれこれ暇すぎて1時間ぐらい考えた。ぼ~っとしながら。でも、結論は出てこなかった。何で自分は生きているのだろう?この世に生まれてくる前はなんだったんだ?どうして私という人がこの世に生まれてきたんだ?死んだらどうなってしまうのだろう?このまま自分なのか?それとも、違う人にワープすんのか?本当に疑問だ。小学生のような疑問だけど、みんなこんな事考える事ってないかなぁ~?もしかしたら私だけですか?私だけだったらかなり笑えるんだけど。(笑)でも、生きていられる日々に感謝。私という人間を産んでくれた母に感謝。種を作ってくれた父に感謝(笑)。生きていられる限り私は精一杯生きる。死んでしまう時はその時が私のそこまでの運命。死ぬのは決して怖くない。自殺?そんな言葉私の辞書には載ってない。生きていられる限り、一生懸命!一生懸命!自信を持って、自分という人間、胸を張って生きて行こうと思う。生きている楽しさ、こうして色んな形でみんなとコンタクトを取れる楽しみ、喜び。これからも楽しんで行こうと思う。言葉にも、心にもいつも笑顔を持って生きていこう。そう思った一日でもあった。 何があっても立ち向かっていけ!恥ずかしい思いしたっていいじゃないか。バカになろう。アホになろう。みんなに笑われよう。嫌われたってしかと、しかと!自分という人間がここにいるかぎり、自分という人間を大切にしよう。生きていられる限り。自分はこの世にたった一人の宝石だから。
2003年04月05日
コメント(0)
今日はちょいと怖い話をさしてもらいますぜ。私は前におもちゃ屋さんで働いていたこともあって、おもちゃ(フィギュア)を集めるのが好きで、最近は細かいおもちゃも集めるようになって来た。だから、もちろん置くスペースにまいっていた。しょうがないから、一番大きなクローゼットにディスプレーする事にしよう!と思い、二畳ぐらいのスペースのクローゼットの中に飾った。いつもそのドアは開けっ放しにしていて、その部屋に入るとクローゼットの中が見えるようにしている。その部屋にベットが一つあるのだけど、今はその部屋はお客さん用として使ってる部屋なので、めったに客がとまりに来ないこの家ではあまり使う事が少ない。でも、ついこの間の事。私がベットに横たわって私のおもちゃ達を眺めていたら、何だか眠くなってそのままベットの上で転寝をしてしまったのだ。「はっ!寝ちゃった。」と思って目が覚めたら、一人のドレスを着たヨーロッパ風の女の子が窓から外を見ているのではないか。でも、普通なら怖いと思うはずなのに、あんまり怖いとおもわず、私はそのままずっとその女の子を見ていた。そうしたら、その女の子がこっちを向いたんだけど、顔ははっきりわからなかった。ただ笑っているのはわかった。次の瞬間そのこが「お姉ちゃん、遊ぼう。」といってきたので、私は「遊ばないよ。」って言ったら、そのまま消えていった。なんだったんだ。でも、私の頭の中では女の子と話したのも、女の子を見たのも、絶対に現実だとおもっていた。そして、女の子が消えた瞬間「はっ!」っとまた目が覚めた。だから、きっと、その女の子と話したのは夢だったのか?そうでないのか?それからというもの、私はその部屋で寝ることは一切出来なくなった。いったい、なんだったのでしょう?こわい~、こわい~!!それでは、さいなら、さいなら。
2003年04月04日
コメント(1)
話は昨日の日記の続きです。こんなに今は幸せな家族で、周りから見たらたぶん何も言う事がないって言うか、うらやましく感じると思う。 小さいとき(私が小学校1年生まで)私達家族はおじいちゃん、おばあちゃん、お母さんのお姉さん(叔母)家族、そしてうちの家族と総勢9人で一つの家に住んでいた。みんなとても仲よく暮らしていた。お母さんは仕事に出ていたので、朝も早く私の幼稚園は毎日おじいちゃんが送り迎えしてくれていた。その時お父さんはサラリーマン。でも、部長という座に座っていた。毎日、毎日お酒を飲んで帰ってきて、今聞いたらあのときは毎日がお得意さんの接待、接待。私と姉はその時一緒に寝ていたから、子供ながらもお父さんが帰ってくるのがイヤでイヤで怖くて怖くてたまんなかった。なぜかというと、酔っ払って帰ってきたと思ったら、部屋で父の嘔吐する声が家中に響き渡り、毎日毎晩起こされた。起こされては、母が父に怒鳴られていて、ひどい時には手を出され、毎日のように母は泣いていた。私の小さい頃の父の印象はそんな感じであった。姉の方はその頃小学生なので父への態度が、本当のお父さんじゃないかのように、絶対父とは口もきかず、さわりもしなかった。母はどうやってあの苦しみを絶えていったのだろう?私ならとっくに離婚ものである。お酒を飲んでいないかと思ったら、仕事の愚痴で母にあたりちらし、本当にお父さんの事がダイッキライで私もたまんなかった。でも、私達がその家を出て引っ越して新しい家になってから、父も転職し、だんだんとお酒も減ってきて、ようやくうちの家族が一つにまとまったのは私がバレーボールをやり始めたくらいだった。バレーボールをやり始めた事により、家族の話題がだんだんとそっちの方に集中していき、いつの間にかバレーボールで家族の輪が広がっていった。そうして、父もコーチをやるようになり、仕事以外のことで喧嘩をしたり、愚痴を言ったり、飲んだり出来る仲間が出来ていった。その変わって行く姿を、私は今でも賢明に覚えている。だから私にとっても、父にとってもバレーボールの存在というのは大きいものだとおもう。母は練習があると、父と私に、お弁当のおにぎりと玉子焼きを毎週日曜日に用意して、練習試合があると必ず見に来てくれた。合宿の時も、小学校、中学校両方とも来れる時は来てくれた。でも、その時まだ姉は父に心を開いてなかった。姉が心を開くようになったのは、つい最近のような気がする。私は父に殴られたことは一回もない。母にほっぺを殴られたことは2回ほど。姉は、何かって言ったら父に反発し、一回父に向かって包丁を突き刺したことがあるくらいである。その時は私はもう21歳ぐらいで本当にあの時は止める事すら出来なかった。ビックリしすぎた。そんな感じで姉はしょっちゅうそういうことがあるたんびに父に殴られていた。ちなみに姉いわく母に殴られたことは一回もないそうだ。姉は、私がアメリカに行ったことをきっかけに父と仲良くなれて、心を開けたそうだ。なぜだかは、はっきり聞いていないが。そんな、ごっちゃごちゃな家族でも、今はみんな笑顔で言いたいことを話せるし、なんだって出来る。もう一回家族をみんなに見直してもらいたい。誰のおかげで自分がいるのか、どんな思いで育ててくれたのか、そして親がいない人にも、一人じゃないという事をもう一度見直してもらいたい。人間誰でも一人じゃないから。きっと誰かがそばにいてくれるはず。何かがあなたを支えてくれるはず。
2003年04月03日
コメント(0)
私の家族はみんなとっても健康だ。ご飯も家族そろって食べるのがうちの決まり。でも、お父さんが遅くなる時はお母さんと、お姉ちゃんと、私と三人で食べていた。家族でそろってお父さんの作った焼肉を食べる時などは、話しが耐えない。一人一人愚痴をいいあったり、言葉でちょっかいをだしてきたり、とにかく楽しい。まず、口げんかをぶっかけてくるの、シモネタをぶっかけてくるのは、決まってお父さんだ。でも、そういうのにも慣れっこになった私達にとってはお茶の子さいさい!お風呂上りに振るチンで歩き回るのなんて、歩き回ってもらわないとこっちが調子狂っちゃうくらいである。私の父はそんな、明るくて、仕事熱心で、人への思いやりがたっぷりの人。母はというと、お父さんに言われっぱなし。お父さんがシモネタを言ってるときにかならず言う言葉「やだ~!おとうさん~~!!」でも彼女の顔はまんべんの笑顔!本当は嬉しいのである。でも、時にはアメリカにメールなんかをしてきたりして、お茶目な一面もある。母は私と同じO型だから結構おおざっぱなところ、男っぽい所もあるけど、母のような女になりたいとおもう。私は母を尊敬している。姉はなんといっていいか?とにかく喜怒哀楽が激しい。私は姉と四つ離れているのだけど、姉が高校卒業するまで殺し合いの喧嘩をしてたくらい仲が悪かった。でも、お互い大人になった今、お互いの相談相手(友達)のように、あるときは姉として、お互い助け合っていける仲である。こうして、私達家族は本当に幸せな今だが、私の小さいときの家族の思い出は・・・。それは、明日の日記で。でも、みんなにわかってもらいたい。最近家族のすばらしさが失われてるようなきがしたから、私は自分の家族の自慢をした。これは確かに私の家族自慢。自慢して良いじゃないですか。見直してみましょう、自分の家族。見直せるお手伝いが出来るのなら、いくらでも自慢させてください。ある人が、私にメールをくれた。「家族平和が、世界平和につながる。」って。そうあってほしい。
2003年04月02日
コメント(1)
昨日の夜、いろんな人のことを考えてた。っていうか、思い出してた。考えてみたら、私は沢山友達がいるなぁ~~。いろんな人に助けられてるなぁ~~って。何でそんな事を考え始めたかというと、戦争のニュースからそれははじまった。クエートに爆弾が落とされてその時に映った映像のなかに、いつも私が日本に帰ったときにバレーボールへ連れて行ってくれている、今泉さんという人にそっくりの警官が映って、(もちろん、イラン人)本当に目もでっかくて、顔自体が双子のようにそっくりで、こんなところでバイトしてたのかぁ~。ってくらいににてて、それで、まずはじめ今泉さんのことを考え始めた。その次に、ほかにバレーボールでお世話になってる人たちのことを考え始めた。なぜか、バレーボールをやっている女の人たちはみんなそろって、匂いが自分と一緒なんだよなぁ~~なんて事を。(ちがうとは言わせない。)そのあとに、私がいつも行っている「じゃらく」という川崎市宮前区神木本町(森林公園前)カラオケ&居酒屋さんがあって、そこの店長ひろ子さんファミリーの事を考えた。私はこの「じゃらく」へ行くようになったのは親友が誘ってくれたおかげなんだけど、ここに来てなかったら、バレーボールにも行く事が出来なかったし、色んな人たちと知り合いになることだって出来なかった。私はここで色んな事を毎回学んでいる。ひろ子さんは、私にとって相談も聞いてくれるし、言いたいこと言い合える、お姉さんみたいな存在の人。それから、私の親友すみの事を考えた。こいつに関しては、早く男が見つかれば良いなぁ~とただただ願っている。そして、もう一人の親友ちえこ。この人に関しても、早く男が見つかると良いなぁ~。と願うばかり。考えてみたら、私の仲がよい、友達はなぜかみんな結婚してくれない。籍は入れても結婚式をやんないとか、だから私は生まれてこの方小さいときに一回しか結婚式に行ったことがない。誘われても、うるさいからかわかんないけど、いっつも二次会から!早く誰かに結婚式に誘ってもらいたいもんだ。高校の時の親友の事とかも考えたし、家族の事(特に姉ちゃんのこと)を考えたり、とにかく総勢50人は私の頭の中に出てきただろう。でも、一つだけ共通して言える事。それは、みんなバカだ!バカだから何でも言い合えて、楽しく仲良くしていられるのだろう。バカになれる人って素敵です。だから、みんなは私にとって一人一人が宝箱の中の、本物の中の本物、超最高級の宝石です。それぐらいいつもみんな輝いてるから。
2003年04月01日
コメント(0)
全24件 (24件中 1-24件目)
1