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全方位的に誠実であること
大阪は北浜の「 カシミール
」さんで教わりました。
エゴや自我やわがまま、欲望、生活、稼ぎ、効率なんて「自分」「自分のこと」が前に前に出ようとしますが、こんなことのベクトルが自然と食べに来ているお客さんに向いている、それが「カシミール」さん。
「寒かったらまど閉めてくださいねぇ」
「またせちゃってすいません」
「ほんとごめんなさい」
なんかバイブレーションが凄く温かい。
「これっなんなんだろうっ」てずっとずっと考えてました、カシミールのお店のこと、カシミールの店主さんのこと。
「すっごい待たせる店」「そんなに美味しくないよ」・・・・行く前には不安な言葉ばかりが聞こえてきました。前回も営業時間が変更になったりで振られているし、今回も「行く必要がないお店」かと考えていました。でもねぇ、でも実際に行くととっても最高のお店でした。なんかあの方(店主の方)を見た瞬間に「あっ美味しい」って思いました。
なんか飲食店って「結果的に嘘」だったり「嘘つくつもりではないのに無知からの嘘」だったり・・・騙したり、言い換えの妙による視点の変更だったりが常だとある意味うがっていました。舌の根も乾かぬうちにお店が変わっていてお客を完全に馬鹿にしていたり(でもそれを良しとして肝要だったり)・・・もちろん僕らだって無意識のうちにこんなことしているのかなぁなんて・・・
でもねぇ「カシミール」さんに行っててわかった事。
それは「人として誠実であること」
料理人として、お店としてよりも「人として」をとても感じました。
説いて回らない「静」のエヴェンジェリスト。
人間的な「強さ」「誠実さ」を静かにかもし出している、ある意味で「頑固一徹」。
カシミールのご店主。
僕らの商売も商売である以上「ビジネス」です。
続けていかなければ「負け」です、錆びてしまった看板はノスタルジーだけで「ING」ではありません。でも飲食店って誤魔化しの要素、隙間はいくらだってあります(これを駄目だといっているんではなく「うまく騙して」といいたいんです)、「味覚」っていうのは曖昧なんですし、言い聞かせですから。「ビジネス」は冷徹です。解かっていないと思っていても解かってしまうんです。「冷食使ってる」とか「この野菜は数合わせだな」とか・・・・だっていいお店として売ってるとこなのに冷凍食品だったりすると、僕だったら「出して欲しくなかった」と思いますよ。もしそれを「よいお店」として評判のお店が普通の根性で出しているんだったら、そりゃ「ビジネス」として成功です、コスト下げられますから。でもその人は「シェフ」でもないし「オーナー」でもない「ビジネスマン」です。
よく「シェフのおまかせ」なんてメニューにあるお店がありますけど、見たことも聞いたこともない人間が作るものを「階級」しかもそのお店だけの階級で選べっていうんですよぉ。今世界で流行っているオープンキッチンっていうのは大阪の割烹発祥だそうで。最近ではポール・ボキューズだってまねする位・・・・それまでは冷めた料理を味ではなくて体裁だけで出していたものを「目の前で作る、安心できる料理」として作り出されたものだそうです。そこでは板前さんと切っ先触れ合う間隔でのやり取りですね。知らない、誰だかわかんない人は作んないです、だって目の前にいるんですからね。簡便にして美味しいものをたべてもらおうなんて「いい考え」が一人歩きして、今では「シェフおまかせのっ」とかになってしまってますからねぇ。まぁちゃんとしたお店だったらきちんと挨拶してくれますが。以前あるお店で「シェフがこういう風にたべると美味しいって言ってました」とか「シェフがお勧めしてます」とか言ってましたので「どなたがシェフやられているんですか、僕その方知ってますかぁ、それ苗字ですかぁ」って聞いてしまったことがあります。
キワキワのタイトロープ。
朝、日も差さぬうちからの買出しだったり、いい食材を食べてもらうために値段と格闘だったり、メニューに頭ひねったりの格闘技。僕らの仕事は食材やお客さんなどいろんな事や物とコネクションを持ってそれと語り合って「折り合いをつけて」提供すること。
そぅ、物や人を繋げたり、ねじ伏せたり、「折り合いをつけてもらったり」の単なるエヴェンジェリスト。
エヴェンジェリストが「神」と「人」をつなぎ合わせる「役」だとするならば・・・・
「人として誠実であること」
大阪は北浜の「 カシミール
」さんで教わったこと、僕らは色々な食材や人とのコネクターとして全方位的に誠実にあらねばならないということです。
金曜日も通常営業です 2016年04月15日
今週は火曜日・水曜日お休みいたします 2013年11月18日
煮干し・沼海老・セリここにあるもので 2013年03月09日