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2003年11月19日
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皆様に忘れられないようにはっきりここに明記しておくのですが、すまいるは神学生でありまして、神学校の単位を取得するためにはプレゼンテーションをしないといけないのです(筆記試験は基本的にはありません)。

今日はそのプレゼンテーションの日でした。

去年の10月3日に1日だけ韓国から来られた李根三(イ・グンサム)先生の特別講義の発表をまだしていなかったすまいるは、前半の「イエスの神学序説」の内容の大部分をカットして、後半の「イエスの祈り序説」の内容を中心に発表したのでした。

先生が引照された聖書個所は、マタイ6章5~13節。特に、9節からの「主の祈り」の講解が講義の中心でした。私はこのプレゼンを準備しながら、自分が今までなんと祈りの力を軽視していたか、偽善者のような祈りを重ねていたかを、反省させられました。ある程度の距離のある他の人のためのとりなしの祈りや、自分のミニストリーのための祈りに偏っていて、自分の祝福、自分の安定のための祈りや、同労者一人一人のための祈りの貯金が全然できていなかったな、と。

これでは祝福もないし、自分がつねに霊的に安定していられるわけがありません。先週友人を招いてのオープンハウスがダメダメだった(相手の話を聞くこともできず、聖書を開くこともできず、ただ自分が「ちょっと今霊的に不安定なんで...」と言ってしまった)こと。主の羊を飼う者として、もっと「的確な」祈りを増やさなければいけないことを示された次第です。

関連文献としてとりあげた「人生を変える祈り」(リンダ・シューベルト著)には、クララ会の癒し手として有名なシスター、ブリッジ・マッケナさんはミニストリーのために、毎日3時間祈っている、という例もあげられています(人生を変える「奇跡の1時間」の祈りのテキスト。おすすめです)。

最後に、80歳を超えてますます元気な李先生が、「イエスの神学序説」「イエスの祈り序説」の講義の中でおっしゃっていたコメント集をご紹介:

「人は罪を逃れなければ、神を見ることはできません。それゆえに、イエスさまを信じなさい」
「みんな神様のものであって、自分のものは一つもないという思いがなければ、神学はできません」

「赦す心がなければ、伝道はできません」
「世の光になるためには、自らがイエスさまによってきよめられていないと、イエスさまの光を反射して輝くことができません」
「イエスさまの直接教えた神学は、聖書の中にしかありません。その神学序説こそが、マタイ5章の山上の垂訓です」

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すまいる%私にとっては尾山令仁先生の特別講義と同じくらい印象に残ってるレクチャーだったのです。大変遅くなりましたが李先生、どうもありがとうございました
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最終更新日  2003年11月19日 19時47分46秒


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