「Life」を求めて

「Life」を求めて

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2005.12.29
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カテゴリ: 哲学について
夢や目標を叶えるということ、そしてそれに向かってゆくということは、それ だけ を執着的に考え続けるということではないはずだ。

人の人生は一面的には成り立ってはいない。

「仕事だけに追われる人生」とは言っても、それは生活のなかで最も意識されているのが「仕事」なだけであって、日々の中で、仕事を離れている時間もきちんとある。食事をしたり、トイレに行ったり、眠りにつく時もそう。そして、趣味なんかを持つことは、意識を「明らかに」他に向けること。
夢や、目標の本質というのは、「言葉」で言い尽くせるところのものではないはずだ。

あなたの夢は何?

と、問われてみて
「学者になりたい」「総理大臣になりたい」「庭付き一個建ての家が欲しい」と言葉に表してみるものの、その言葉に伴いそこからさらに奥に意識されているべきは、具体的な「経験のイメージ」であり、「生活のイメージ」であり、「自己の活動イメージ」である。その根本的なイメージが言葉にのみからめ取られてしまっては本末転倒である。
「初心を忘れない」ということが大事なのは、その原初イメージを忘れないということであるはずだ。言葉にのみこだわるということではない。

が、
ともかく、人が夢や目標を得る時は大抵、「これだ」という直観を得る。人生経験の総体が、将にその時の直観に一挙に集積される。そしてその「これ」を言葉に表してみたりする。

だが、変わらぬ言葉に対して、人生状況は、刻一刻と替わり続ける。夢や、目標を持続していくにはその状況に応じて表現を変化させてくることが必要になってくるかもしれない。自分の人生人格を180度変化させる出来事も生きていれば必ずやって来る。

でも、それでも夢を、目標を果したいと思う。
初心を忘れことできず、自分の中で当初のイメージは今だ活き活きと緊張感を持っている。そしてそれが自己に要求をし続ける。

だから、「夢を仕切り直すこと」が必要になってくる。
それは言わば「夢のデザイン」
初心のイメージを損なわず、自分の人生の状況に適した言葉を紡いでみる。そして自らの生活にその一糸でも良いから、縫い込んでみる。
それは、だから同時に「ライフデザイン」ということでもある。


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 いやあ、昨日、「具体的に詰める」とかって言ってたくせに、もう抽象的な思考を。。。


いや、これも一種のデザインの技法であってね、数値化できるからこそ、かえってそこにイメージを込められるというわけです。それは、主観から完全に切り離されるから。
夢を仕切り直すってのはそうゆう意味で言ったし、事態の数値化ってのもまさにそうゆうこと。かえって自分で夢を歪めたりしてしまう危険性も回避できるしね。

で、今日はそんなことを考えていて、まったく「具体的」なデザインはしていなかったり・・・^^;





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Last updated  2005.12.30 04:33:49コメント(0) | コメントを書く


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