四方山話に夜が更ける

四方山話に夜が更ける

January 27, 2007
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   私たちは公園を歩いていた。 


  「田所さんは、翻訳とか通訳とかの仕事をしているんですよね」


  「そう、翻訳が主な仕事だったんだけど、ここ2年ほどはインドと縁があるって

   言うか・・・通訳関係はインド人が多い。 佐緒里さんの会社も最近、多いん

   じゃないですか、インドの人」


  「そうですね・・・多いってほどじゃないですけど」


   最近ではIT関係の仕事で世界中で活躍しているインド人が多いと聞くが、

  私の中では貧富の差とか濁った川に沐浴する人々の姿が真っ先に浮かんで

  しまう。 田所は何度かそのインドを訪ねたことがあるという。 私には未だ

  あの無表情の彼らに親近感を覚えるようなことはなかった。

  「そうだよね。 でも、最近じゃ日本でもインド人コミュニティはどんどん大きく

   なってるんだよ。 横浜に中華街があるように、千葉にはインド人街が

   できつつある」


  「そうなの。 知らなかった」


  「だよね・・・でも、僕はインド人からは学んだこと、たくさんあった」


  「そうなんですか。 でも、私はなぜか彼らが苦手で・・・。 だって、どうして

   インドの人たちは笑わないのかな」


  「そうだね。 じゃ、どうして日本人は笑うんだろう」


  「え? どうしてって・・・あまり考えたことないけど、悪い印象を与えたくない

   とか・・・」


  「そう。 でも、笑っている人は、みんないい人? そうじゃないよね。 

   そういうことなんだ。 彼らだって可笑しい時には大声で笑うよ。 でも

   人にいい印象を持ってもらうためだけに笑ったりしない。 実に素直で

   正直な人たちなんだよ」


  「そうなの?」


  「正直でストレートで、正直、ビジネスの世界ではやりにくい相手でもある

   けどね」


  「ふーん」


  「ごめん。こんな話面白くないか」


  「そんなことないです」

  「うん、ただ僕が言いたいのは、人間もっと自然に生きていいんじゃないかな

   ってこと。 悲しい時に笑う必要はないし、つらい時にはつらいといえばいい。 

   その瞬間は決して永遠ではないのだから。そして、また楽しい時には大声で

   笑えばいい。 彼らはそういうことを思い出させてくれたんだよ、僕に」


   彼は数年前まで、大手のコンピューターの会社に勤めていた。 しかし、

  朝から深夜まで働く中で自分の生活を、そして自分自身を見失っていたという。 

  仕事の関係でインド人と接する機会が増えるにしたがって彼らに興味を

  持ったのだ。 カースト制度の影響を残す社会の中で、大学を出て世界で

  活躍する彼らはどんな気持ちで生きているのか。 日本で言えば勝ち組の

  彼らがなぜ笑わないのか、彼らの幸せとは何なのか、そして家庭とは・・・。

  そして、インドの人々と出会い、インドを旅する機会に恵まれた。 自分の

  将来に不安や疑問を感じていた時だった。 

   田所がインドで出会ったのは、実にストレートで話好きの人々だった。 

  仕事で何度かあっただけの仲なのに、彼を気軽に迎え入れ、にぎやかな

  食事に招待してくれた。 その中で彼が聞いたことは、インドの人々の

  人生観と世界観、家族の絆。 皆が親が子を思う気持ちに感謝して、

  自分の恵まれた生活に感謝して、与えられた立場を受け入れる。

  それらがごく自然に彼らの中にある。 だから、彼はインドの人たちと

  仕事をすることを楽しんでいる、と。


  「きみにお見合いを申し込んだのにもインドが関係あるんだ」


  「私のお見合いと?」


  「そう。 インドでは、今でも結婚のほとんどがお見合いなんだ。

   親たちは息子や娘に少しでもいい相手をと、あらゆる条件を検討する。 

   家族構成や宗教、食べ物の好みや、もちろん仕事もね。 そして、最後

   には占星術にまで頼る始末さ。 そうして、やっと最高の相性の相手の

   うちに訪ねていって話をつける」


  「なんだか、策略結婚みたい。 それで、二人は愛し合えるのかしらって

   思っちゃうけど・・・」


  「出会いはどんな形だっていいんだよ。 それから恋をして、愛を育めば

   いいんだから」


  「うーん」


  「実は、きみの話をもらった時、インド人の仲間に相談したんだ。 彼が

   この女性は、田所と相性がぴったりだからぜひ結婚しろって・・・」


  「ええー。 それでぜひ、お見合いって?」


  「そういうわけです」


   田所の話を聞いても、まだ私にはお見合いをぜひに、と言った彼の本意は

  よくわからなかった。 でも、率直で明るい彼と一緒にいると、なんだか心が 

  晴れてくる。 今日、青空のしたで、こうして二人で公園を歩いていることに

  感謝したくなる。 自分の将来など、くよくよ考えたってし方ない。 ただ、

  自分の立場を受け入れて、自分の今ある生活に感謝する。 そんなことが

  できたら、なんだか幸せになれそうだ。


  「ねえ、田所さん。 私もインド人のようになれるかな」


  「ははは、どうかな。 いぢど彼らと話してみると面白いよ。 実に正直で

   楽しい人たちだよ」


  「うん。 そうしたい」

   これから数ヶ月後には、私の生活はかわるだろう。 でも、その数ヶ月後

  にはもっと変わるかもしれない。 そんな予感を彼は私に感じさせる。 

  10年後の心配なんかしていられない。 この先、くるくる変わる私の人生を

  少し楽しんでみたくなってきた。 私は太陽のしたで、大きく深呼吸をした。


  「ね、田所さん。 私、アイスクリームが食べたい」


  「よーし、アイスクリーム食べに行こう。 1個でも2個でも食べてくださいよー」

最後まで読んでくださってありがとうございました。

                   これからも宜しくお願いいたします☆






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Last updated  January 27, 2007 11:25:07 PM
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