四方山話に夜が更ける

四方山話に夜が更ける

June 22, 2008
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カテゴリ: 恋愛小説

  夏休み前の金曜日、無機質な教室の中には、私と蓮のふたりだけがパソコンを前で

 座っていた。数多くある写真中から加工する写真を選び出す作業を黙々とふたりは

 続ける。夏休み前にフォトアートのゼミに提出する作品を選び出さなければならない。

 マウスをクリックしてアルバムのページをめくるようにして写真を眺めながら、時々

 「あ、これは?」「んー、つぎ・・・」そんな会話を繰り返す。締め切った空間の中で微かに

 聞こえるパソコンのうなる音だけが時折り響いた。

 「琉夏。おまえ、ずっと写真だけでやってくの?」

 「まだわからない。写真は好きだし、ずっと続けたいけど、それだけで暮らしていける

 ほど楽な世界じゃないでしょ」

 「うん、まぁな。 でも、オレ、写真をずっと撮り続けたい。だって、女の人って、

 マジきれいだし、みんなにそれをみてほしいし・・・」

 「それにおんなのからだが好きだから?」

 「よくご存知で。こんなこと言ったらどん引き? おれ、好きモノに見られちゃう?」

 「そんなことない。きっとみんな同じだよ。ただ、蓮はそれを写真で表現しようとしてる

 だけ」

  ほんのりと冷房の効いた教室の中で、パソコンの前に座るふたりはお互いの顔も

 見ず、ぼんやりと明かりを放つ画面を見つめていた。

  魅力的な笑顔を持つこの人は、いったいどんな暮らしをしてきたのだろう、そして何を

 見てきたのだろう、女性の身体のパーツばかりを写真に撮り続ける理由はあるのだろう

 かと彼の横顔を盗み見ながら私は思った。

 「いつから?」

 「なにが?」

 「いつから女性の写真を撮ろうと思うようになったの」

 「さあ。初めて裸の女の人の写真を撮ったのは、二十の時だった。ぼくが働いていた店

 には、写真を撮るといえば惜しげもなく肌をさらしてくれるような娘はたくさんいたからね」

 「二十歳のとき?」

 「言ってなかったっけ? おれ、もう来年二十五になる」

 「え」

 蓮は私と同じように、根っからの風来坊のようだった。高校を卒業すると同時に家を

 出たのだそうだ。幼い頃に母親が今の父親を再婚したから、父親の連れ子だった兄

 とはずいぶん歳が離れており、四人で住む家には居場所が見つからなかったと蓮は

 言った。そんな彼は様々なアルバイトを渡り歩いた。コンビニやカフェでも働いたし、

 映画館やショーパブで働いたこともあった。

 「いろんな場所で働いて分かったのは、おれは人を・・・てか、女の人を観察するのが

 好きだってことだった」

 「観察だけ?」

 「ま、それ以外にもいろいろあったさ。でも、いろんな場所で、いろんな女の人を見ている

 うちに、おれの見ている女の人たちを形に残してみたくなったんだよね」

 「それが写真ってことでしょ?」

 「ま、かっこよく言えばね。ただ単に女の裸の写真を撮りたいというよりはいいだろが」

 「そうそう」

 「でもさ、こんな自分勝手な生き方は、家族の誰も理解してくれないと思ったよ」

 「ここには蓮のことを理解する仲間がたくさんいるじゃない」

 「まあな。でもさ、本当に理解して欲しいのは、誰だと思う?」

 「家族かな」

 「二十の時、おれがカメラを始めたいと言ったって、親はそんなことじゃ食っていけない

 って頭からバカにしたような言いぐさだった。はやく大人になれ、夢を追うのをやめて、

 きちんとしろ、ってな」

 「そういうのが、普通の親なんだろうね」

 「初めてのカメラは兄貴がくれたんだ。おれが二十歳の時、兄貴はもう二十八だった

 からな。ま、無理したのかもしれないけど」

 「無理じゃなく、きっと蓮にあげたかったんだよ。血は繋がっていなくても、家族だから」

  私が、自分は他の人に比べると、ずい分本能的で奔放な性格なのだということは、

 ずい分前から自覚していた。本当の相手を知ろうとするのは、結構勇気がいるものだと

 思う。ましてやそれを言葉にすることは、至極難しいと思えるが、それを実際に行動に

 移してしまうほうが比べものにならないくらい容易だということを知っている人は多くは

 ない。

 「ね、蓮。キスしようか」

 蓮が口を開く前に、私は彼の口をふさいでしまった。私にとっては挨拶のつもりのキス

 で、ほんの少し相手を知るための儀式みたいなもの。相手との距離0センチ。

  ゆっくりと唇を引き剥がして蓮を見ると、彼はたじろぎもせずに、ただ私の顔をしげしげ

 と眺めて微笑んだ。私に抱きついてもこなかったし、唇を離した後もキスをする前と

 変わらない。「キスは挨拶のつづき」。そんなことは言うまでもなく、彼にとっても同じだと

 いうことが私には分かったような気がした。パソコンに向かう蓮の姿が、キスをする前

 よりも自然になったように見えたのが、なによりもその証拠だった。

                                                  つづく






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Last updated  June 22, 2008 11:16:45 AM コメント(2) | コメントを書く
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