2005年03月16日
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テーマ: 韓国!(17934)
カテゴリ: カテゴリ未分類
結局ほとんど眠れなかった。

しかし、時間が無いので7時には起き上がり、準備を始める。


そこでひとつの問題が・・・・

一人を除いてだれもおきてこない・・・・

9時まで待ったけど結局誰もおきてこないので、挨拶もせず出立!

今日の予定は、

・ヒョンの家族に会う
・プヨにいく
・テジョンのともだちの家に行く






時間が無いので、外を出てすぐにタクシーをゲット。

そのままシンチョンに向かう。

そこでヒョン父の職場に行く。

対応してくれたのは、2年前と同じ人だった。

あの時は韓国語で「日本から来ました」すらいえなかったなあ・・・などと思いながらご挨拶。


そしてヒョン父と対談。。。する直前に鼻血が出てきた。

大分乾燥しているようだ。

とにかく挨拶をする。彼は英語が得意なので英語で話す。

成田で買ったお土産を渡して、ちょっと話した。

相変わらずお元気でよかった。

その後、すぐに地下鉄に乗り、南部ターミナルへと向かう。

南部ターミナル



昔はここで「一般」と「優等」という言葉がわからなくて困ったものだ。

それが今回はわかるのだから成長したもんだ、なんてちょっとえらくなった気分。

ここで、今日夜に寄る予定のテジョンにいる友人に電話。

でも、お金がないのですぐに切れる。

腹も減ったので何か食べようと思うが、外に出るのが面倒なので、待合室にあるカウンターでキムパップとマンドゥを食べる。もうゴミは使ってないんだろうな・・・などと考えながらもひとまず全部平らげる。

プヨ行きのバス



しかし、私の座席にオバサンが座っているではないですか!

あまりにもありがちな展開にちょっとニヤけてしまった。
どいてもらうように言おうかともおもったけど、言葉が通じるかわからないので、そのまま放置。

でも2分後には別の席に移動していったので、問題解決。

走り始めると、運転手がしゃべるしゃべる。
結局その運転手2時間ちょっとの走行中ずっとしゃべりっぱなしだった。
声も、これまたでかい。ゆっくり寝るつもりだったけど、うるさくて眠れなかった。

ともかく、プヨに到着。

プヨのバスターミナル

小さな街だ。

さっき電話した友人にまた電話する。
最近英語学院で働き始めて、11時ごろまではたらくといっていたが、ひとまず7時に仕事場で落ち合うことにした。

それから扶蘇山城に歩いて向かう。

10分もたたないうちについた。

入場券を購入し、公園内に入る。

遊歩道やトイレも整備されているこぎれいな公園になっていた。

そして、なんと、スピーカーがいたるところに配置されていて、ラジオを流しているのだった・・・

はっきりいって、かなり邪魔。折角自然の音が聞こえる環境なのになぜにくだらない雑音を流すのだろうか?

それに、ここは史跡だから、古代の浪漫に思いをはせるところなのに・・・

そこは、百済の最後の首都であり、白村江の戦いのあった場所でもある。
すべての建物は復元されたものであるが、ところどころに土台の跡が見られる。

竪穴式住居跡

小さなころ私は考古学者になりたかった。そして古代の歴史について書いてある本をたくさん読んだものだ。

百済と大和朝廷との密接な関係を再認識させてくれるところが、このプヨだろう。

白馬江の流れを見る。

白馬江

かつてこの地でひとつの王朝が滅亡したということを考えると感慨深いものがあった。

途中で、どこかのおじさんたちに話しかけられた。

なんとかつたない韓国語で会話するが、やはり最初に言われたのは

「ギョッポか?(在外韓国人)」

の一言。

どうも彼らにとって、下手な韓国語を話すのはギョッポで、全然韓国語を話さないのが日本人という区別法があるようだ。

会話の中で、韓国が好きなことや一応韓国語や歴史、政治を勉強したことを言うと、

「そうか。日本人は韓国のこと嫌いだと思ったがそうでもないんだな」

と言ってきた。
つたない言葉でもある程度は通じるものだ。


でも、

疲れた。

夜寝てない上に、この山城の散策はこたえる。

休む時間もなく、次の目的地、国立プヨ博物館に向かう。

タクシー運転手は公州の博物館に連れて行きたかったようだが、そんな時間はない。

プヨ博物館につく。

国立プヨ博物館

かなりきれいな建物だ。

しかし、閑古鳥が鳴いていた・・・・


なかには多くの遺物があり、古代日本との類似性を感じた。

それにしても、人がいない。
客は私のほかは一組の日本人旅行者だけだった。
7時にテジョンに行くために、5時過ぎにはプヨを出る必要がある。

タクシーを拾いたかったが、なかなか見つからず、結局歩いてターミナルにまでいき、市外バスにのる。

直行便かと思いきや、ノンサンや公州などをまわり、テジョンにつくころには日が暮れてしまった。

テジョンの西部ターミナルに到着後、友人の仕事場へ向かおうとするが、情報が限られている。友人の携帯の調子が悪く、聞き取れない部分が多かったからだ。

知っているのは、ロッテ百貨店の近くの企業銀行のとなりにあるビルの4階、ということだけ。
実は近くの交差点の名前も聞いたが、聞き取れなかったのだった。

そんなこともあり、タクシー運転手もかなり困ってはいたが、そこはプロ。なんとなく見当をつけ、そこにむかってくれた。

で、結果はドンぴしゃり。

ビルの四階には確かに英語学校がある。

そこに行くと、おどろくことにかなりきれいな部屋だった。

カウンターにいる受付に友人の名前をいうが、授業中だということなので待つことにする。

そこへ、学院長が現れた。

ちょっと小太りのめがね男。

「ん?日本人か?なんだ、英語を話すから受付の二人は韓国系アメリカ人だと思ってたぞ」

・ ・・ふむ、これからは在日じゃなくて韓国系アメリカ人だと言うことにしようか・・・

なんて、考えたりもした。

そんなこんなのうちに、友人E登場。

ずいぶん久しぶりだ。彼女は同じ大学で言語学が主専攻、英語教育が副専攻だった。だから、ここで英語を教えられるということは彼女にとって一番いい仕事ではないだろうか。

スーツなんてきてるので、ちゃんとした先生らしくなっていた。

二人で話していると、また学院長が来て、

「どくとぬん うりたん!」

という、決まり文句を聞かせてくれた。

めんどいので

「どくとぬん はんぐったん」

と返すと満足したようだった。

やはり、これからもこの方法でいこう。余計な争いは避けるのが一番だ。ここで一人でがんばったところで多勢に無勢、絶対にいいことはない。

そんなこんなするうちに、友人Eは授業に戻ったので、11時に待ち合わせをして、自分はまた夜の街を歩くことにした。

腹が減ったので、屋台に行こうとすると

「独島問題・・・日本・・・島根県・・・」

という言葉がラジオから聞こえてくる。

なんとなくそういう音から離れてしまう。

しかし、問題は、どこにいってもその話だということだ。

結局コンビニでキムパップとセンセントン(リポビタンDみたいなやつ)を購入して、そとのテーブルで一人で寂しく食べる。

4時間もの時間をつぶしようがないので、近くの公園のベンチで寝る。異国の地のベンチで寝る日が来るとは思いもよらなかった。

このテジョンという街は日本のつくば市を思い起こさせる。

多くの大学、都市計画に基づいた道路など、住みやすそうな街だ。

ビルからとった交差点。車の位置に注目

10時半ごろになり、友人のところへ戻る。

すると、子供の集団に遭遇した。

二百人以上もの小学生たちがビルから出てくる。
そのうちの半分ぐらいは屋台へ駆け込む。
道路には送迎バスが5台。

そして、友人の仕事場へいくと、ここからも子供たちが100人ぐらい出てきた。

みんな小学生から中学生だ。

11時まで勉強だとは・・・いままで聞いてはいたが、実際に目の当たりにしてみると驚きだった。


その後、学院長、友人Eそして受付男と一緒に食事に行った。

行った場所は、刺身を出してくれる韓国食堂だった。なんというジャンルなのかはわからないが、店の一階に魚の生簀があり、その魚をさばいてくれるところだ。

なにがいいか決めかねたが、結局ひらめにする。
待つこと10分。

皿いっぱいのひらめの刺身が出てきた。

しかも、エンガワ付。

私、エンガワ大好き人間。あまりのうまさとうれしさに、涙がこみ上げてきた。

この旅行ではひたすらキムパップしか食べてない私にとって、この食事はありがたすぎるぐらいありがたかった。

すると、次にあわび、そして鯛の刺身も出てきた。

「俺はキミが誰だか知らない。しかし、わざわざ遠くから来てくれたんだ。このぐらいのものは食べてもらいたい。日本で刺身は高いだろ。なかなか食べられないだろうから、思う存分食べてくれ。コレがオレ流のもてなし方だ」

と学院長。

実は他にもかなり高い食材を注文していたが、お店の人に「高いよ。やめとき」といわれていた。そこで彼は私に気を使って「刺身は安い安い」と繰り返していたが、一応ある程度はお店の人とのやり取りも理解できたので、「実は、その食べ物はすきじゃないんだ」と断っておいた。

話しているうちに、当然のように竹島問題のネタになった。

しかし、先ほどは「独島は韓国領」といっていた学院長が

「いやね、もう日本と韓国はいがみ合ってる時代じゃないとおもうんだよ。だから独島もひとつは韓国、もうひとつは日本にすればいい」

といってきた。

そのとき、他の二人は「ヤバッ」ってな顔をしていた。きっと、そんなことを周りの韓国人に聞かれたら袋叩きにあうと思ったのだろう。

とにかく、この学院長はアメリカで国際関係を専攻しただけあり、それなりに考え方も広い人間だった。

食事の後は、念願のノレバン行き。

最初は小さな部屋だったが、学院長がごり押しをして、広い部屋に移動。

ノレバン

すると、しっかりとタンバリンが備え付けてあった。
英語で「ピアノマン」を歌い、日本語で「Forever Love」を途中まで。

そして最後にキム・ゴンモの「ミアネヨ」で締める。

韓国で「ミアネヨ」を歌うことは私の夢だったので、ひとつ夢がかなった。

その後、学院長のアパートに泊まることになった。

コレが旅行第二日目だ。

日韓の歴史交流、そして、個人レベルではなんの問題もなく友人になれるということを再認識できた。

また、韓国の教育熱の異常さも目の当たりにした一日だった。







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最終更新日  2005年03月24日 22時54分28秒
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