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先日来、実家からガンガン電話がかかってきていた。
僕の授業中にまで携帯を鳴らしてきて、
普段、僕の電話はまず鳴ることがないから、
(メールなんて、もっと届くことがない)
習慣でマナー設定をしていなかったので、
突然、着メロの『Scarified(by.Racer-x)』が大音量で流れて、
生徒もビックリしていた。
仕事が終わると日が替わっている時間だから、
なかなか連絡ができないでいたら、
3日くらい続けて、同じことが起こった。
留守電にも何も入れていないから、
まぁ、余程の緊急事態ではないとは思ったけれど、気になった。
日曜日、ようやく連絡がついた。
僕が死んだかと思ったらしい。
僕らの仕事は、お盆にはまず身動きが取れないのだけれど、
合宿が終わって9月になったら、実家に帰省すると思っていたらしい。
僕は、言った覚えはないのだけれど、
帰省することもなく、電話もしていなかったから、
いよいよぶっ倒れているか、部屋で死んでるかと思ったようだ。
で、その話を佐々木塾長にしたら、当たり前だが、怒られた。
実際、僕が実家に帰るのは、年に1度くらいだろうか。
今年はそれでも若干余裕があったので、6月に一度帰った。
また、身内で少しゴタゴタがあったので、
やはり春に、日帰りで帰った。
高速が開通して以来、長野は近くなった。
僕の実家は佐久、軽井沢のそばであるが、
入間からは2時間程度で行ってしまう。
何しろ、お盆と正月は仕事真っ最中なので、
帰るとなると、講習会後の数日の公休日か、
今日みたいな祝日になるのだけれど、
帰ったところで、今度は親が仕事に出ていたりするから、
なかなかうまくない。
実家に戻ったはいいが、ひとりでピアノを弾いて、
犬のミゲルと遊んでまた帰ってくるのが関の山、
なんとなく帰省の頻度が低くなってきてしまった。
僕ら、地方出身者は、高校を卒業して進学する場合、
「一人暮らしをする」ことがほぼ前提条件となっていた。
常識みたいなものだ。
だって、 地元に選べるような大学がない
から、
僕自身、大学選びにおいては、基本的に東京近郊で探した。
別に東京がよかったわけではなく、単純に大学が多いから。
いわゆる「都会への憧れ」は、僕の場合、ほとんどなかった。
そもそも、千葉県市川市が僕の生まれ故郷であるし。
それこそ、今は人に貸している市川の家に暮らすようなことも考えたが、
ともかく僕は18歳の頃からこれまで15年程度、ずっと一人暮らしを続けている。
20歳くらいの頃、ようやく 「親のありがたみ」
が分かった気がする。
もっとも、今現在、親に心配をかけているのだから、
いまだに分かっていないのかも知れないけれど、
少なくとも親をマジメに意識したのは、大学に通い始めてからだった。
よく言うように、離れてみて、ようやく存在の大きさが分かる。
増して、仕事を始めて、なかなか会うことができなくなると、
それはより大きくなる。
今、「それ」と書いたが、
親に対する思いというのは、 「ありがたい」としか言いようがない。
誤解を生むとよくないが、
「好き」とか「嫌い」ではない。
そんな小さいものではなく、「ありがたい」のである。
ちなみに、古文の単語帳では
「ありがたし」
は 「めずらしい」
と載っている。
フシギなことはない。
「ありがたい」は「有難い」と書くのであって、
つまり、 「有る」のが「難しい」
のだ。
高校生諸君には、ただ単語と意味を一対一で機械暗記するのでなく、
元々の成り立ちを考えて覚えてほしいと思う。
「親」は「有るのが難しい」のだろうか。
自分がいる以上、必ず親は存在するわけで、
つまり、全ての人に親はいるわけで、
その意味では、もちろん「めずらしく」はない。
が、やはり「有るのは難しい」。
僕にとって、大学生になるまで、
親は存在はしていたけれど、僕の気持ちの中に、本当の意味で「有った」だろうか。
今、なかなか会うことができない状態で、目の前に「有る」だろうか。
好き嫌いを抜きにして、
「いない」ということが想像もできず、予期もできず、準備もできない、
そういう「親」は、そんなに簡単に「有る」だろうか。
僕の両親も、大分老け込んできた。
不謹慎であるが、先のことを考えると、かなりの不安がある。
なんというか、「親がいない」ということが、僕にとって困るというのでなく、
例えば、人だからいつかはそういうときも来るとして、
そのときに「僕がそこにいない」ということが、
僕にとって困るのである。
本当に不謹慎であるが、
例えば僕が授業中にそういうことになって、
では僕は授業を投げ出してかけつけられるかというと、
そんなことは天秤にかけるものではないけれども、
でもよく分からない。
少なくとも、今現在なかなか帰ることができないのだから、
いざというときに僕がそこにいないことは大いにありえて、それが困る。
あんまり書くと本当に誤解を生むが、
僕は、「自分の親が大好きだ」とは思っていない。
塾内ではひそかに知られているが、
中高生の頃は、結構な勢いで、親に逆らっていた。
人としてキライだと思ったことすらある。
だから僕は、自分の親がキライということもありえると思っている。
でも、今となっては、
好きとかキライとか、そんな低い次元でなく、
僕にとって、親は、何にも代えがたく、ありがたい。
先日、僕もひとつ歳をとった。
親も先月、歳をとった。
この歳になってくると、いよいよもって親のありがたさを思うのだけれど、
じゃあ実家で暮らして、ただそばにいればそれで良いのかというと、
なんか、それも違う気がする。
親にとっては、僕がこっちで元気にやっていることが望ましいようだから、
変な話、仕事をやめて実家暮らしをはじめたら、逆に親不幸な気もする。
でも、なかなか会えないという状況は、
やはりどう考えても、親不孝でもあるし。
・・・うまく表現できないな。
ところで、この仕事をはじめた頃、意外だったのは、
僕らの指導する高校生たちは、
ほとんどが一人暮らしを考えていない
ということ。
そりゃあ、実家から通えるのであれば、その方があらゆる面で、良い。
が、僕自身の経験からすると、
親を「ありがたく」思うのに、一人暮らしは相当大きかった。
実家暮らしで、それを思うことができれば良いけれども、
というか、親をありがたいと思った上で、
実家で暮らすことができれば、一番の親孝行であろうし、
自分自身にとって、望ましいと思う。
僕は、親孝行というのは、親のために何かをするというより、
親のために何かをすることが、自分のためであると思う。
・・・う~ん、やっぱり、何を書いているんだか、
ワケが分からなくなってきましたね。
自分の中で整理がついていないことを
ムリヤリ書くとこういうハメになります。
まあ、思いつきで色々書いてみたのですが、ご勘弁を。
・・・全然関係ないけれど、
発揮されていない僕自身の良さってなんだろう。
それが分からない。
Kama
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