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「記憶の限界」と言っても、
「いったいどれだけのことが覚えられるか」
という、「量」の話ではありません。
「量」に関して言えば、
例えば、円周率を延々と言い続けられる人とか、
世界中の国旗を覚えている小学生とか、いますね。
でも、僕自身は、
記憶の「量」は大したことないと思ってる。
むしろ、少ない方かな・・・。
で、ここでは「量」の話ではなくて、
「長さ」
の問題。
簡単にいえば、
人は、どれだけ昔のことを覚えているものか。
転じて、
人は、どれだけ長く、
ひとつのことを覚えているものか。
これについては、僕は、
「すごい記憶力だ」と言われることがあります。
「よく覚えてるね」、と。
自分ではよく分からないので、
そーなんだ・・・って思うしかないのですが、
もし細かいこと、古いことを
比較的よく覚えているのであれば、
それは、ひとつひとつの事象の
アタマへの 「刻み込み方」
が深いと、
そのように理解しています。
確かに僕は、好奇心が旺盛であって、
それは、およそすべての事柄に及び、
どんなことにも興味を持てることは、自分の特技であると思っているから。
だから、
僕は、
色々なことを覚えている
というのは、
即、
色々なことに興味がある
と同義であると考えています。
その証拠になるかどうかわかりませんが、
例えば、食事。
これは、僕にとって、
最も興味のない事柄のひとつ。
そこで、
一昨日の夕食に何を食べたかを聞かれたら、
まず、間違いなく、答えられない。
忘れてしまっている。
「興味があることは覚えやすい」
っていうのは、
だれしもが言うことで、
あまりに当たり前のことですが、
「記憶力」の話題になったときに、
案外、「興味」との連関は忘れられるもんですよね。
ところで、
人はどれだけ昔のことを覚えているもんでしょう。
例えば、僕は、
母親のおなかの中から出てきて、
初めて「光」をみたときのこととか、
おなかの中で、手足を伸ばしたらきゅうくつだったこととか、
自分の細胞がだんだん分裂していって、
手の指が5本になったのを見ていたこととか…。
…
そんなことを覚えていたら、
バケモノだ。
で、ホントのところは、
2歳のころの記憶
が最も古いかな。
もちろん、連続した記憶ではなく、
断片的なものですが、
3歳のときに、来年幼稚園に入るってもんで、
通うことになる幼稚園の運動会を見に行ったことははっきり記憶にある。
さかのぼって、
家の引っ越しがあったのだが、
そのときに自分だけ新居のベランダにすわって、
荷物を運ぶ大人の様子を眺めていた記憶がある。
また、
道を歩いていた姉が自転車にはねられたのを見ていた記憶もある。
たぶん、これが2歳の頃。
色々な人に聞いてみたのですが、
どうも、幼稚園に入るか入らないかのころ、
このあたりが最も古い記憶であるという人が多いみたい。
記憶というと、
面白いハナシがあります。
これは、誰かのエッセイかなんかで読んだのですが、
社会人の研修会でのハナシ。
社外研修では、見知らぬ人たちが同じ場に参加するので、
初めは、なんかよそよそしい雰囲気である。
そこで、
そのアイスブレイキングとして、
みんなで「地図」を書く
のだそうだ。
子どものころ、自分が住んでいた家の周囲の地図。
当時の家を中心に、
道がどのように伸びていたか、
途中にどんなお店があったか、
どんな木が生えていたか。
それを、思い出しながらみんなで書いていると、
いつの間にか、会話がはじまって、
やがて、初対面の人とは思えないほど、
会話が弾んでいるのだそうだ。
詳しい理屈はわかりませんが、
どうなんでしょ、
昔の記憶にアクセスしようとすることで、
感性、感覚すら、当時にもどって、
それで、幼稚園児くらいだとあまり人見知りもしないことが多いので、
会話が始まるのでしょうか。
いずれにせよ、
面白いですね。
…
…ええ~っと
ずいぶん、まとまりのない文章ですねぇ~。
何が書きたいのか、
よくわからんですよね~
ひとつの文章としては、テーマがよくわからんですよね~。
要旨もはっきりしないですね~。
ダメな文章ですね~
なんでかというとですね~。
何か、書こうと思ったのですが、
その
書こうと思った
「何か」を忘れてしまったのですね~
これが、人の記憶のフシギなところ…。
Kama
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