入間市の塾 愛夢舎からのメッセージ

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愛夢舎 塾長

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2009.01.08
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すいません、今回はうまく文章がまとまっていません
大変読みづらいと思いますし、要旨がよくわかりませんが、もしよろしければ・・・。 

近所に大きな本屋がないので、
僕の本の買い方というのは、数年前から定まっている。

何ヶ月かに一度、池袋の大きな本屋に行って、
そこで10冊以上、まとめ買いをしてくるのだ。

その結果、新刊本を刊行直後に読むことはほとんどない。
よほどタイミングがよくない限り、
数年か、よくても数ヶ月前に上梓されたものが、
僕にとっては十分「新刊」となる。

読む本のジャンルは問わない。
だから、「ビル1つ丸ごと本屋」的な本屋に行くと、
フロアを移動するたびに、買い物カゴの中身が増えていく。

しかし、ジャンルによって、
ある程度、買う作家が定まっているようだ。

わざと「読む人」を限っているわけではなく、
毛嫌いしているわけでもなく、
ただなんとなく、気がついたらそうなっていた。

小説の場合は、しかしそれでも、割とみさかいなく読んでいて、
これがエッセイの場合には、もちろんフラッと「浮気」することはあっても、
「新刊があったら買い」のエッセイストは3~4人に限られる。

ノンフィクション小説、
ルポ・ライターで
「あったら買い」の人は、たったひとり。

沢木耕太郎

沢木氏と言えば
「深夜特急」

香港からロンドンまで、乗合バスで旅をする。
そのあまりの無謀さと、
展開される人間ドラマのあまりの素敵さと、
現代には残っていないと思われたあまりの冒険さとに
多くの若者を氏と同じような旅に駆りだすバイブルとなっている。

僕も、読むのがあと数年早かったら、
つまり、もう少し若かったら
大陸に向かって飛び出したかもしれない。
僕が「深夜特急」を読んだのは、学生を終え、社会人になってからのことだった。

11月に、やはり池袋の本屋に行って、
13冊買い込んできた。
それを少しずつ消化している。

今日、その中の一冊、
沢木耕太郎氏の本を読み終えた。

「凍」

「とう」と読ませるこの本は、
だから、2005年に発表されたものだったが、
文庫版になったのは11月、
だから「新刊コーナー」に並んでいたのを
「あったので買った」のである。

日本を代表するクライマー、
山野井泰史氏 と、その奥方・ 妙子氏

数々の記録をうちたててきたお二人が
2002年にヒマラヤのギャチュンカン峰を登攀したときの記録。
それを沢木氏がインタビューし、
克明なドキュメンタリー、
ノンフィクションとして発表したのである。

山野井泰史氏は
世界で初となるギャチュンカン峰北壁の単独登攀を成功、
しかし下山の過程において、何度もの雪崩にあい、
7000メートル以上の高度で予定を大幅に超える滞在、
四肢指先の凍傷を乗り越え、
日本国内で、あと一歩で「遭難」と報道されるところを
なんとか生き返った。
その記録である。

ロック・クライミングには、
実は小学生のころから興味があった。
姉が
「おれたちの頂」(現在絶版)という、
ロッククライミングにちなんだマンガ単行本をどこかから仕入れてきて
それを読んだ影響からであった。
だから、自分では登りもしないのに
用語だの過程だの、そういうのは中途半端に聞きかじっていた。

自分では「富士山専門」というくらいに、
他の山を登らない。
いわんや、谷川岳、ロック・クライミングとなると、
興味はあっても
「やりたい」と思ったことは一度もない。

聞いただけで、そのあまりの過酷さに
到底自分ができるものだと思わなかったのだろう。

さて、沢木氏の「凍」、
山野井両氏であるが・・・。

登攀途中のあらゆるドラマ、
山野井泰史氏、妙子氏の人間的偉大さ、
自然の強大さ、
沢木氏の文章の面白さ・・・。

そういうのは、ここで述べたいことではないし、
じかに読んでもらうのが早い。

ただ、ネタばれになってしまうが、
夫妻のこの登山によって
万全の状態で登山をすることが
二度とかなわない「体」
になってしまう。

山野井泰史氏は10本、
妙子氏にいたっては18本、
指の切除を余儀なくされたのである。

岩登りをしない僕にだって、
両手の指がないということがどれだけのハンディ、
いや、普通なら二度と登れないであろうことは
想像に難くない。
モノをつかむことがまともにできないのだ。

山野井氏は、下山途中にすでに指の切断を覚悟していた。
ベースキャンプにたどりつき、
救助に運ばれる車の中で
ひとり思う場面がある。

「―何事も、あるていど長く続けていると
  マンネリになってしまうところがあるのかもしれない。
  ここ数年の行き詰まりがあったのかもしれないのだ。
  このままズルズル行ったら
  「やばい」ことになるかもしれないというかすかな不安があった。
  だから、もしかしたら、ギャチュンカンの事故は
  起こるべくして起きたと言えるかもしれない。
  たとえ、そこをうまく擦り抜けても、次に起きていたかもしれない。

 -これで自分が目指していたクライミングはできなくなってしまった。
  しかし、それは死ななくても済むということだ。生き残れるようになったということだ。
  このままクライミングを続けていけば、いつか死に至るのではないかと思っていた。
  そんな俺を誰か止めてくれ、と叫び出しそうな気もしていた。

 -助かったのかもしれない。これで普通の生き方ができるのかもしれない。
  それが自分にとって本当に満足のいくことかどうかはわかないにしても・・・。」
(一部省略)

実は、僕はこの数日、
床にふせっておりました。

10月からの病気が未だ治らず、病状は一進一退。
この数日は、まるで動けず、ずっと寝込んでいた。

頭の中では、動かなきゃと思う。
自分のことを、だらしないと思う。
なんとか、這ってでも動かなきゃと思う。でも動かない。
ますます、自分に苛立ってくる。
やがて苛立ちは、自分以外の方にも向く。
そして自分以外に苛立つ自分を、また情けなく思う。
その繰り返し・・・。

山野井氏の思いが、僕にはわかるとか、
そんな同次元で語れるものではない。
第一、僕の病気は、それ自体が死につながるようなものでもない。
ひるがえって、山野井氏は、常に死と向き合って登っていた方だ。
まるで人間的レベルが違う。

だから、この文章が自分に力を与えたとか、
そんなレベルでもない。

ただ、そんな風に思えればいいな・・・と。
そのくらいに思った次第でございます。

どうぞ、未読の方は
「凍」(新潮文庫)、
読んでみてください。
山に興味がなくても、あまりのすさまじさに引き込まれます。

ところで、
山登りをあきらめ、「普通の生活」に戻れたかも・・・と思い、
「助かったのかも」と思った山野井氏は、その後・・・。

強靭な精神力とリハビリの成果、
山への熱意と愛情でもって、
妙子氏とのコンビで、今現在もロック・クライミングを続け、
新たな記録を作り続け、
日本を代表するクライマーとして活躍中です。

…僕もそうあるのかな、そうありたいのかな・・・?

Kama






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Last updated  2009.01.09 00:12:29
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