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国際的、政治的、職場環境、家庭内での夫婦や親子のこと、友達関係であろうと、どんな人間関係においても、覚悟しなければならないのは、”人が人を審くときには自分自身を神(創造主)の上に置いている”ということ。人は弱い存在ではない。感情には強力な力があり、破壊的感情は心の次元で伝播し他の人を打ちのめすことさえ可能だ。人が知覚(認識)していようと、知覚していまいと、想念には”力”がある。何故なら、人がこの現実の世界で人間(自分自身)として存在しているすべては”想念”だからだ。人は想念の次元で神と一体であり、現実のあらゆる事象を形作る力が与えられている。想念は、ナポレオンヒルが”思考は現実化する”と言った思考と同じ次元のものと考えていい。人は生まれつき自分が生きる意味を知っていて、意識しているかどうかに関わらず、そのように生きようとする衝動を心の深いところに感じ、理想的な生活を意識しながら生きている。それは天国のような世界であり、自分自身の設計図でもある。でも、それがエゴにより装飾されでき上がったものだと、個人的な意見は認められることは無い。このとき、感情的な対立が生まれる。感情は想念のレベルで力を発揮し、それが破壊的であるときは全てを破壊する。破壊する全てとは、もともと一つに繋がっている自分と他のものすべてである。想念は自分自身の心と肉体に影響すると同時に、他のものの心に伝わり肉体にも影響を及ぼす。人は表面的な現象の深いところで考え、肉体的な心を制御することで、自分本来の生きる目的を理解し、感情のバランスを取り戻すことができる。個人の意志が他人の意志により邪魔される時に心に起こる感情の”力”はきわめて破壊的で、自分自身の肉体を破壊するだけでなく、”アンバランスな行為”という強烈な台風のような渦巻きを引き起こし、自分自身を混乱させるだけでなく、周囲をも混乱の渦に引き込んでしまう”力”があり、混乱と争いの台風の目となってしまう。想念は心の深いところにあり時折チラリと意識することができる。心が冷静になると、想念への感受性は鋭敏になり、心はそれがどんな状態になっているのかを明瞭に見ることができるようになる。想念のレベルのスピードは極めて速く、それは瞬間から瞬間へと続いている。想念を注意深く監視して創造的な設計図に基く状態を作り上げるなら、心は安心して想念に任せることができるようになり、考える作業の多くは効率的に省力化できるようになる。美容と健康に最も効果的な方法は”感情のバランス”をあらゆる状態でも失わないでいることだ。極端な感情はあらゆる人間関係を混乱させるだけでなく、同時に自分自身の肉体の化学物質の正常な働きを混乱させ、血液中の神経伝達物質やホルモンの量を異常にして、自分自身に疲労や病気を引き起こすことになる。”感情のバランス”を失ったままで生きつづければ、男性は精力が弱り、女性は生理不順や更年期障害に悩むことになる。綺麗な笑顔と精力的な活動は”感情のバランス”の賜物と言える。知性によって感情の破壊的な影響に気づき、”感情のバランス”に回帰すれば、あらゆるものに浸透して鳴り響いている和合と調和の調べを楽しむことができ、生命の自由エネルギーが溢れ出て、楽しく美しく健康な生活が約束される。
2008.05.23
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生活には常に不安がつきまといます。国際関係や国家や社会の出来事、職場関係、友達関係、家族関係、個人レベルで、ものの見方や感情のアンバランスがあると、感情は平静で無くなり心のどこかに不安が存在する状態が続きます。このような不安は(広義の)ストレスとも呼ばれています。だれもが幸せが保障されていることを望み、今よりももっと安定した幸せを求め続けています。心や生活の不安定がなくなれば幸せになれると信じ、人間関係の平等や夢と現実のバランスがとれた状態を望み、ある人々は宗教や精神世界のグループに入り、教義や精神世界の法則を知っていると称する指導者に追従します。ですが、幸か不幸か、全てにおいて完璧な知識を備えている指導者はほとんどいないようです。一人か二人の精神的指導者に学んだ人々の多くは未だに迷いから開放されること無く、自己の周りをとりまく環境に関して不満足な状態が続いていると感じています。いいかえれば、常に何らかのストレスを感じながら生きていると言えるでしょう。宗教信者の多くは死後の世界で幸せになることを夢見ます。彼らはこの世界は美くしい世界ではなく醜くて苦痛と不幸だけの世界だと感じ続けています。宗教や精神世界の指導者に追随する人々の多くは、霊的世界と現実の世界が全く異なる次元だというイメージから未だに開放されていないようです。人々が住んで、今呼吸して、現に生活している、この世界が当に霊的世界であると同時に現実の世界であることに気づいていません。心に存在するこの世の理解の分裂がまず最初に心の分裂を生み出し、思考や物事への対処は極めてアンバランスな結果を生じています。真理は、霊的世界と現実の世界は一体であると言うことです。霊的世界についての理解は観念論であり、実際生活についての理解が実際主義だという分離は誤っています。天国には平安で麗しい理想世界が存在し、地上は物質的世界だと言う思考の分裂が人々を真理から遠ざけています。現在、この世界で楽しい有益な生活ができない人は、もし仮に別世界に行けたとしても同じ現実に遭遇することになるでしょう。信仰者たちは神に生かされていると感じていますが、我々が生かされている神の法則は万物を支配している法則であり、万物とは霊的世界と現実の世界が一体であるこの世界そのものなのです。万物を創造した法則が、霊的であると同時に現実的でもあるこの地球を創造し、宇宙を創造したのです。宇宙(天)も地球(地)も人も、万物を創造した法則により創造されています。天と地と人は万物創造の法則において一体であり、どちらかが他よりも優れているのではなく、誰かが他の人よりも優れているわけでは有りません。人は宇宙を表現しており、宇宙は人を表現しており、地球もまた人と宇宙を表現しています。人は全体のはめ絵パズルの一片に過ぎないかもしれませんが、全体の中の欠くべからざる一片です。一片が欠けても全体は存在しえなくなります。言い換えれば、一片に過ぎないと思っている人は決して全体から欠けることはありません。別の言い方をすれば、人が宇宙から欠けることさえありません。人とは霊的実態であると同時に肉体を有して現実世界に生きている存在であり、通常考えられている”死”さえも、実はこの世界には存在しえません。肉体が死んでも魂はいき続けると言われていることは真実です。霊的であると同時に現実的(肉体的、物質的)であるこの世界は永遠で無限な世界なのです。永遠無限のこの世界には優れているものと劣っているものは存在しません。だれかが誰かよりも偉大だと言う区別も存在しません。そのような区別は、未だに全体を理解できない人がただ他の人を裁いているに過ぎません。全体を理解できていない人は裁くことはできません。何故なら、裁く人は自分を神(創造主)の上位に置いているからです。続く>>>>>
2008.05.23
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