花*花 きままな時間

花*花 きままな時間

2006年05月12日
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カテゴリ: 闘病記録
 人には嬉しかったり、悲しかったり、楽しかったり、悔しかったり…と色んな感情を持っているが、闘病中に私が最も感じた感情とは…、「妬み」であった。

 今は以前よりはその感情の出番が少なくなってきたが、闘病生活が始まってからしばらくは、ずっと人を羨む気持ちで一杯だった。易感染症と言われ、人混みや子供の学校等にしばらく行かないように医師から言われていたが、どの程度の注意をすれば良いのか、最初は全く検討もつかないため、外出するときはとても神経質になってしまい、それだけでストレスを感じていた。その為、ほとんど家の中で過ごすようになる。私は自分を籠の中で飼われている鳥のようだと思っていた。

 テレビなどで、ニートと呼ばれる若者が増えていると耳にすると、私は仕事をしたくても出来ないんだよと心の中で叫ぶ。

 子供の授業参観や学校行事、いつも楽しみにしていたのに、学校は一番感染しやすいところで、NGをだされてしまう。そうすると、他のお母さん方が羨ましくなる。また、私の代わりに出席してくれる主人にさえ、嫉妬の感情が芽生える。また子供のスイミングスクールのギャラリー席ぐらいならと子供のレッスンを見に行ったことが数回あるのだが、ある時、咳き込む親子が私の近くにいたので、マスクをしっかりしてガードしたのだが、その日にすぐに高熱を出して風邪が治るのに3週間ほどかかってしまった。この時点でスイミングスクールの見学もNGを出されてしまった。

 どんどん、どんどん、私の居場所がなくなり、このまま、このちっぽけな部屋で一生が終わってしまうのだろうか?と思うと、ますます僻みっぽくなってしまうのだ。

 テレビをつけると、私と同世代に近い元アイドル達が、仕事に復帰して私にはそれがとても輝いて見える。病気でなかったら、懐かしいなぁとか、変わらないなぁとか、暖かい眼差しで見ることができるだろうに、心が病んでいるときは、とても目障りに感じてしまう。人間が出来ていないとつくづく思う。

 私の妬む心には、きりがなかった。外で子供といっしょに走り回るお母さんを見ては羨み、家族旅行にでかける知人、スキー、海水浴…今の私には出来ないことだらけだ。

 私はとりわけ、自分と同世代の母親を妬みのターゲットにしていたようだ。その母親ばかりを見ていて、近くにいる子供のことはあまり意識していなかったのだろう。楽しそうな母親のそばにいる子供は同じように楽しそうだ。そして、我が息子の事を思い「はっ」とするのだ。私が我慢してきたと思っていたことは、我が息子や主人にも、私以上の我慢をさせていたのだ。自分の心の狭さを恥じた。病気になってからは、いつの間にか自分中心に物事を考えていたのだと反省してしまう。

 このことに気付い私は、自分から進んで外出するよう心がけ、それが心地よいものになった。すると、身体も心もどんどん健康になっていくのだ。病は気からというが本当だ。






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最終更新日  2006年05月12日 09時59分10秒
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