2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全5件 (5件中 1-5件目)
1
2011年3月11日 この日、日立市にいました。職場の中は、こんな感じでした。くりっくしてみて ここでは、画像アッパーなので UPできないので。。。
2011年03月21日
コメント(4)
かんさん、東電のお偉いさんたちに向かって 話している映像がTVで流れた あんたたちが そんなんでどうする わたしは、爆発をTVで知った 1時間後に報告するとはどういうことか・・・それ、そんなこと言って 責任転嫁してる あなたがおかしい!電気の供給が国を左右することは あなたが一番知ってるはず。しかも、福島原発が不安定なことも 知ってたはず。今頃になって、国 政府が 東電とタックを組んだ。遅すぎだよ。もっと早くに、東電 政府 そして、学者さんたちなど知識のある専門家が組んで知恵を搾りださないでどうすんのよこんなときに かんさん あなたに リーダーシップを発揮して欲しいのに情報が来ない・・・そんな 情けないこと言わないでよ。通常 原子炉で作業するひとは、被爆しないように時間をはかって作業をします。それだけ、危険だってこと。最前線で作業している人は、メルトダウンだけはさせないとがんばってくれているのに東電が悪いだの なんで、こんなことになっただのって人のせいにしすぎ世界最大規模の地震に立ち向かうのに、なんでこうなったんだとTVで解説している知識者といわれる方その 知識、これからのことに生かせないのでしょうか視聴率稼ぎの 報道の仕方も 考えもん誰もかれも一生懸命なのは、わかる・・・でも、TVで頭下げてる人たちは 危険からはかなり遠いところにいる。 ちょっと、支離滅裂か?!最先端で作業している知人がいるので、ちょっと 熱くなっちゃいました。なんだか、涙が止まらない・・・
2011年03月15日
コメント(8)
今日、また 一人 音信不通になっていた友人と連絡が取れました。彼女は、日立市久慈町 わたしたちは 久慈浜と呼んでいます。国道245号線沿い 日立港近くです。TVで報道されているところだけじゃなく、とっても 身近なところでも津波の脅威はあったんです。津波警報が出て、すぐ 高台にあがった彼女と家族は無事でした。津波は、国道を越え おさかなセンターも越え パチンコやさんも越え彼女の自宅の ほんとに数メートル手前で止まったそうです。彼女の家が、あと1m低かったらだめだったでしょうね。高台から、その様子を見ていて 震えたそうです。真っ黒な波が押し寄せてきて、すべてを巻き込んで戻っていった・・・今も、日立港の下には 港から出荷する予定だった新車がたくさん沈んでるわ・・・彼女と話していて、うるうるしちゃいました。今度、また お茶しようね♪ いつもと、おなじ言葉を交わして電話を切りました。
2011年03月14日
コメント(0)
すごい地震でした。3F建ての職場は、コピー機も FAXも 転がっている状態。デスクの下に隠れましたが、そのスチールのデスクが 飛び跳ねていました。書庫は、ばたばたと倒れ・・・パソコンは、デスクからボトボト落ちていく・・・デスクの下に受話器だけもって、工内放送・・・「デスクの下、作業台の下に 隠れて下さい!! 絶対に、飛び出さないで下さい!!」半分、悲鳴のように 3回ほど繰り返す。天井から、煙のように 白いほこりが・・・ゆれにより、天井がなみうち ぽろぽろこぼれてくる。女子たちは、興奮して パニック状態「床が落ちたら死んじゃうーーーー」「こんなところに、いたら つぶれちゃうーーーー」その直後に、次のゆれ@@!無理やり、彼女のうでをつかみ わたしのデスクの下にねじ込む。間一髪、書庫から 分厚いファイルが降ってくる。2度目のゆれがおさまってから、工内放送「貴重品を持って、すみやかに 線路側の道路の前に集まってください」3Fといっても、1Fは倉庫で中2Fがあるので 4F~5F程度の高さがあります。高さがある分、ゆれがひどかったんだと思います。足元は、平らなところがないくらい 物が散乱していました。廊下に出ると、冷蔵庫や 給茶機が 倒れていた。上着を取りに、ロッカーにいくと 女子更衣室は ロッカーが倒れて 物が取れない状態。 あと、15分遅く地震が来たら わたしつぶれてました。 いつも、この更衣室で お昼寝してたんだもん。階段は、もっと 悲惨・・・階段と廊下の中扉は、ゆがみと ショーケースの枠に阻まれあかない。ショーケースのガラスが飛び散り足元は、すべる。やっと、外に出ると またまた大きな余震。建物に亀裂が入るのを、まじまじと見ました。たぶん、地震から1時間後には 小さな津波が来たのかも。海岸近くの道路を通ったら、大量の水が流れた跡が・・・実家の前の道路は、金曜の明るいときに見たら 盛り上がってました。土曜の朝には、陥没してました。金曜の夜は、実家ですごし情報を集めてから 石岡の自宅に帰るには どこを通るか検討。那珂川、久慈川、その他の小さな川にかかる橋は 陥落しているところが多くあちこち、迂回しながら 日立から石岡まで山を越えて4時間がかりで戻りました。自宅についてから、中をみて またびっくり。家には、ひびが入り。食器棚は・・・ご想像のとおりです^^;たんすは、無残な状態。昨夜は、真っ暗な中 ひとりで過ごしました。うちのヨッチ君は、仕事で戻れず。そして、今日の午後。電気が来てTVをつけて・・・ショック・・・こんな状態になっていたなんて・・・いまになって、少し落ち着いて考えられるようになりました。ちょっと、片付けようかなっ。TV見てたら、救助された じいちゃんが笑顔で「生きてたんだから、また復興すればいい。 チリ地震も経験してるんじゃ・・・」この、前向きなじいちゃんみてたら 負けられないと思いました。お願い)))茨城県の情報が、TVでやってないんです。 見た目、たいしたことがないので 報道されないのでしょうが 電気も水道もない状態のお宅がたくさんあります。 わたしも、実家と連絡取れない状態です。 給水車も 少ないです。 2リットルまでの 制限付のところが多いのが現状です。 携帯も充電ができないので、使えません。 昔の黒電話なら、使えるのですが 今の電話が電気がないと使い物になりません。 もっと、情報が欲しいです。
2011年03月13日
コメント(10)
またまた、クラブ対抗の季節がやってきました ホームは、女子は県でもNO.1クラスなのですが男子は、下から数えた方が 早いかなぁ・・・・みたいなっ 今年も、一応 選手になった うちのヨッチ君 大丈夫かぁ~~~~~~2度目なので、今回は落ち着いてプレーできるでしょう。。。( たぶん )経験を積んで、大人になっていくんだわぁ なんて、もうすでに 十分に おじさんですけど
2011年03月03日
コメント(2)
全5件 (5件中 1-5件目)
1