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私が、ロスト・シティに始めて行ったのは1975年の事だと記憶している。
モダンフォーク好きの私にとって日本初のブルーグラス&カントリーミュージックのライブハウスと聞いていたので、初めて行った時はどんな凄い殿堂なんだろうと期待に胸を膨らませていた。
神戸三宮からサンロードのアーケードを元町方面に向かいトアーロードを横切って暫く(4~50m位か)行くと左手に中華料理の光蘭があってその先の路地を左に入り次か次の十字路を右手に入って2~30m行った左手に恐ろしく古ぼけた掘っ立て小屋の長屋続きの一角に間口三尺、面積十坪に満たない暗く薄汚い殿堂は存在していた。
こう書くとロストをこよなく愛するファンには何てことをと 言われそうだが、田舎育ちの世間知らずとはこんなものだったのです。
しかしながら、最近はやりのちょい悪おやじじゃないけれど、何となく引かれる不良の匂いとでも言うのでしょうか、たまらなく魅力に満ち溢れた場所に思えたのでした。
マスターの野崎謙二氏は、その昔、テレビでもたまに紹介される田淵章二氏(アメリカでフィドル奏者として一線で活躍中)と二人で海を渡り、かのグランド・オール・オープリーに日本人として始めて立った人である。
いわば伝説的な日本人の一人である。
バンジョーなる楽器が、未だ未知の楽器だった頃、自転車のホイールを代用して作らせたという逸話も残っている位で、1960年代にアメリカへ何のツテもなく楽器一つ下げて行くなど無謀な行為としか言いようの無い行動であった。
あの頃の日本人の逞しさは何処へ行ってしまったのだろうか・・・!?
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