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昨日WVJ(ワールド・ビジョン・ジャパン)の地域活動報告会に行って来た。
幾らかは予想していたことなんだけれども、報告会そのものの段取りの悪さも手伝っていささかげんなりしてしまった。
現在私は、スリランカの小学5年生の女の子のチャイルドスポンサーを引き受けている。
あくまで引き受けているのであってスポンサーになっているつもりなど全くない。
ボランティアって何・・・?と聞かれて皆さんはどう答えますか?
無償労働奉仕とでも答えれば良いのでしょうか・・・?
ボランティアの存在などというものは、要するに社会が、世の中が歪んでいることの証明みたいなものなんですよね・・・!!
市民が税金を払うのは、自分達の事はもちろん、全体として社会的不公平によって社会規範が崩れないように公僕を雇って、公平な社会システムを作るためなんではないでしょうか・・・?
税金の課税率に差があるのも、富める者が貧しき者のために穴埋めをするからなのではないでしょうか・・・?
日本では、多分に富める者は税金を沢山払う変わりに社会からの見返りも沢山受けるシステムになっていないでしょうか・・・?
報告会の中で、こんな遣り取りがありました。
チャイルドスポンサーには支援チャイルドやその家族からお礼の手紙や写真が送られてくるのだけれども、その手紙がどうもやらせみたいで有難さに欠けるから、もっとリアリィティの有る物にしてもらいたい。というものでした。
はっきり言って、情けないやら悲しいやら苛立たしいやら全ての感情が湧き上がって日本人の本性を見せ付けられた気分でその場を逃げ出したくなったものです。
彼らは、貧しくて、食べる物を始めとして生きる上での全てに窮しているからこそ、支援の手を甘んじて受け入れるのであって、教育も受けられず、仕事も無く、日々生きて行くだけの彼らに何を求めると言うのでしょう。
ボランティアスタッフがいればこそ、せめての証としてスタッフが代筆や世話をしてやっとの思いで、通信(郵便)事情も儘ならない地域から送っている物を、そんなに躍起となって欲しがらなくてはならないだろうか・・・?
ボランティアには、沢山問題があるのは事実である。
しかしながら、そこに無くてはならないのが無償の愛でなくてはならない。
基本的にボランティアなどというものが、この世から消えて無くなる日こそが理想社会だと唱える仏陀の戯言でした。
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