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クリント・イーストウッチ-

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2006.11.01
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カテゴリ: 仏の心

先日佐竹高校の校長が首を吊って自殺されたニュースが報道された。

このことに対して、誰も真摯な批判をする人がいなかったことは、全く今の日本を象徴している。

外国では、恐らくこんな事で首を括って死のうなどと言う人間は居ないと思うし、そんな日本人を不可解に思うであろう。

世の中では個人主義的考え方(あくまでも利己主義ではない)が蔓延しているにも拘らず、未だに日本人という狭義の枠からは抜け出せないでいる。

個人主義が良いとか悪いの問題ではなく、個人を一番大事に考えるという考え方に日本人はどうもなかなかついていけてないような気がしてならない。

新庄主義でもないのだが、結局個人一人一人が楽しく幸福になるためには、個々が自分の色を出して思いっきりパフォーマンスしてこそエンターテイメントが成立するという風に個人の色を尊重する考え方である。

ところが、戦後60年経った今でも日本の社会では、出る杭は打たれる式の風潮が根強く蔓延っており、人と違う事が即ち"i"j"i"m"e"の格好のターゲットになるというのである。

全く遅れた世界であり、何時まで経ってもアメリカの真似ばかりしなければならない文化後進国の汚名を拭えないのである。

日本文化の素晴らしさは、言うまでも無く、世界に開かれた日本以前の人々がその殆どの礎を築き上げたものである。

その世界に冠たる日本文化を汚して余りある教育が現在の日本に蔓延っているのである。

個人主義の崇高さは、どんな事があっても自らを大事にし、自らも、他人をも傷つけてはならないし、まして自殺を図るなど全く持って言語道断である所業である。

そんな人がなぜ教育界でしかも高等教育機関の最高指導者の立場にいるのか、ここが一番大事なところである。

一番大事な教育とは、日本全体が美しくなるなどという漠然とした世迷言ではなく、日本人一人一人が大事なかけがえの無い人間だという事を認知する事の出来る人間を育てる事である。

そこで、いじめられっこにも通ずる生きる極意を伝授したいと思う。

いじめられて辛いと思う心は何処から来るのか、責められて辛いと思う心は何処から来るのか、よ~うく考えてみてごらんなさい、それは自分の何処かに未だ求める心があるからなんだという事を・・・?

風のように生きるとはそういうことなんです、風には意志があるわけでは無く、ただそっちに気圧の低い部分があるから流れているだけで、障害物があればぶつかって跳ね返されるけれども、何れはそれも乗り越えてただ流れに沿って吹き渡って行くだけなんですね。

自分が自分らしくない者になろうと思っても、失敗するだけで、自分は自分でしかないという事を早く自覚し、他に助けを求めるわけでもなく、出来るだけ何も求めない欲しがらない無我の境地に達する事が、生きる極意と知るべし。






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Last updated  2006.11.01 16:55:32
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