仏の心

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クリント・イーストウッチ-

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2009.10.19
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カテゴリ: 仏の心

何処かで聞き覚えのある言葉である。

日本が太平洋戦争の敗戦、降伏を受け入れた

のがポツダム宣言の受諾であった。

お陰で日本は再生の道を歩む可能性を得、見

事に復活したのである。

私の父親は、高校を出ると、時は就職難真っ只

中の時代(昭和25~6年頃)で当時は全く人気

の無かった建設省の地方局に入省したらしい。

我々の教わった教師が言っていたように、大学

を出ても就職の無かった人達が教師になった時

代である。

今は昔、隔世の感がある。

その父親が、私の生まれ故郷の田舎町にダム

建設のため常駐しており、其処で私の愚母と出

会って、今の私があるのだが、良くぞこんな田舎

の一人娘の所に婿入りの決心をしたと、我が父

親ながら感心する次第である。

まあ、その後たった3年で別れなければならなか

った事は、神のみぞ知る所ではあるけれど・・・。

その父も、10年後位に再婚し、ダム建設の現場

を転々として退職前に退職して大手ゼネコンに

天下り、今は悠々自適の暮らしをしているらしい。

話が逸れたが、昔ダムを建設するのは果たして

是であったのか・・・。

今、私が遠き故郷を思い返す時、幼き頃に遊んだ

川は、今では誰も寄り付かない川となり、鮎や山女

は全く棲息出来ず、ウグイの遡上で流れが盛り上

がった当時の姿は最早再現不可能な状況である。

おまけに、元々天井川だった当地最大の川は、積

もり続ける砂に悩まされ続けている。

流量は減り続け、江戸、明治の頃は、舟が行き交

い、地方都市への物資輸送の要だった姿など、想

像も付かない程の変貌振りである。

火力発電の無い時代、原子力発電の無い時代、

農業が第一次産業であった時代には、水利として

のダム建設もある程度は必要であったかも知れな

い。

然しながら、人々の生活から川が置き去りにされ

忘れ去られた結果、各地の川はどんどん川の姿

を変え、人間の暮らしから完全に離れて行ってし

まった。

その川は、逆に現代の人々にとってお荷物のよ

うになっているのではないだろうか・・・。

そんな川に人間は一層追い討ちを掛けるが如く

とことんダメージを与え、二度と再び元の姿を取

り戻せない死の川にしようとしている。

地域の人々の想いもあるだろうが、私の経験か

ら言わせて貰えば、父親達が造り続けて来たダ

ムが果たした役割と弊害を考える時、今では何

の役にも立たない、却って邪魔な存在になって

しまったその巨大構造物の功罪は、どちらが大

きかったのか大きな疑問符の付く所である。

出来るなら、吉野川では無く四万十川の姿で後

世に伝わる河川行政を施して欲しいものである。

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Last updated  2009.10.19 18:02:14
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