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長浜曳山祭り子供歌舞伎を観に行ってきました。今年はNHKの大河ドラマ「江」の影響で、長浜には2月にも盆梅展を観に行ってます。山車の上の狭いスペースで前に50センチほどの張り出しを出し、つっかい棒でしっかり支えて張り出し舞台にしたり両側に袖を引き出し幕張れば立派な役者の舞台への花道に。2番山の月宮殿(田町組)の出し物は嫗山姥 八重桐廓噺(こもちやまんば やえぎりくるわばなし)荻野屋八重桐はまだ11歳の前○君。これがまた見事に色っぽいこと3番山の青海山(北町組)の出し物は玉藻前曦袂 道春館の場(たまものまえあさひのたもと みちはるやかたのば)舞台で美しい姉妹の桂姫と初花姫を演じる二人は10歳と7歳の実の兄弟(姉妹ではありませんよ)見得を切ったり決め場では歌舞伎の大向こうのように「よく出来ました」の声がかかる。舞台に上がれるのは小学生の男の子だけ。お稽古は春休みだけと聞いたけど、よくそれだけであんなに上手に歌舞伎役者のようになりきれるんだろうかこうした土地に根づいた伝統芸能が大切に守られて受け継がれることは大変なご苦労があるでしょうが頑張っていただきたいものですね。せっかく琵琶湖の湖東の北まで来たんだからと、ぐるっと回って湖西に出て海津大崎の桜のトンネルを愉しんで帰ってきました。
April 17, 2011
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2011年のさくら・桜・サクラ・SAKURA 疎水沿いの満開の桜と十石舟と花筏を愉しんでいただけましたかしら。
April 12, 2011
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この2,3日の暖かさで桜の花が咲き始めたようです。毎年この桜の花の時期は心がウキウキとして落ち着きません。今日は夢家の爺やをお供に蹴上~南禅寺~哲学の道~岡崎の市美術館~細見美術館~近美と桜の花をもとめて歩いてついでに市美で『日本南画院展』で水墨画を楽しみ、細見美術館で江戸琳派展を愉しんできました。最後に毎年のお楽しみなのに去年は満席で座れなかった京近美のカフェテラスで、桜の下のテラス席でコーヒーを頂いて青空と桜と時折直ぐ下の疎水を通る十石舟に手を振って。久しぶりに心が潤いました。桜の花には霊気や妖気ともいえるエネルギーがいっぱいです。疲れてるこんな時だからこそ、一度立ち止まって青空の桜の花の下で深呼吸してみてほらちょっと心が軽くなったでしょ日本中の桜の花のエネルギーで日本中の人の心がピンク色にな~~~~れ<2010年4月4日撮影>
April 5, 2011
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おはようさん!!今日はやっと春らしいお天気です。こんな時だからこそ、皆が皆沈み込でいては日本と言う身体がほんまにだめになってしまいます。まだ元気なところは元気を出さないと誰のブログだったのか思い出せませんが、この一週間にお邪魔したブログに知恵のある者は知恵を出せ金のある者は金を出せ力のある者は力を出せ何にもない者は元気を出せ(完全なコピーではないかも)このメッセージを見たとき笑ってしまいましたが、その後いつも自分の中でリフレインしています。本当ですね。皆が皆落ち込んでいてはいけませんね。手を貸せるものは自分のできることで手を差し伸べるためには私のように何もないものはせめて元気を出しましょうPS.お馬鹿のことを言ってもいいかしら??2,3日前からオジさんには言ってみたのよ。オジさん「そんなものではしっかりしたホースじゃないから危険なんじゃないか」でもでも、無敵のオバハン夢子は聞いてみたいの福島原発で冷やすためのお水がたまってこのままでは溢れそうとかなんとか。。。オバハン夢子「そんなら、昔簡易浄化槽だったころバキュームカーが来て浄化槽の汚物を吸い取ってくれたじゃないバキュームカーで吸い取ったらいいじゃないの」やっぱりオジさんが言うように「あんたが考えることくらいはとっくに考えてるよ。それでは却って危険だからしてないんだよ。」ほんまにそうかもしれないけど。。。無敵のオバハン夢子としては、無駄でもいいから聞くだけ誰かに聞いてみたくてPS.2あのね。我が家の狭い庭に10年目にして初めてソメイヨシノの花が4,5つ咲き始めました。この桜、私がバイトをしていたお寺の庭に種が落ちていっぱい芽が出ます。その1つを持ち帰り植えたものです。実生の桜が咲くには10年はかかるから苗木を買ったらいいのにといわれたけど、ほんまに10年目のこの春4.5つの花をつけてくれました。もちろん地植えにしたらもっと早かったかも。今年の春だからこそ嬉しいのです。必ず春はやってくるよ必ず花が咲くよいつかこんな花が咲きますように
March 31, 2011
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わざわざおバカだと言わなくても夢子がおバカなことはわかっていますが。先日空き家や団地の空き部屋を仮設住宅ができるまででも活用したらいいのにと書いたら、あちこちでそんな動きがあるようなことをTVでやっていました。別に夢子の発言があったからではないにしても、オバハン夢子の発言と同じようなことを考えている方がいはるんやそれでね。もう少し書きたいんです。もちろんそんなこととっくにしてますと言う嬉しいことが聞けるかもしれませんが。空き家や空き部屋は当然持ち主(家主)がいはるはず。難しいことはよく分からないけど、居住権と言うものがあるんじゃないかしら。今は親はもう住んでなく空き家や空き部屋だけどいずれは帰って住むかも知れない。町や村を離れた息子や娘達が安心して空き家や空き部屋の提供を申し出やすくするには、先ず、各行政が持ち主から空き家や空き部屋を借り上げ、それらを被災された方々に無料提供するの。そうしたら、よく分からずに居住権云々で提供をためらう方もいなくなるはず。そんな人はいないかもしれないのにごめんなさい。こんな時だから、無料で提供してくださる方が多いかもしれないが。提供者には何かメリットがあればもっと提供者も多くなるはず。そこでおバカな夢子の一提案。提供してくださった年数の倍年分の固定資産税の免除はいかがでしょうかおバカな夢子でさえ考えることがあるンやから、皆で考えたらいっぱい名案が出るんじゃないこの際もうちょっと言ってしまいますね。●X手当てや△速道路無料化ナンタラカンタラと言うマニフェストかマニュアルかしらんけど、こんな国の非常時非常事態宣言を発令して直ぐに止めてくださいもうちょっと言えば、払わなくてもいいのに払っている年金を直ちに止めて本当に必要か生活保護費をしっかり見直してこの震災の復興費にまわしてください今回の災害は単に東北の問題ではないのです。日本の国民が皆で背負うべき災害なのです東北の被災された方々の痛みを苦しみを哀しみを日本国中で背負う覚悟が求められているのではないでしょうかおバカな夢子でも考えずにはいられない黙っていられない
March 29, 2011
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週に2,3回スポーツクラブに通っているヨガやストレッチだけでなく、ベーシックなエアロにも参加して愉しんでいる。いつものエアロのインストラクターの先生が「皆さん、こんな時だからこそ自分の世話が自分で出来る身体作りのためにと言う意識も必要ですよ。もし、皆さんが怪我や病気をして救急車を呼ぶのは、救援のために災害地に入ってる救急隊の分だけ数が減っている救急隊に余分な負担をかけるのです。そんな時我々が怪我や病気にならないだけでも、回りまわれば我々に出来る小さな支援になるのです。自分の世話が自分で出来る身体作りと言う意識だけでも持ちたいものですね。」と。本当にいつ何時我々も2キロ3キロと歩かねばならないことになるかも。自分の世話が出来る自分で居たいものだとエアロの2クラスに参加した後、ウォーキングマシーンで5キロ、エアロバイクで7キロ頑張りました。
March 22, 2011
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おバカな夢子が思うんだけど、福島や宮城の被災された方々に仮設住宅を各自治体が提供し始めて、わが町にも1家族ながらもうお越しくださってるようです。そこでおバカな夢子の提案ですが、(少し前からオジさんには言ってたんだけど、今日兵庫県知事が同じ方向の発言をしたことに気をよくして。)各地に過疎といわれるところがあるはず。そこで至急自治体はその過疎地の空き家と田畑を無料で提供するのだ。そうしたら、そこに子供を連れた家族が来てくれて、住み着いて休耕田を耕し何か新しい地場産業を興して生活の建て直しをしてくれるかもしれない。被災された方々の生活再建できるということはその過疎地も人の流れが出来て生き返るかもしれません。少子化で廃校・閉校した学校の空き教室の利用を兵庫県知事がおっしゃってるが、そんなこと10数年前から何回もK市の社会福祉協議会に『新しい老健施設を建てることばかり考えず、今空いてる空き教室をお年寄りのディサービスにちょっと手を入れれば使える!!廊下は広いんだから車椅子もゆっくりと通れる。そして保育園が足りないなら、お年寄りの中にも少しは孫の相手を愉しんでしてくださる方がいるはずだから、お年寄りの施設と保育所を隣り合わせに運営して交流させたらいいんじゃないか。。。。』を提案してきたが回答もなく、たまに答えてもらっても「厚生省(当時は)と文部省(当時は)と管轄が違うから無理です」だから、今度はおバカ丸出しで言ってみる。過疎の村の空き家と田畑をセットにして無料で貸して使ってもらったらどうだろうもちろん平行して仮設住宅は至急用意してね。いろいろなことをいろいろな人に提案してもらって、出来ない理由を言うのでなくどうしたらできるのかを考えなさい机の上で頭の中だけで考えてダメって言わないで先ずは動いて
March 20, 2011
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こんな時だからこそ、夢吉君からのメールに暖かいものをもらいました。夢吉君のメールRE何か足りないもはありませんか?(何か足りないものはありませんか?という私のメールへの返信です)メールありがとう!生活で足りない物は、今は無く特に困って無いです。今現在も、東北の方々は救援物資などがガソリンの不足等で届かない日々を過ごされているので、極力問題無い我々は物の運送を控えた方が良いと思うので、当分食べ物などの発送は控えましょう。仕事から疲れて帰って来てテレビを見て、良い話しが無く気分的にメゲる日々ですが、家族の大切さを改ためて感じてます。30才も過ぎた大人なら当たり前やろ!!と言われそうですが必要でないが念のために買い占めるという心貧しい人がいる中ちょっとほっとしているオカンなのです。何も出来ないならせめて被災地の皆さんのお邪魔やご迷惑にならないようにだけでも心がけたいものです。被災地で「思いやり」の心があふれている。他人を思いやる心がすべての出発点です。「あす」は「きょう」よりいい。そう信じて
March 17, 2011
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東北・関東地方太平洋沖地震に被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。そして、亡くなられた皆様方のご冥福をお祈り申し上げます。何も出来ない自分がはがゆいですが、お邪魔にならないようにするだけでも心がけたいと思っています。11日当日は実はお気楽に三朝温泉からの帰りのバスの中でした。全くゆれも異変も感じずいたところ、後ろの席の高齢者の携帯がなり、『ウン、今バスの中。かまへんよ!!へ~~~えぇ~~!!そんなことになってるの。。。。。。』よく分からないけど、仙台が大変らしいという話し声京都駅に着いたら、異様なくらい人で溢れています。電光掲示板で初めて新幹線も止まってるということを知り、携帯で夢吉君を呼べども繋がりません。急いで家に戻りました。家の留守電に『オカン!心配してると思うから。。。とにかく硝子が降ってきたけど怪我はしてないから。。。今日はここ駒澤大学で夜を明かしますから。。。。』それでもコートも脱がずに夢吉君の携帯電話に。通じません。もう1つの会社の携帯電話に変えてやっと通じました。何とか怪我もなく避難してるようでした。テレビをつけて目が点になりました。津波の余りのものすごさに声も出ません。これが今日本の東北地方で現実に起きてることだとは俄かには信じられない映像です。『どうして。早く逃げないと。そんなところじゃ危ない!!。。。』そんな言葉がうめくように出る以外にないもできません。M9.0の揺れから津波が押し寄せてくるまでの時間が余りにも短い!!鉄筋3、4階建てのしっかりした建物なら最上階に避難すればいいと言う今までの避難マニュアルが根底からひっくり返ったんですね。5階建てのしっかりした病院ですら4階でもダメで5階・屋上へと避難したという話や屋上に逃げて手すりにつかまって何とかしのいだが一緒にいた方の半分の姿がなかったと泪をこらえて話される方。『何もかも失った。生きてるだけでいいんだよね。。。」と自分自身に言い聞かせるように話される方に泪が止まりません。お気の毒すぎます。復興を急ぐよりも先ずは家族を・家を・職場を・仲間を・・・なくされた方々に必ず力になるからね。自分ひとりと思わないでという気持ちを伝えてあげたいです。私に出来ることは大したことではないけれど、郵便局から東北関東地方太平洋沖地震の募金くらいはしたいと思っています。オジさんは病院帰りにもうしてきたという。必要なところに必要なものが届くことを祈って。負けないで一人じゃないからねNYタイムズが支援コラム 阪神大震災時の東京支局長2011.3.12 11:38 米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は11日、東日本大震災について「日本への同情、そして称賛」と題するコラムを掲載した。執筆者は阪神大震災時に同紙東京支局長だった著名記者ニコラス・クリストフ氏で、日本人の強い精神をたたえ、今後の復興への期待を示した。 コラムは「きょう、私たちの気持ちは皆、日本の人々とともにある」と訴えた。阪神大震災の取材の際、商店の襲撃や救援物資の奪い合いが見られず、市民が「勇気と団結、共通の目的の下に」苦境に耐えていたことに感嘆したと説明し、「仕方がない」「我慢」という日本語を紹介した。 「日本の人々には真に高貴な忍耐力と克己心がある」とたたえ「これからの日々、日本に注目すべきだ。間違いなく学ぶべきものがある」とした。(共同)----このクリストフと言う男は、ピューリッツァー賞を二度受賞した大物記者だが、反日姿勢で有名ただ、今回は、賞賛に廻ったか ―――― ◇ ――――【東日本大震災】怒号もけんかもない 「強い国」と越メディア2011.3.13 22:29 「怒鳴り合いもけんかもない」「本当に強い国だけがこうした対応ができる」。ベトナムのメディアは、東日本大震災での日本人の冷静な対応ぶりを、在日ベトナム人らが驚き称賛する声を伝えた。 「防災訓練を受けていても怖いはずなのに、誰もパニックに陥る人はいない。自分の仕事に集中し、連絡を取り合っていた」。日本で働くある女性はインターネット新聞に「われわれが学ぶべき多くのことが分かった」と語った。 ある留学生は、長い列をつくってバスや公衆電話を我慢強く待つ光景などを挙げ「皆が冷静に秩序だって行動していた」と称賛。別の留学生は、教師が子どもたちを誘導する姿など、行政当局者から民間人までの素早い対応ぶりに驚いたという。 さらに「こうした強さゆえに、日本人は世界で最も厳しい条件の国土で生き抜き、米国に並ぶ経済レベルを達成できたのだ」とたたえる声も伝えられた。(共同) ―――― ◇ ――――被害の中でも規律保つ」インド紙が称賛の声紹介2011.3.13 19:33 天井や壁が完全に崩れ落ちるような災害の中でも、すべての規律が保たれていた-。インド紙ビジネスラインは13日付で、日本への出張中に被災したインド人技術者が日本人の冷静な対応を称賛する声を紹介した。 インドの部品メーカーの技術者らは栃木県内にあるホンダの研究開発施設を訪問中に被災。「素晴らしい緊急時の態勢ができていた。すべてが精密時計のような動きだった」。揺れが収まると社員らは集合場所に素早くそろい、あらかじめ決められた各自の役割をきびきびとこなしたという。 施設から市内に出ても大きな混乱はなかったといい、「冷静さが保たれており、通信状況も含めてすべてが秩序だって行われていた」と評価した。(共同) ―――― ◇ ――――「日本には人間の連帯が今も存在している」 タス通信東京支局長2011.3.13 20:25 ロシアの独立系紙ノーバヤ・ガゼータ(電子版)は13日までに、東日本大震災の甚大な被害にもかかわらず日本人が社会的秩序を失わず、互いに助け合う姿を「日本には最も困難な試練に立ち向かうことを可能にする『人間の連帯』が今も存在している」と称賛するゴロブニン・タス通信東京支局長の記事を掲載した。 ゴロブニン支局長は、震災を「第2次大戦直後の困難にも匹敵する」大災害だとしつつ、「重要なのは、ほかの国ならこうした状況下で簡単に起こり得る混乱や暴力、略奪などの報道がいまだに一件もないことだ」と指摘。 震災当日の11日、公共交通が止まってサラリーマンが帰宅の足を奪われた東京でも「人々は互いに助け合っていた。レストランや商店はペットボトル入りの飲料水を無料で提供し、トイレを開放した」と驚きをもって伝えた。(共同) ―――― ◇ ――――中国、日本人の冷静さを絶賛 「マナー世界一」の声も2011.3.12 19:07 地震多発国で東日本大震災への関心が高い中国では12日、非常事態にもかかわらず日本人は「冷静で礼儀正しい」と絶賛する声がインターネットの書き込みなどに相次いでいる。短文投稿サイト「ツイッター」の中国版「微博」では、ビルの中で足止めされた通勤客が階段で、通行の妨げにならないよう両脇に座り、中央に通路を確保している写真が11日夜、投稿された。 「(こうしたマナーの良さは)教育の結果。(日中の順位が逆転した)国内総生産(GDP)の規模だけで得られるものではない」との説明が付いた。 この「つぶやき」は7万回以上も転載。「中国は50年後でも実現できない」「とても感動的」「われわれも学ぶべきだ」との反響の声があふれた。大震災を1面で報じた12日付の中国紙、環球時報も「日本人の冷静さに世界が感心」との見出しで報じた。(共同) ―――― ◇ ――――【東日本大震災】ソウル新聞が1面に異例の日本語で「深い哀悼の意を表します」2011.3.14 02:27 韓国紙のソウル新聞は14日付早版で、東日本大震災を受け、1面に韓国語とともに日本語で「深い哀悼の意を表します」との見出しを掲載、記事で早期の復興を「心から祈っている」と激励した。韓国紙が1面に日本語でこうした文章を掲載するのは極めて異例。 経済紙の毎日経済は同日付早版の1面に科学技術部長のコラムを掲げ、日本が一日も早く大きな災難を克服し「失われた20年を抜け出し、りりしいかつての経済大国の姿を取り戻すことを祈る」と呼び掛けた。 韓国が過去に「日本から忘れることができない傷を受けた」としながらも、日韓交流が活発になったことを歓迎。「苦しいときの友こそ真の友だ」と強調した。(共同)(ネットからの切り取りです。)
March 15, 2011
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本当に久しぶりにコンサートに行ってきました。チェコ・フィル・ストリング・カルテットのアンコール”超名曲”ベスト20とってもメジャーで皆のよく知ってる曲ばかりだから、オジさんでも大丈夫と思い爺やをお供に。とってもサービス精神たっぷりで、アンコールを3曲もただ、いつもこうしたホームコンサートのようなコンサートに行くと拍手が演奏中の拍手はいかがなものでしょうか。歌謡ショーじゃないのに歌舞伎の大向こうからの「△○Xや」と間違えてる人が多い。クラシックの名曲だけでなくタンゴ、デューク・エリントン、ビートルズまで充分に楽しませてもらいました。今回の20曲バッヘルベル カノンバーゼル アブデラザールよりロンドアルビノーニ アダージョシューベルト アベ・マリアシューマン トライメライサン=サーンス 白鳥レスピーギ シシリアーナマスカー二 カバレリア・ルスティカーナ~間奏曲エルガー 愛の挨拶リムスキー =コルサコフ 熊蜂の飛行チャイコフスキー アンダンテ・カンタービレハチャトゥリアン 剣の舞ドボルザーク ユモレスクドボルザーク わが母が教え給いし歌イバノビッチ ドナウ川のさざ波ネッケ クシコス・ポストホルスト ジュピター(木星)よりレノン/マッカートニー ミッシェルロドリゲス ラ・クンパルシータ エリントン A列車で行こう
March 6, 2011
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寒い時期は雪の日本海カニの鳥取ということで皆生温泉に行ってきました。雪の日本海はコートも要らないくらいのぽかぽ陽気でしたが。従妹のだんな様に言わせると温泉に入って食べるだけでそんな遠くまで行きたくないとか。確かに行き返りは長い時間乗っていますが、温泉に入りオジさんと二人でおしゃべりしながら食べる夕食はそれだけで楽しいものです。翌日は、宿近くから出ているシャトルバスで足立美術館に行ってきました。ただ、帰りのシャトルが皆生温泉までなくJR米子駅まででしかも2本だけ。そこから10分ほど市バス利用と聞いていたのでもう少しゆっくりしたかったが、2時間ほどしか美術館にいられず消化不良。よく調べておけば、美術館からJR安来駅までは1時間に1本出ている。安来から米子までJRで15分足らず。美術館からJR米子へのバスにこだわらずにもう1時間ゆっくり出来たのにと、フロントの案内にちょっと、、、でも、まだ2回目の足立美術館訪問。四季に応じての展示替えもあり庭も趣が違うことだろうから、次回は少なくとも3時間は滞在したものだと思っている。オジさんが「もう行ったじゃない」いいそうなのがやや心配ではあるが。私のお気に入りです。 写真はお借りしました。
February 27, 2011
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ベトナムとカンボジア(アンコール遺跡)の旅から帰って洗濯や片付けも終らないくらいの三日後,30数度の温度差のある雪の美山でのスノーシューの初体験をしてきました。前から一度やってみたかったスノーシューウォーキングを前日から大雪の降った京都府のかやぶきの里や芦生原生林で有名な美山で初体験してきました。気温差への対応がちょっと大変かと思いましたが意外に大丈夫でした。我々が到着する少し前まで雪が降っていて歩き始めるときには真っ青の青空と何処までも続く真っ白な雪原。「誰もまだ歩いてない雪野原を歩くって」というと「誰も歩いてないいやいや先客がいますよ」と現地案内人さん。「」「ほら、あそこたぶんまだ子供の鹿ですね。ほらあそこはイタチかテン。こちらは狐か兎の足跡もありますね。動物達はもう動き出してるんですよ。」雪の花が咲く木にももう春の花芽がつき始めていました。自然は人間がおこたやエアコンの部屋で丸くなっている間にも着々と春の準備をしているのですね。スノーシューウォーキングの後はバラの花がいっぱい浮かぶバラ風呂に入って「ウンん~~~幸せ」今度はもう少し長く歩きたいなぁ~~~~~
February 17, 2011
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2月2日~8日の1週間ベトナムのハロン湾・ハノイ&アンコール遺跡(カンボジア)に行ってきました。ベトナムは日本と同じ縦に長い国で北ベトナムのハノイやハロン湾の朝夕はこちらの服装のままでもそれほど暑くはありません。もちろん昼間は上着は脱がないと暑いけど。最低気温11度最高気温18度くらいでした。ただ稲の二毛作が普通のベトナムでも今年の1月は異常に気温が低く稲田の稲が黄色くなっていて、毎年1月にする田植えどころではないと現地ガイドのHUNGさんが言っていました。物を知らない夢子は稲の種類が違うから、苗が黄色いのかと思っていました。ハロン湾はハ=降りる・ロン=龍。つまり龍の降りたところ(湾)という意味だそうです。このハロン湾は海の桂林といわれ島々がまるで中国の桂林のようです。丁度この時期はすっきりと快晴でないので海上の島々がもやってまるで水墨画のようでした。普通は3時間くらいのクルーズのところ今回のツアーはちょっとプレミアムにしたので、ゆっくりたっぷり6時間のクルーズ。途中で数年前に発見され2,3年前に公開されたものすごい鍾乳洞の島に上陸したり、カニやエビやカブトガニなどを養殖してるいかだの水上生活を愉しんだり。カブトガニって天然記念物じゃないの日本では天然記念物のカブトガニも処変われば養殖して食べられんですね。小さなボートのような船にフルーツを乗せて貧しい水上生活者がクルーズしている船の観光客に売ろうとして張り付きます。まだ3,4歳のはだしの小さな子供がバナナやマンゴーやシャカトウなどを両手に持って「好き好き、LOVE,LOVE、愛してる1ドル1ドル」と叫ぶのです。たまらない気持ちになります。貧しいということは本当につらい悲しいことなのですね。情にほだされやすい夢子はマンゴーを2ドルで買いました。時期はずれでしかも小さいマンゴーは美味しくありませんでしたが、2ドルを渡した時のあの女の子の嬉しそうな笑顔だけでもう充分。ハノイではホーチミン廟や文廟などを廻りました。丁度春節祭の真っ只中でベトナムの正月飾りの金柑の木があちこちで売られていました。ハロン湾のホテルの朝食の時も龍や獅子舞がにぎやかに鐘を鳴らし所狭しと練り歩いて愉しませてくれました。文廟は日本の天神さんのような処で受験生や子供の立身出世を願う人で溢れていてHUNGさんも添乗員さんも「スリに気をつけて」と叫びまくっていました。北ベトナムのハノイからカンボジアのシェムリアップへ飛行機で1時間40分。(実際は1時間くらい)シェムリアップはハノイの約2倍ほどの気温、最高気温が38度最低気温が22度。脱げるものは全て脱いで何とか入国。翌日2月5日はアンコールトムへ。アンコールトムとは大きな街(城都)の意味。ここで今回のメインである日本国政府アンコール遺跡救済チーム(JASA)の専門家のレクチャーを受けヘルメットをかぶりアンコ-ルトム・バイヨンの南経蔵の修復現場の足場の一番上まで上がり見学。修復現場でヘルメットをかぶり足場に上がるという経験はとっても貴重なっ経験でした。ここアンコール遺跡でのJASAの修復は部分解体修復という形で、何でもかんでもコンクリートで固めたて終わりというやり方をせず、残せる遺跡の昔の知恵や技術を大切にしながらの修復。几帳面で細かい作業をきちんとする日本人を現地のスタッフもとても信頼しているようでした。カンボジアの現地ガイドのサンバンさんは「日本人はきちんと援助をしてくれてア○リカのように口も出さない。中○のように商売にしようとしない。」と何度も言っていました。ただ家に帰って爺やに話したら「そこが日本の弱いところかもしれない。」と。今回の旅ではいたるところで中○人の団体とバッティング。はっきり言って同席したくない人達です。(ごめんなさい)マナーが悪すぎます暑いカンボジアでは昼食後にいったんホテルで休憩して、休憩後アンコールワットの第1回廊から第3回廊までをじっくり見学。その後、傾斜角75度の狭くて急で崩れた階段を上がらないといけないプノンバケンからアンコールワットに沈む夕日をただただ無言で眺め感動しました。感動はいいのですが、このプノンバケンの崩れた巾のほんとに狭い、しかも傾斜角75度の階段は一度怖いと思ったら登ることも降りることも出来なくなります。夕日見たさに山道を必死で歩き遺跡の階段もためらわずに一気に登りました。見上げたらダメだと思ったのです。本当は登るよりも降りるほうが数段怖いです。サンバンさんも、「時々日本人降りられないと泣いてます。」と。はっきり言って遺跡には余り触らないということは分かっていますが、まるで一段一段遺跡の壁にしがみつき遺跡を両手で拭きまくってやっと降りてきました。はいていた黒いズボンも土埃とドロだらけ。急いで降りないと山道は真っ暗になると言われていたので、一目散に山道を降りました。本当に真っ暗です。懐中電灯が役立ちました。翌日は又アンコールワットの上に昇る朝日を見るためにAM4時起き。睡眠薬を飲んで即眠りに着きました。2月6日早朝普段では考えられない早起きしてアンコールワット遺跡に。今は朝日はアンコールワットの中央塔の右側に登ってくるから、アンコールワットに向かって左よりの写真ポイントへ。朝日が中央塔の真上に上がってくるのはもちろん春分の日と秋分の日。何処に行ってもこの春分の日と秋分の日の日の出が建物の中央を通るように建てられている。ほんまに昔の人の天文学や建築学はコンピューターのない時代寸分の狂いのない計算をどうしたんだろうと不思議でならない。沐浴池に映った逆さアンコールワットも見られたし荘厳な日の出にも感動したし。いったんホテルに帰り朝食。朝食の後、東洋のモナリザで有名なバンテアイスレイ(女の砦の意味)東メボン・プレループ(変身・転身の意味)を巡り、又いったんホテルで休憩。休憩後はバンテアイクディ(お坊さんの砦)・スラスラン(スラ=池、スラン=沐浴)・そして映画トゥームレーダーの撮影で有名になったタ・プローム遺跡へ。タ・プローム遺跡ではスポンと言う巨樹の根が大蛇のように遺跡に巻きつき回廊を押しつぶしています。木を取り去ると遺跡も崩れるので、押しつぶされるままの保存を今はするようです。遺跡の保存もほんまに簡単なことではないのですね。2月7日ツアー最終日はシェムリアップからバスで2,3時間ほど北東?に行った密林の遺跡ベンメリアへ。このベンメリアはアンコールワットの練習だったという説もあり、修復はしないという方針だという。まるで発見当時のアンコールワットのようだとか。ここは2,3年前までは密林の中に取り残され、周りにはキングコブラや猛毒のグリースネールがウジャウジャ。あっちにもこっちにも地雷がいっぱいだったところ。ガイドのサンバンさんは「もう地雷もキングコブラもいないよ。」というけれど。独立してまだ11年の国カンボジア。私達がいた時もタイとの国境線では2,3時間の限定戦争とは言え空爆が毎日あったのです。遺跡の近くでしらみ取りをする人やはだしで観光客にまとわりついて物売りする子供達。60数年前の終戦直後の日本もこんなんだったのかも。自分達の力と頑張りで立ち上がるしかないのかもしれません。もちろん先に歩いている国の援助は欠かせませんが。もしこの国を訪れるなら、土埃のためにマスクは必需品です。いつものようにお気楽夢子の旅も事故も怪我もなく無事終りました。感謝感謝。
February 12, 2011
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朝からりんご&おにぎりをもってフィットネスクラブに。朝一番のエアロは☆1つの基本エアロなのに久々に出たら、随分レベルアップしていた。インストラクターも人気商売だから参加する人がモットモットと望めば仕方ないかもしれないが。その後ジムで3キロ歩いてプールへ。アクア体操の前に300メートル水中ウォーク。1時間のアクア体操の後、久しぶりに500メートル泳ぐ。ほんまは1000メートルくらいは泳ぎたかったが、近くのカラオケで爺やと待ち合わせしてたのでおしゃべりしすぎて時間切れ。爺やとのカラオケも久しぶり。爺やは”北の旅人”で96点も出していた。私は90点が最高点。もうじきいつものカラオケ仲間との初カラオケ会。季節的に大好きな”九月の雨”はやめて、今日爺やがOK.を出した”あなたに逢いたくて””愛燦燦””無錫旅情”をレパートリーに入れてみたい。充実した一日だったこんなんでいいんだろうか
January 21, 2011
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楽天を始めて10年近くなる。そんな右も左も分からないころからの古い楽天友達のきむちゃんが帰ってきてくれた私の日記にきむちゃんの足跡を見つけて同じハンドルネームの別な方かもと思いつつも飛んでいけば、やっぱり楽天友達のきむちゃんだった。COME BACK KIMUCHAN のメッセージを残したら、なんと2年数ヶ月ぶりに18日の日記を書いてくれていた。お帰りきむちゃん写真の取り込みから教えてもらったきむちゃん。ネットだけのつながりなのに2回もお会いして信州を案内していただいた。いつも高速道路で行って帰ってるので「木曽路は山の中。。。」をきむちゃんの車で峠道を越えて廻っていただき始めて実感したこと。陣場山方の頂上から南アルプス山脈を一望させてもらったこと。峠を越えた村の田畑や屋敷の中の見上げるような見事な一本桜に感激させてもらったこと。10年近い楽天の一番古いお友達の一人のきむちゃんが2年数ヶ月ぶりに帰ってきてくれた。I’LL BE BACK !!と書いてくれた。ほんまに嬉しいゆっくりでいいからね。待ってるからね。
January 18, 2011
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どうしたことでしょう実は夢子本人が一番なんです。毎年年末大晦日はつまらないとか言いつつもN○Kの紅白歌合戦を見ている夢家。なのになのに去年の大晦日は”池上彰の今日のニュース”を真剣に見ていましたその上ハーバード大学マイケル・サンデル教授の政治哲学の授業ハーバード白熱教室を12講時分(1講時2時間)を録画して必死で見ているのですテーマは”正義・公正”夢姫ご乱心です。まだまだこんな講義に集中できる自分にちょっと酔っています。いつまで続くことやら。熱しやすく醒めやすい夢子。そろそろ飽きてきてはいますが。
January 4, 2011
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元旦:氏神様への初詣&お墓参り1月2日:毘沙門様参拝1月3日:伏見稲荷参拝お正月三が日のお参りも今日で達成。JRで稲荷駅から歩き本殿で参拝して、べんがらの千本鳥居をくぐって、お山をぐるっと回り上の社・中の社・下の社・眼力大明神・薬力大明神・おせき大明神・身代わり地蔵などをお参りしながら歩きました。結構上り下りの階段がたくさんあり疲れました。途中で「甘酒が飲みたい白玉ぜんざいがあるきつねうどんのいい匂いがする」とうるさい夢子にオジさんついに「下までおりたらね」きつねうどんと鶉の焼き鳥をご馳走してくれました。家に帰って万歩計を見れば12000歩。
January 3, 2011
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新年明けましておめでとうさんどす。旧年中はほんまにいろいろとお世話さんどした。今年もよろしゅうおたの申します。今年は新婚時代のように二人だけで清々しい新年を迎えました。今年も平和で平穏無事な一年でありますように笑顔と大きな笑い声がいっぱいの一年になりますようにたくさんの幸せにたくさんの感謝のできる一年でありますように
December 31, 2010
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ホテルでの歌声喫茶に行ってきました。11月の円山音楽堂でのフォークコンサートに大雨で行けなかったから、ばんばひろふみさん(バンバン)と歌えて楽しかったわ。歌った曲のMEMOカチューシャ青春時代なごり雪瀬戸の花嫁サントワマミー夏の思い出てんとう虫のサンバ千の風になってさらば青春サボテンの花「いちご白書」をもう一度上を向いて歩こう涙そうそうおもちゃのチャチャチャろくでなしこの広い野原いっぱい喝采四季の彩り川の流れのように今日の日はサヨウナラ楽しいクリスマスイヴェントは終了。約束どおり大掃除に身を入れたいと思っています。
December 26, 2010
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世間ではもうとっくにクリスマス一色私も先週のケントスでのクリスマス&忘年会をスタートに今週のフィットネスクラブのエアロはクリスマスの仮装で参加私はこの日ために買っておいた真っ赤なトップス・サンタの赤い帽子・赤いキラキラ蝶ネクタイ・両腕に金と銀の☆とやや控えめな格好で。明日は又クリスマスエアロに出て大急ぎで帰り、今度は久々に膝上の大きな水玉のワンピースに着替えて前から一度行ってみたかったホテルのオールディズパーティへ。お供の爺やが「姫様そんな格好で外へでては風邪を引くから爺のパッチをお貸しします。」とわめきたてるんじゃないかと心配です。そして週末は最後のクリスマスエアロで愉しんで、またまた爺やをお供にホテルでの歌声喫茶へ。お供がいつも口うるさく「姫様そのような格好で。。。。」とうるさい爺やなのが問題なんです。それが終るまでは落ち着いて年末の大掃除に身が入りません。
December 21, 2010
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11時過ぎごろごろしてるオジさんを誘ってウォーキングに出かけました。朝夕に比べお昼ごろは案外歩いている人が少ない。まだ残っている紅葉に陽の光が当たり、最後の輝きのようです。今回のウォーキングで読んだ句 背子と行く疎水の路にヤブ椿 夢子 愛妻と落ち葉踏みしめ閑疎水 夢家のオジさん
December 18, 2010
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毎年恒例の祇園ケントスでカラオケ会の忘年会をしました。残念ながら、メンバー一人が義母様が急になくなられて欠席。開店前から店の前に全員集合してPM.6:30の開店と同時に入店PM.7:30からの1ステージまで店は貸しきり状態。ペチャクチャぺちゃくちゃしてたらあっという間の1時間初めは皆様子見てて踊らないで座ったまま。座って身体でリズムを取っていたが、もう我慢できずに「踊ろうよっ」この一言を待っていたかのように皆どっとフロアーへ。毎年薄着でないと途中で暑くて仕方ない。そのつもりで薄着できたのに、3ステージくらいには汗で化粧も何もくちゃくちゃ。4ステージまで愉しんで何とかシンデレラタイムには爺や牛車に乗り込めました。午後にお稽古がありぎりぎりだったので、夜のお遊びに爺やが送り迎えしてくれました。ありがたい事でございます。感謝感謝。
December 16, 2010
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今年も区民ウォークにオジさんと参加しました。京阪三条から鴨川沿いに歩き始めました。ポイント1(スタート)御池大橋⇒2ポイント賀茂大橋⇒下鴨神社⇒3ポイント出雲路橋⇒4ポイント北山橋⇒5ポイント(ゴール)上賀茂神社世界遺産を訪ねるウォークはゴールの上賀茂神社で流れ解散。そこから、オジさんと又鴨川沿いに北山通りまで戻りランチに。その後地下鉄に乗らず、北山から鴨川沿いにぶらぶら歩いて鴨や鷺やユリカモメたちが舞い飛ぶのを眺めたりして結局出発地点の三条京阪辺りまで帰ってきました。家に帰り万歩計を見れば、27000歩(約15KM)ちょっとお疲れさんでした。
December 5, 2010
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11月27日(土)晩秋の嵐山をオジさんの爺やをお供に歩いてきました。相変らずバタバタしていて1週間たってしまいました。とりあえず写真だけでも。JR嵯峨嵐山駅⇒野々宮神社⇒竹の小径⇒常寂光寺⇒二尊院⇒落柿舎⇒祇王寺⇒仏野念仏寺⇒JR嵯峨嵐山駅(17000歩) (オジさん撮影) (夢子撮影)
November 27, 2010
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オジさんをお供に京近美に『上村松園』展を観にいってきました前期展示の「序の舞」も観たかったんですが、後期の『焔』が観たくて後期まで待っていってきました。あの六条の御息所の情念が松園が描くとどうしてあれほど凛としているのでしょうか??松園の描く女性はただきれいなだけでないしっかりとした意思を持った凛として気品のある女性です。そんなところが松園ファンをひきつけるのでしょね。爺やのオジさんは『青眉』が良かったとか。『花がたみ』も何度見ても胸に迫ります。好きなおとこはん恋しさに心の病になるほどの切ないほどの女心。こんな女の切なさや情念も松園の手になるととても崇高に昇華されています。”ほぉ~~~~~~~ッ”とひと時心の潤いを感じ、時計を見れば爺やとの約束を15分以上も回っています。それでも、4Fコレクションギャラリーにローマのサンタンジェロ城の絵があったと夢吉君たちが言うので確かめたくて駆け上がりました。たぶん、おそらく、maybe竹内栖鳳の『羅馬古城』のお軸の絵のことだろうと。この絵なら何度も見ているのに。知らずに見ていたんですねぇ~~~私がローマのサンタンジェロ城を誰が見ても分かると言うほど知らないと言うことで、そのお城をよく見てる人にはすぐわかるらしい。大急ぎで爺やの待つ1Fへ。何とか予約してあった京都駅近くのホテルの嵐○に。教養と栄養のバランスよく楽しめた一日でした。 *画像はお借りしたものです
November 25, 2010
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昨日から1泊2日で山中温泉に来ています。近場の温泉でついつい又の機会にと来られずにいましたが、おじさんが「ゆっくり温泉に入れる近場に行こうよ!!」というので来てみました。昔はとっても近畿から近場の人気の温泉地でしたが、北陸自動車道ができて最近では近すぎて泊り客が減ってきているとか。高速道路も温泉地には裏目のようです。久々にお温泉に何度もつかりお肌がつるつるです。女を磨いて今日帰ります。おそろいの山中塗りのお箸を買いました。
November 12, 2010
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久しぶりにmskさんのHPにお邪魔してびっくり毎年、今年こそ岩魚の塩焼きとキノコ汁を頂きに行こうと思いながら、オジさんがなかなか都合がつかず、爺や牛車を出してくれなかったので行けてなかった山荘を閉めるという。そんなぁ~~~~知っていたら、先週白馬にノルディックウォークに行った帰りに伊那ICで降りたものを昨日23日(土)オジさんと急遽日帰りでお邪魔して来ました。急にお邪魔する連絡にもかかわらず、ほんまに気持ちよく快く受け入れてくださり、ヒマラヤの岩塩風呂まで用意していただき。夕方から地元の素敵なお仲間が集まってきて、大きな焚き火を囲んで楽しい時間を過ごさせていただきました。やっと念願の焚き火の遠火で焼いた美味しい岩魚の塩焼きを頂くことができました。お行儀よく串に刺して焼いた焼き立ての岩魚にかぶりつきました。それからくり茸という初めて聞く茸がたっぷりの茸汁を。美味しくてお替りしてしまいました。mskさんのお人柄か集まってこられた方もとても自然に受け入れてくださって、楽しい時間過ごさせていただきをありがとうございました。バーヴェキューもたっぷり頂き何のお手伝いもせず、頂くだけ頂いて失礼しました。準備もお片づけのお手伝いも何もせずご馳走様でした。久しぶりの本格的の焚き火の火に心が癒されるのを感じました。この日は満月でいつものビルの間から見る小さな空と違って、夜の空の雲がこんなにくっきりと見られることを星がはっきりと見えることを忘れていたことに気づかせてもらいました。素晴らしい時間をほんまにありがとうございました。多謝合掌
October 24, 2010
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14日(木)~16日(土)二泊三日で白馬にノルディックウォークに行ってきました。1日目は五竜岳ゴンドラで上がり地蔵の頭まで歩きました。ノルディックポールを使ってるので、膝にかかる負担が軽減されほんまにらくらく登れます。地蔵の頭から少し降りて一緒に行ったご夫婦が毎年冬2月に滑っているゲレンデや周りの山々の紅葉を楽しんでいたら、『ゲレンデに何かいいる』と言う。よく見たらほんまに黒っぽいものが動いてる。クマと思ったのですが、ちょっと違います。カモシカでした。振り返った顔の周りが白っぽくてお面をかぶってるみたいでした。私たちがノルディックポールで指してわいわい言ってるせいか4人もいたせいかカモシカ君はゲレンデの向うの林の木の根もとの穴の中に入って行ってしました。我々4人もゴンドラの方に降りていこうと向きを変えて少し歩き出した時、私が何気なく振り返ると、なんとカモシカ君がゲレンデに出てきています向うも穴の中からこちらを見てたんでしょうね。きっと”人間4人が帰りよった帰りよった」”とでてきたんでしょうね宿は毎年スキーに来られるHさんご夫婦の定宿のホテル白馬。お風呂から、正面に白馬・杓子・白馬槍が見えてほんまにゆっくり、のんびり温泉を楽しみました。夕食にダイニングに行ってびっくり早めに行ったので良かったのですが、ダイニングのテーブルはほぼ満席しかもどなたも私たちよりお兄さんお姉さんばっかり。高齢者友の会の集まりかと思えば、今がベストシーズの山の紅葉の写真やスケッチのためにこられた方々皆さん1眼レフのカメラやイーゼルを持って翌朝早くにご出発。皆さんほんまにお元気印で、たぶん我々4人がかなりの若手2日目猿倉に車を駐車して、白馬尻の雪渓まで歩く。赤や黄や橙の山々の紅葉に『わぁ~~~~~きれい』滝にかかる虹に『』クマも驚くくらいに感動してうろうろしながら歩いたのに70分で大して疲れなく白馬尻に到着丁度白馬尻の山小屋の撤収の日で沢山の男の人が手際よく小屋を分解して片付けておられた。Hさん『やっぱりノルディックポールがあるとほんまに楽やねぇ~~前に2,3回来てるけどこんなに楽じゃなかったわ。』それに今年の夏の酷暑がどれほどすごかったのか。雪渓がほんまに痩せて後退していて今までは雪が山小屋前の階段辺りまであり川の上の雪の上を歩いたものだとか。こんなにごろごろ石があるなんて雪の下だったから知らなかったと。早めにホテルに戻り向かいの”みみずくの湯”へ。翌日ちひろ美術館・碌山美術館・アートヒルズに立ち寄り、道の駅”夢白馬”でりんご3兄弟のシナノスイート・シナノゴールド・秋映(あきばえ)を買って帰ってきました。なかなか行く機会がなかった白馬のノルディックウォークに誘っていただけて楽しませていただき感謝感謝です。『ネット友達のタカネちゃんの近くなんだろうなぁ~~』を何度も思いながらお風呂から白馬・杓子・白馬槍を眺めました。今度こそ勇気を出して、連絡してみようと思っています。
October 16, 2010
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久しぶりに本降りの冷たい雨が昨晩から降り続き、朝から何度も何度も空を見上げる。去年も、一昨年も爺やをお供にお出かけして毎年楽しんでいる円山野外音楽堂でのフォークコンサート 京の旅人の日。今年はいつもの杉田次郎・ばんばひろふみの二人のほかに堀内孝雄・因幡晃・リリー。茶木みやこ・秋人・山田兎がゲストの予定だった。チケット売リ出して直ぐに買って楽しみにしていたのに野外のため雨天決行(雨天時は雨合羽をご使用ください。)としっかりはっきり明記されてる。つまり払い戻しなし。トレッキング用のゴアテックスの雨具を着て行こうとも思いましたが、余りの雨の激しさに爺やが『姫様お風邪でも召して老人性肺炎でもなったら大変ですから、今日はお諦め下さいますように。』と泪ながらに頼むので諦めることに。その上、夕方夢吉君が久しぶりに電話してきて『11月20日から4,5日帰るから。何か美味しいもの食べさせてね』と言ってきた。実はネットで中島みゆきの東京フォーラムでのコンサートチケットをGETしたばかり。そのころ中島みゆきコンサートで東京に行くと言えば、「ウ~~~~~~~~ンチケット送ってくれたら売ってあげるから。」と。売ってもお金を返してくれるわけもなく。オジさんもたまに帰ってくるんやからチケットくらいほかしてもいいじゃないかと言う。最速プレリザーブで約¥10000円近くかかったのに。フォークコンサートチケット代¥5000円とあわせて¥15000円のチケット代が、、、、もう暫くはチケットの前売りは買わないことにします。久々に日記に書いたらこんな悲しいほどの世知辛い話になってしまってこの一ヶ月に行った展覧会院展モーリス・ユトリロ展棟方志功展高島屋百華展
October 9, 2010
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舞扇要結縁(まいおうぎかなめのけちえん)今日は京都創生座の第5回公演『舞扇要結縁』に行ってきました。招待券を入手したので。ところがこのご招待には条件付。着物姿で我K市は毎日37度以下の日はありません。体温が35.5度の私は毎日体温より2~3度高い気温の中でほんまに死にそうです。なのに着物姿で迷いに迷って、爺やにクーラーの効いた牛車で送り迎えしてもらって何とか単の着物で行ってきました。久しぶりに能や狂言や舞いを楽しませてもらいました。帰るやいなや爺やが用意しておいてくれたお風呂に飛び込みました京田辺では39.9度と言う信じられないような最高気温いくら好きでも着物でお出かけできる状態ではありません。早く秋がやってこないかなぁ~~~~~~
September 4, 2010
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8月のカラオケ会はメンバー全員が集合今回は頑張って”赤いスイトピー”からスタート。次は必ず9月のカラオケ会にはバッチリ唄って決めたい”九月の雨”(太田裕美)を唄ってみた。マァマァ歌えそうかも、、、歌ってしまえばこっちのモンだから。誰も人の歌なんぞ聴いてやしない自分が歌う歌をいれたり、余分なことをぺちゃくちゃしゃべっていたり、空いてる時間に飲み物を取りに行ったり、トイレにいったり、、、真剣に聞いてたらAM.11:00~PM.5:00までしんどくて、元気印のおばはんでも持たないだろう。今月唄った曲赤いスイトピー九月の雨空港砂に消えた涙ブルーライトヨコハマ桃色吐息天使の誘惑時の流れに身を任せつぐない亜麻色の髪の乙女氷雨川の流れのようにゆうべの秘密雨の御堂筋雨がやんだら青春のたまり場恋の季節大阪しぐれ北の宿から東京ラプソディしょうろう流しいつでも夢をあの素晴らしい愛をもう一度次回九月のカラオケ会は”九月の雨”をバッチリ唄いたいものです。頑張りますッPS.書き忘れたけど今回シニア登録したから一人¥450円 55歳以上ならシニア料金なのよね。「証明書なんか持ってないけど。」と言うと受付嬢「いいですよ。シニア料金とさせていただきます。」「50歳以上っていうのは分かるかも知れんけど55歳には見えへんでしょ」クーラーの効いた部屋でドリンク飲み放題・唄い放題・しゃべり放題6時間で¥450円日本の経済が不安になります。
August 26, 2010
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今年も五山の送り火の船形のお船に乗って帰っていかれました。毎年の事ながら船形のお船の火が燃えてだんだん炎が弱くなるとほんまにお船がだんだん遠くに行くように見えるのです。又来年ねお聖霊さんも帰っていかれましたが、一足早く夢吉君も約1週間の帰省を終えて東京へ帰っていきました。正直少々ほっとしています。『孫は来て嬉しい帰って嬉しい』とはよく言ったもの。夢吉君は孫ではないけど、老夫婦二人の暮らしは思ってる以上に気楽でのんびりしています。食べるものからして、夢吉君のいた時の夕食のメニューは寿司・中華のディナー・ステーキ・天麩羅・すき焼き。〆は夢吉君がどうしても今回久々に食べて帰りたいと言う○ンポポラーメン。いくらなんでも老夫婦には重すぎる。脂ギトギトすぎる。中性脂肪値が異常に高く、コレステロール値が片足踏み出してる夢子。健康診断の日がお盆前であってほんまに良かったお盆もすぎたのに日本中が体温よりも高い気温でまっかっか毎日ぐったりしてる草花にたっぷりとお水をやらねば。毎年もっと夕立があったのではカキ氷を食べながらテレビで秋の虫の鈴虫の音を聞きました。秋の虫の鈴虫の音が庭で聞かれるようになってほしいと切実に思ってしまいました。
August 17, 2010
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今年は久しぶりに琵琶湖の花火を見にオジさんの車でお出かけ。念のためにかなり早く出発したのに名神高速道路の○津SAはすでに満車で入ることさえ出来ずに通過させられてしまった。あちこちオジさんうろつきたどり着いたのが対岸の近江大橋のたもとの草津○オンモール。立体駐車場もとっても広くR階はデュオのイベントや夜店まで出て花火見物に解放されていた。知らずにやってきたが6階からすぐ目の前の琵琶湖が一望できなかなかいい花火見物場所発見お弁当を食べて花火開始までデュオの唄を楽しんだりかき氷を食べたり。PM.7;30 花火が打ち上げられ始める。お客が立ち上がり始める。警備員がマイクで何度も何度も『花火は座ってご覧ください後ろの人が見えなくなりますから』誰も聞かない中、高校生らしい声が『すわってくださぁ~~~~い』『座れ~~~~~~~~~ッ』やっと皆座って。以後騒ぐ人も立ち上がる人も広い会場なのにほとんどなく皆とてもお行儀がいい。荒れる高校生はいなかった。却って身勝手な中高年の方が多いくらい。久しぶりに花火を楽しんでその上、爽やかな若者に出会えていい気分で帰ってきました。本当にありがとう
August 8, 2010
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7月12日(月)7月のカラオケ会3人で11時~17時まで唄って。しゃべって。食べて。笑って。3人だからいつも以上に一人の唄う担当が多い。赤いスイトピー2回を含んで28曲を歌いまくってきました。 7月17日(土)祇園祭MちゃんとSさんと待ち合わせて。とにもかくにも暑い 7月24日(土)車山のニッコウキスゲをと去年の満開にニッコウキスゲを期待して行ってみたが、今年はまだ早く2.3分咲き。ただただ暑かった余りの暑さにソフトクリーム2個とスポーツドリンクとお茶のペットボトル4本。この暑さはどうしたことなんでしょうか。口を開けば『暑い』しか出てこない。まだ夏は始まったばかり。秋まで、もつだろうか家に居てもクーラー代がかさむので、今日も朝からスポーツクラブへ。エコのために読書は図書館で時間つぶしはスポーツクラブで熱中症に充分気をつけましょうね
July 26, 2010
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このところ、海堂尊さんや堂場瞬一さんの本ばかり読んでいた。海堂尊さんの『ジェネラル・ルージュの凱旋』や『イノセント・ゲリラの祝祭』は読みながら思わず笑ってしまった。決して笑える内容ではないのだが、文章の一寸した言い回しがおかしい。少し離れていた東野圭吾さんの『カッコウの卵は誰のもの』がやっと私の順番となり借りてきた。リビングのテーブルの上に置いておいたら、オジさんが「『カッコウの卵は誰のもの』てカッコウのものに決まってるじゃない!!他人のものを取ったらだめだよっ!!」と意味不明のことを言ってお出かけしていった。なんとなくオジさんは死ぬまでこんなふうなんだろうなぁ~~~~別に何の問題はないのだがこんなとき過去40ウン年の間ずーーーーーーッと「私はなぜ結婚したんだろうかこんなにも感性が違う人をほんまに愛したんやろか」と自分に問い続けている。今更別に健康でいてさえくれたらどっちゃでもいいことなんですが。。。。。
July 5, 2010
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うっとおしい雨も、草花には恵みの雨。どんなことも見方が変われば、視点が変われば見え方も変わってくる。自分の側からだけ物事を見がちですが、雨1つにも視点を変えてみると言う心の柔軟さが大切だと学ばされる。6月のカラオケ会は久々に全員集合。AM11:00~PM.5:00まで唄ってしゃべって食べて笑って<歌った曲>空港桃色吐息砂に消えた涙つぐないブルーライトヨコハマ時の流れに身をまかせ青春時代天使の誘惑あなたルビーの指輪青い山脈氷雨街の灯り雨がやんだらアカシアの雨がやむ時赤いスイトピーX2回川の流れのように雪国恋は水色青春のたまり場さよならはダンスの後でいつでも夢をはがゆい唇あの素晴らしい愛をもう一度次回までに何とか”赤いスイトピー”を師匠の応援なく唄えるようにしておかねば。初孫ちゃん誕生で2回欠席だったSさんが久々に参加。楽しい時間に感謝感謝。
June 23, 2010
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今年も毎年恒例の高橋真梨子コンサートに行ってきました。楽しい時間は「えぇーーーーッもうそんな時間」と言うくらいにあっという間DVDがついた限定版のCD No Reason 2~もっとオトコゴコロ~を買ってきました。時間よ止まれ桃色吐息<収録曲> 1. 時間よ止まれ作詞:山川啓介/作曲:矢沢永吉/編曲:十川ともじ no_mob 2. 空に星があるように作詞・作曲:荒木一郎/編曲:小林信吾 no_mob 3. ブルー・シャトウ作詞:橋本淳/作曲:井上忠夫/編曲:小林信吾 no_mob 4. 人間の証明のテーマ作詞:西条八十、角川春樹、ジョー山中/作曲:大野雄二/編曲:小林信吾 no_mob 5. もう君がいない作詞・作曲:FUNKY MONKEY BABYS、菅谷豊、大塚利恵/編曲:小林信吾 no_mob 6. ネグレスコ・ホテル作詞:BORO/作曲:井上大輔/編曲:小林信吾 no_mob 7. 例えば君の事作詞・作曲:斉藤和義/編曲:林有三 no_mob 8. マイレディー作詞・作曲:唐沢晴之介/編曲:小林信吾 no_mob 9. 恋人作詞・作曲:福山雅治/編曲:小林信吾 no_mob 10. ルビーの指環作詞:松本隆/作曲:寺尾聰/編曲:小林信吾 no_mob 11. 風のエオリア作詞:大津あきら/作曲:徳永英明/編曲:十川ともじ no_mob 12. 鷲と鷹作詞:井上梅次/作曲:萩原忠司/編曲:林有三 no_mob 13. 奏(かなで)作詞・作曲:大橋卓弥、常田真太郎/編曲:十川ともじ no_mob
June 18, 2010
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今日本当に久しぶりに、朝からフィットネスへ。エアロ・引き締めエアロ≪スッテップ≫・ヨガと3クラスに参加していい汗をかいてきました。二日前の土曜日に、オジさんと桜井市の明日香村にある万葉文化館に遷都1300年記念のシルクロード―奈良への道平山郁夫展と飛鳥資料館でのキトラ古墳壁画「青龍」「白虎」「朱雀」「玄武」の特別展示を楽しみに行ってきました。その帰り道夕食に大トロを2カンを含むお寿司をお腹いっぱいに食べた頃から体調は復活しだしたようです。やっぱり食べられるようになることが復活への道かも。美味しく食べて、身体を動かしていい汗をかく!!これが一番
May 31, 2010
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前の日記に書いたように、慶良間に一緒に行ったメンバーからもらった風邪をこじらせて、10日間以上寝たきり老人状態です咳き込みが酷く胸のゼロゼロが横なっていても自分に聞こえます。10日以上外出もせず家事らしいこともせずごろごろしています。遊びほうけた挙句今度は寝たきり老人状態。いくらおとなしいオジさんでもさすがに先週の土日の学生時代のサークルの還暦を祝う会への参加はキャンセルさせられました。何年かぶりの集合だから行きたかったなぁ~~!!私は喘息の気があるのでこのまま老人性喘息に移行しないかとっても心配です。歳は1年1年とりますが、体力は加速度的に落ちていきます。と言う言葉を実感しています。
May 24, 2010
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5月9日~13日まで4泊5日で念願の沖縄座間味島の慶良間の海と沖縄本島の恩納村の青の洞窟のシュノーケリングに行ってきました。出発前の天気予報はとくもり初日の9日とファリーで座間味島に渡った午前中は雨曇り。ところが、お天気の神様も平均年齢65.5歳のお婆のにらみに恐れをなしてか曇りどころか、ピ=======カンのお天気。午前中はボートで2ポイントでシュノーケルをインストラクターのMIYAさんと思いっきり楽しむ午後はお婆たちだけで古座間味ビーチへ。ビーチショップでウエットスーツとシュノーケルのマスクとフィンを借りて全く我々お婆6人だけでビーチを独り占めして、思う存分に自由勝手に泳いでいや漂ってお魚に大騒ぎ。次の日の午前中も心置きなく古座間味ビーチのお魚を楽しむ。この古座間味ビーチほんまにいっぱいのお魚がただ、今考えればライフジャケットもなくウエットスーツだけでビーチから急激にカルデラ湖のようにすり鉢状に深くなってるビーチでインストラクターも居ないのによく1時間も2時間も海の中を自由気ままに泳ぎまわっていたものだと。深いところは15メーターはあったはず。一度、岩場でお魚を追いかけていたら海底の岩場のほら穴から何かがじっとこちらを見てる。目の悪い私、気のせいとお互いにじっと見つめあう。しばらく見ていたら海底の洞穴の目が二つぎょろりと動いた後で、少しはなれたところで遊んでいたお婆の一人が「どうして急にあんなカッコウで全速力のクロールしてたん」と聞かれる。でも、ほんまにびっくりした向うは向うで何で沖縄の慶良間の海にトドがと思ったやろねと。午後から又フェリーで泊港へ帰りのフェリーでは行きのときのように途中で寄る阿賀島で下船しようとして引きとめられることもなし。泊港からタクシーで宜野湾市や普天間を通り過ぎ青の洞窟に近い恩納村のホテルまで。タクシーの運転手さんが米軍基地についてあれこれ説明してくれた。日本に2機しかないというヘリコプターも見た。 帰ってからTVで知ったオスプレーというヘリコプター&飛行機と言うヘリコプターである。せっかくシーカヤック&青の洞窟シュノーケルのためにはるばるタクシーで恩納村まで来たのに、翌日はお天気はいいが風がきつく波が高いのでシーカヤック&青の洞窟シュノーケルツアーは出ないと言う。仕方なくホテル前のビーチ近くでのクリーヤーカヤック≪カヤックのそこが硝子ファイバーでカヤックをこぎながらも海の中が見える≫で少し岩場まで行ってシュノーケルをすることに。クリーアーカヤックから帰ってビーチカウンターで諦めの悪い私は「やっぱり青の洞窟シュノーケルはでないよね」「いいえ、青の洞窟のシュノーケルはありますよ」シーカヤックで青の洞窟まで行きそこで青の洞窟シュノーケルをするツアーは出ないと言うことだった。急遽チェックアウト大急ぎでしてを着替えを持ってビーチカウンターへ。飛行場へのタクシーがPM.3時にホテルに迎えに来ることに。それにあわせて青の洞窟シュノーケル(2時間)を正午出発としてもらい大急ぎで出発。結局無理を言って出してもらったお婆4人だけのグループだから孫くらいのショウちゃんに青の洞窟まで海から泳いで≪シュノーケルをしながら≫入り、青の洞窟のシュノーケルをして又海から泳いで≪シュノーケルをしながら≫帰りたいと言う希望通りにしてもらって、こんなにお魚がいっぱい居ていいのかしらというくらいきれいなお魚と泳いできました。今度は絶対オジさんと行きたいなぁ~~~~慶良間のMIYAさん青の洞窟のショウちゃんほんまにありがとさんどした。楽しい時間を仲間と過ごせて感謝感謝。あれだけUVクリームを塗ってのに、沖縄の日差しは半端じゃなかった。アロエ+ヨーグルト+生卵の勝手に作ったパックをコットンにたっぷりしませて顔中に貼り付けながらこの日記を書いてます。水中カメラは持っていなかったのでMIYAさんのお写真をお借りします。一緒にお魚たちを楽しんでね。
May 9, 2010
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パソコンがかなり危ない状態になっています。突然意味分からん英文が出てきてシャットダウン。バックアップしないと!!バックアップってどうするのわからないどうしたらいいのか手順を教えてください突然夢子が消えたら、「サヨナラ!サヨナラ!!サヨナラ!!!」
April 23, 2010
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ああぁ~~~~~もうダメかもバイトに行く時いつもお弁当やおやつやペットボトルを入れた手提げ袋を持っていく。その命の次に大切な食べ物や飲み物が入った手提げ袋をどこかに置き忘れてしまいました。自分でも信じられません。最近急にうっかりが増えてきました。うっかりやが多くなったあなたにと言うキャッチコピーに引かれてサンXリーの脳の栄養というサプリメントを飲んで早1年がすぎます。オジさんが最初の1ヶ月で「なんとなくいいように思う。なんとなくクリアになってる感じだ。」というのでつい続けているのです。前のふたを開けたままの炊飯器事件の時にも書きましたが、このサプリメント代一月約¥12000円決して安いものではないのです。オジさん「夢ちゃんいつまでも同じことが出来ると思うから、同時にあれこれ考えるからそういうことになるんだよ。」忘れ物名人のオジさん最近決して同時に二つのことをしたり、あれこれ考えたりしないようにしたら、忘れ物やが減ったとか。友人に「私ほんまにもうアカンかもしれへん」と言ったら、「何でもかんでもよく覚えてるなぁ~~~て思うよ。そんなこと私昔からやモン今更気にもならへんわ」留めはオジさんの「夢ちゃんまだ忘れたことに気づくんだから大丈夫だよ僕なんか忘れたことにも気づかないことあるもん」 人間が生きていけるのは忘れることができるからだと言うことを聞いたことがあります。人間に忘れるということをプレゼントしてくださった神様に感謝することも忘れそうな夢子どす。
April 15, 2010
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久しぶりに桜の頃の色々をメモしてみようと思って。夢ちゃん 様この度はキャンペーンにご応募いただきまして、誠にありがとうございます。おめでとうございます!金麦1ケース(350ml×24缶入り)プレゼントにご当選されました!確かに夜テレビが面白くないのでネットであれこれ応募してました。その中にサン○リーの金麦1ケースが当たりましたと即メールが来て”??結果の早いプレゼント応募やなぁ~~??ほんまかいなぁ~~~~!!”と思っていたら、ほんまに桜が満開の頃確かに我が家に金麦1ケース(350ml×24缶入り)が届きました。きれいな桜の花が紺色の地に。“桜咲く、春の金麦”まだモルツやドライや一番搾りが残ってるので夢吉君に送ろうかなぁ~~と玄関に置いたままになってます。ほんまにいつもおおきにありがとさんどす又1つ別なことを。あの満開の夜桜の後夕方5時過ぎに桜の近くを通りました。なんとなくどなたか偉い方がお越しなんやろなぁ~~と思っていましたが、よく見ればどこかで見たようなそうです元総理の小泉の純ちゃんでした。目が合ったのでびっくりしてお辞儀をしたら「あっ、どうも!」と一言。息子なんか問題にならないくらいいい男でした。政治的なことはちっとも分からんチンの夢子ですが、見た目のいい男はんは大好きどす植物園で知った桜の話知ってましたか沖縄にはソメイヨシノがないことを。知らなかったのは夢子くらい沖縄の桜は寒緋桜という桜でソメイヨシノはないそうです。ソメイヨシノは冬の寒さの積寒温度が必要で沖縄では寒さが足りないから春になっても冬眠から目覚めて花を咲かせることがないのだそうです。その上寒緋桜はソメイヨシノのように花びらが一枚一枚花吹雪のように散らずに椿のように花の房でポトンと落ちるので花吹雪にはならないそうです。私は満開の桜の下で桜の霊気や妖気というエネルギーを身体に充満させ一年の元気を頂くようにいつも桜の木下で満開の桜を見上げます。満開の桜がはらはらと風に散る花吹雪も目を閉じて風に舞う桜の声が聞こえるようで嬉しくなります。そんな桜吹雪が川面に作り出す花筏の風情もなんとも言えず見とれてしまうのです。これ以上地球温暖化が進むと九州や四国など温暖な地ではソメイヨシノが咲かずに桜吹雪が見られなくなるというのです。大変なことです。皆さんどうか桜吹雪の中で幸せを感じられるようにエコな生活をして地球温暖化を少しでも防ぐようここに決起して桜吹雪の誓とさせてください以上桜徒然なるままに。夢子記す
April 8, 2010
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朝から、爺やをお供に桜散策にお出かけ。先ず地下鉄の1日乗車券¥600円を購入。これで地下鉄なら何度でも乗り降り自由。先ずいっきに終点の宝ヶ池国際会議場まで。ここで宝が池公園の桜を楽しんで。ここ宝ヶ池から北山の植物園まで歩く宝ヶ池公園でも植物園でもたくさんの人がシートを広げてお花見を楽しんでいた。植物園の中をうろうろ北大路側の正門から出て鴨川と植物園沿いの半木の道の紅枝垂れ桜を楽しむ。ここは毎年遅いので、今日も3分、5分咲きで少し淋しかった。地下鉄で今度は東山三条まで。毎年の岡崎界隈の桜を楽しんで蹴上のインクラインの桜を見て帰ってきた。桜日和でちょっとお疲れさんです。帰ってみれば、万歩計は19000歩を越してました。もうちょっとで20000歩
April 4, 2010
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2010年の桜・さくら・サクラ・SAKURAそして満月言葉はいらない 寒い寒い中、夜桜と満月をオジさんと寄り添って眺めてきました。感謝感謝
March 31, 2010
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久しぶりに土曜日のフィットネスクラブへ。このところ、寒い中の最後の桜のバイトでフィットネスに行けてなかったので。オジさんもほんまに久々にウォーキングマシーンやエアロバイクやジョーバなどで汗をかいていたようだ。すっかり忘れていたが、今日は月一回のイヴェントの日。1年ぶりの”よさこいソーラン”去年参加していたので、今年はなんとなく流れが分かる。だが、分かると言うことと出来ると言うことの違うことをイヤというほど感じる。楽しければいいのよと割り切り、バレリーナストレッチ・エアロビ・よさこいソーランと3クラスに参加してきました。オジさん「夢ちゃん思ってたより様になってたよっ」お腹がぺこぺこ。帰ってカステラを3コも食べてしまいました。消費カロリー<摂取カロリー
March 27, 2010
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3月20日から22日まで2泊3日で平戸・天草・唐津・伊万里の旅に爺やをお供に行ってきました。先月2月は鹿児島の旅。今月3月は佐賀・熊本・長崎の旅です。二人とも周りで早く逝ってしまう仲間がいたり、入院手術という人がいたりでなんとなく残りの時間は本人が思っているほど長くないのではという焦りがあるのかも。20日(土)京都から新幹線で小倉までその後バスで唐津・虹ノ松原=鷹島肥前大橋⇒鷹島モンゴル村(700有余年前鷹島沖を舞台に繰り広げられたフビライの蒙古軍の襲来≪文永の役&弘安の役の元寇≫で有名な鷹島のモンボル村)つい先日高嶋哲夫さんの文永の役&弘安の役の元寇を意外な話にして楽しませてくれた『乱神』を読んだばかりで興味深かった。だが風力発電のタワーが何基も立ってるだけあって、雨も降り出し風が強く歩くのも大変。⇒伊万里・大川内山(鍋島藩の御用窯で有名な「秘窯の里」で窯元めぐり)=平戸大橋⇒平戸・千里ヶ浜温泉21日(日)平戸・千里ヶ浜温泉⇒平戸島内観光(オランダ商館跡・オランダ塀・オランダ井戸・松浦資料博物館)オランダ商館跡からジャガタラお春の道を歩いて松浦資料博物館へ。きっとこの細い道がジャガタラお春の道と呼ばれるのはオランダ商館へお春が近くの家からお手伝いに通っていたのだろう。そしてそんなジャガタラお春のような女やその子供たちはキリシタン禁止令の出た後、浜に集められ二度と戻ることを許されずジャカルタへ送られたと言う。狭い島のこと、顔見知りの役人たちも泣きながら女子供を引き立て浜から船に乗せたとか。そんなジャカルタから故郷恋しい・日本恋しいと袱紗などに織りこまれ送られた女の悲しい手紙のジャガタラ文が数通残されているとか。バスの窓から見た墓地の墓石の上には全て十字架が立っていた。本当に島がキリシタンの島だったんだなぁと初めて見る十字架のある墓にジャガタラお春たちの悲しい声がする思いがした。=平戸大橋⇒鹿子前~~パールクィーン号で九十九島の島巡りクルージング~~鹿子前=諫早で長崎銘菓のカステラの試食販売オジさんとあれこれ試食して結局一番ベーシックなハチミツカステラを1本お買い上げ。他の人たちは大きなかご2つにいっぱい買ってる人もいたり、持ちきれないので宅○便にしている人までもいる。夢家は自分たち用の1本のみ。何処に行ってもお土産を買わないというのは夢家のスタイル。単にけちという訳では決してありません。⇒口之津港~~フェリーで~~⇒鬼池港⇒天草下田温泉この温泉は夕日が海にジュッと沈むので有名な宿。運転手さんがなんとしても皆にあの東シナ海に沈む夕日を見せてあげたいと頑張ってくれたので、ゆっくり大きなオレンジ色の夕日がジュッという音をさせて東シナ海に沈むのを堪能させてもらった。 22日(月)天草下田温泉=妙見浦(奇岩の警官を十三仏展望台より見物)=ロザリオライン=大江天主堂(白亜のロマネスク様式の教会)=明徳寺(キリシタン禁圧の歴史が残る曹洞宗の名刹)参拝=天草瀬戸大橋=天草松島展望所(美しい多島海と天草五橋)=天草パールライン=天草松島=天草五橋=三角西港(三角築港記念館・ムルドハウス・海技学院・石積ふ頭などの往時がしのばれる風景の残る街並みの散策)⇒大宰府IC⇒博多⇒新幹線⇒京都 1日目は雨が降り風も強くて諦めムード。2・3日目はとってもいいお天気で楽しい旅行が出来ました。博多で、博多○ゃんぽんも食べられたし、大好物の博多○りもんもお土産に買えたし。ただ、国内旅行は美味しい食事をいっぱい食べるので太ってしまうのはやや問題ですが。楽しい旅行に感謝感謝。
March 23, 2010
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月に一回のカラオケの日。余裕を持ってお出かけしたのに、間の悪いことに町内の方に捕まり30分も立ち話のお相手。お出かけの格好をしてるのだから、いくらなんでも、相手にも出かける時間の都合があることぐらい気づきそうなものを。まぁ~!ご主人をなくされたことを話される方に時間の都合があるとは言い出せなかった私も悪いのだが。ほんまに地下鉄の中でも走り出しそうな気持ちで。何とかぎりぎりセーフ。今回も一人急用のため参加者は4人。AM.11:00~PM.5:00まで皆頑張って歌いました。今月歌った歌氷雨知床旅情つぐない空港川の流れに身をまかせ五番街のマリー人生色々桃色吐息ブルーライトヨコハマ青い山脈大阪ラプソディあなた瀬戸の花嫁砂に消えた涙(2回)木綿のハンカチ学生時代ここに幸ありまた逢う日まで真夜中のギター青春時代愛燦燦雪国この広い野原いっぱい京都の恋下町の太陽越前恋歌あの素晴らしい愛をもう一度砂に消えた涙なんか唄ってる本人はもちろん聞いてるはずの仲間も誰一人最後まで私が同じ曲を歌ってると気がつかない。高齢者友の会のカラオケは同じ歌が繰り返されても皆記憶にないから楽しいのかも。今日も大きな声で笑って歌って発散させてきました。楽しい時間に感謝感謝。
March 17, 2010
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大阪歴史博物館の「聖地チベットーポタラ宮と天空の至宝ー」展のチケットを頂いたので、またまた爺やをお供にお出かけしました。あいにくの寒の戻りと雨模様でお出かけ日和ではなかったが、もう満開をすぎた大阪城の梅林の梅がまだ見られるうちにということでお出かけしました。チベットの仏像はなかなか興味深く楽しませていただきました。中に「ダーキニー」と言う修行僧を助け悟りに導く女神像の前に足がぴたりと。オジさんがニヤニヤして「夢ちゃんてダーキニーかも。」と言う。「ダーキニー」は確かに修行僧を覚りに導く女神。ただ、ひとたび機嫌を損ねると喰い殺すと言う出口近くの宗教的舞踏の衣裳に5つのどくろの首飾りが。五つのどくろは人間の五罪≪貪欲・妬み・愚かさ・幼さ・欲情≫を克服するものだとか。私は五つのうち4つまで自覚できるくらいに持っている。展覧会を見た後梅林の梅を見て一目散にJRの駅に。もうお腹がすいて観梅どころではなく急いで鶴橋の焼肉屋へこの間も東寺の弘法さんのあと二人で6~8人前を食べてもう一年分の肉を食べたはずなのに。もう年寄りにはこの一年分を充分超えた量を食べているので暫くは焼肉は厳禁です。でも、美味しかった
March 7, 2010
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どうしちゃったの夢ちゃん頂いたチケットで爺やとギ○ン会館へ「劔岳 点の記」&「火天の城」を見にお出かけ。帰り道、私の帽子は??オジさんもいつも私の帽子をオジさんのバッグに入れてくれるのに、渡された記憶も私も渡した記憶も頭にとってもフィットして丸めても型崩れせず、しかもつば広でUV効果あり。いくつもの帽子を持っているがかなりお気に入りで年季もの。もう新しいものを買いなはれと言うことかと思ってしょんぼりと帰宅。夕方6時30分をすぎているからオジさん先ずはお仏壇のお茶を下げてお仏飯とお茶をと仏間へ。私は夕餉の支度をと思ってタイマーをしてある炊飯器を見ればもうふたが開いているオジさんに「炊飯器のふた開けてから仏間に行った」「そんな訳ないやん」そうです。炊飯器のふたを閉めずにタイマー予約してお出かけしたようです。今のもっと新しい炊飯器ならセット異常で炊飯してないかもしれないが、夢屋の炊飯器は10年もの。炊飯器のふたをしてないのに炊いてしまいした。お雑炊か焼き飯にはいいかもしれませんが、、、、急遽、かに雑炊と焼き魚に変更。台所を片付け最後に生ごみを片付けて三角コーナーのネットを用意したのに生ごみを出した後置いたはずのあたりを見てもない又新しい三角コーナーのネっトを出して、台所のかた付け終了。ふっと見ればランチョンマットを置いてる上に新しい三角コーナーのネットが。先日の日記に年金満額支給されるまで老齢とか高齢とかシルヴァーとか呼ばせないと書いたが、なんだかもう呼ばれても仕方がないのではという気がしてくる。しかも、我が家では約1年前から、サン○リーのアラ○タと言う脳の栄養であるアラキドン酸のサプリを飲んでいる。が多くなったあなたへお薦めサプリメントと言うようなキャッチコピーに引かれて一ヶ月分約¥12000円もつぎ込んでいるのだが、、、効果ないじゃん「もう止めるわ」と夢子。「いやいや、夢ちゃん飲んでいるから、これくらいで済んでいるのかもしれないよ」とオジさん。¥12000円の投資は有効か否か
February 28, 2010
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