筑紫哲也の手紙から・・・人間とは本来何かを表現したいという欲求がある。
その次に表現したものについて共感してもらいたいと思う。さらに言えば、そういう
表現をすることが自分にとって必要であり、人に必要とされる人間になりたいという
欲求がある。英語で言えば「expression」内側にあるものを搾り出すという語源。
その前提として、自分の中に何かがなければいけない。その中身とは精神、心と
言っても良い中身を作らなきゃいけないと興味深いことが書いてありました。
私への教訓ですね・・・自分自身が最近、らしくないのは心のどこかで自意識
過剰で物事に依存しているからなのか?相手が今なにを考えているのか、ふとした
表情の変化でわかってしまうことが良くあります、そのため会話に集中できず相手を
不快にさせないことばかり気になって疲れてしまうのも度々です。基本的に自分が
楽しむことよりも、一緒にいる相手が楽しいか重視します。でもそれは、優しさから
ではなく空気が悪くなるのが私は特に嫌なだけなのです。
また、一度こうと思ったら相反するものを否定してでも自分の選んだものを正当化
しようとする節があります。そしてそれを周りの人にも勧めるのですが、この時相手も
絶対に気に入るはずだという思い込みが先にたっているため、それが受け入れられ
ないと一気にどうでもよくなり、人付き合い自体が面倒に感じることさえあります。
そんな時は、気持ちのままに一人でいることを選びますから、人には謎が多い
人間だと思われていると思います。私自身の悪い所、充分分かっているのに常に
同じ事を繰り返ししています。もう、心の成長も齢を重ね最終章ですよね・・・・
最後の最高のフィナーレを迎えるために、今一歩前へ踏み出そう・・・