気の向くままに♪あきみさ日記

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2007.06.22
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カテゴリ: 風林火山おまけ
 十六夜の月が、中空に浮かんでいる。

 そのやわらかな光はしかし、心の奥底までひそかに射し込み、臓腑をさらけ出させようとするかのようだ。
 縁側に座って腕を組み、幸隆は独り自問を繰り返していた。
(この儂は、いかにすべきか)
 その迷いをもたらした男は、閉ざされた襖の向こうで、深い眠りから未だ醒めない。
(我が郷へ還るために、何処へ往くべきなのか)
 いかに逡巡したところで、理屈では答えはもう見えている。ただ、心が許さないだけだ。だから月の光がこんなにも、覗き込むかのようでうしろめたい。
 夜は、刻一刻と更けていく。

 そのなかに一瞬、血生臭い匂いを嗅いだように思ったが、気の所為なのは分かっている。あの男からしとどに滴り落ち、この身も濡らした夥しい臙脂色の血、その臭いが鼻腔に染み付いて離れないのだ。
 錯覚は連鎖的に、記憶を膚に甦らせる。あの血に染まった手のぬるついた感触、無我夢中で木陰に引きずり込んだ、あの弛緩した四肢の重たさ…
 ふと振り向いたが、襖は固く閉ざされたままだった。
 何故助けたのか…
 そんな疑念が頭をよぎる。
 命を救おうとしたその時点で、自分は既に心を決めていたのだろうか。
───なぜそのような者を連れて戻られたのです。
 妻の硬い声音が耳に甦る。
───戦場に捨て置くわけにもいくまい。助かるかどうかも分からぬ。
───ならば捨て置けばよかったのです。
 賢い妻、忍芽は、既に幸隆の迷いを見抜いていたに違いない。畳み掛けるように重ねた。

 山本勘助。隻眼跛行の、異相の浪人。
 そう、幸隆の知っていた勘助は、しがない浪人だった。
 十年前、初めて出遭ったときは、身重の妻を殺された怨みに、武田への復讐心をたぎらせていた。
「怨みは使いこなすことが肝要じゃ」
 年長の不遇な浪人に、幸隆はそう諭したのだ。己の言葉が今、自身を突き刺すとは夢にも思わず。

───申し訳ござりませぬ…!
 五年前に松尾城を落ちのびた、その峠道に勘助は平伏して待っていた。再会したその姿は変わらず浪人姿だったが、ともに行くかと訊ねると、困惑した眼になったのを覚えている。
 あのとき既に、武田に入る決心をしていたのか。三年前、偶然潜伏先で出遭った平蔵は、勘助が武田に仕官したと語った。
 そして今、勘助はこの自分を誘っている。村上を使ってあの懐かしい真田の里から自分を追い遣った、武田家へ。
「それがしは、軍師にござりまする」
 兵法の奥義を会得し、軍配の道を極めたいと語った、その夢を叶えたのだ。怨んでいたはずの、武田家で。
「御屋形様にお逢い下され」
 あの勘助に、一体何が起きたのだ。そこまで変心させた武田晴信とは、一体どういう武将なのだ。
 興味は湧く。が、それだけでは怨みを消すことはできない。自分だけの思いではない。忍芽の父は武田に敗れ、討ち死にした。
 儂は儂の怨みを、何処へ持ってゆけばよいのか───

「まだ起きておられたのですか」 
 不意に、暗がりから妻の声がした。
 眼を向けると、月明かりのもとに忍芽のすらりとした姿が現れた。
 さすがにこの五年間の浪人暮らしにやつれてはいたが、凛とした気品を湛える美貌は変わらない。
「うむ…」
 そのまなざしに、胸中を見透かされるようで、言葉を濁す。
「源太郎も徳次郎も、よく眠っておりまする」
「さようか。…勘助の具合はいかがじゃ」
 忍芽の顔色が硬くなる。
「…まだ目が醒めませぬ。熱も高く、よくうなされておりまする。和尚様が、このまま熱が下がらなければ、明後日頃には成仏するやもしれぬと申されておりました」
 勘助が死ぬ。勘助が死ぬ、か…
 旧知の人間が亡くなる侘しさは心の隅に追い遣り、あえて理知的に考えようと試みる。
 勘助が助からなければ、武田との誼もなくなり、迷う必要もないのだ。
 だが、上州に逃れた関東管領に再び頼ったところで、もはや我が郷には戻れまい。
 仇敵、村上に降ることだけは、何があろうとも出来はしない。
 北条…あの見事な戦上手、心は惹かれるが信濃には遠い。和議を結んだ武田を越えてまで触手はのばすまい。
 浪人でいては何も出来ぬ。武田、か───武田しかないのか…
 ふと気付くと、忍芽のまなざしがじっと己にあてられている。
「そういえば…今思い出したのだが」
 そらすように話し出す幸隆に、忍芽がいぶかしげな表情になる。
「昔、山伏に聞いた覚えがある。葦毛の馬の糞を湯に溶かして飲ませると、どんな傷でも癒えるということじゃ」
「馬の糞…」
 悪戯っぽい幸隆の笑顔に、忍芽もつられて笑みを浮かべる。
「どうせ長くない命なら、試してみるのもよかろう。すまぬが明日こしらえて、勘助に飲ませてやってくれ」
 すべての鍵は、勘助が握っている。その命にこの決断を託そう。そう思うと何かしら安堵した心持ちになり、幸隆はようやく腰をあげた。

 翌朝のことだった。誰か訪ねてきた気配に居室を出ると、風采のあがらない一人の男が、忍芽に連れられて離れの廊下を歩いてくる。
 半士半農といった風情で、頭をかきかき、やたらと恐縮している。
「殿、以前勘助殿の家来が訪ねてきたと申しましたでしょう。そのときの家来でございまする」
「太吉と申すでごいす。旦那様の行方が知れんもんで、もしかしたら何かご存知なんじゃねえかと来たァでごいす」
 無骨にそう話しながら、太吉の目は潤んでいた。
「大怪我した旦那様を助けて頂いたと、お方様に今お聞きしたでごいす。ほんに、なんとお礼を言うてよいやら…有難いこってす」
「まだ助かったとは限らぬ。今日明日が峠じゃ」
 その言葉に、太吉の顔が歪んだ。感情がすぐ露になる。こんなにも慕っているのなら、勘助はきっとよい主なのだろう。
「折角ここまで連れ帰ったのじゃ、簡単に死なせはせぬ。…忍芽、例の薬はもう作ったのか」
「いえ、取りに行こうとしていたところでした」
「ちょうどよい。この者にも手伝ってもらうがよかろう」
 忍芽がおかしそうな顔をした。太吉はきょとんとしている。

 夜、横たわる勘助の側から離れない太吉を、幸隆は酒を手にねぎらった。
 太吉はひたすら恐縮して杯を受ける。
「そちは勘助には長く仕えておるのか」
「へえ、旦那様が武田家へ仕官なさってすぐ、お世話させて頂いておりますだ」
「というと、何年になる。三年…四年か」
「へえ、だいたい四年半前になりますだ」
 ということは、やはり五年前に再会した後間もなく、勘助は武田に入ったのだ。 
「だけんども、旦那様と初めて知り合うたのは、もっと前ですだ。もう十年以上前になりますかのう」
「ほう。それはいかなる縁じゃ」
「旦那様は他所から流れてきた浪人で、わしらもただの農民でごいした。わしらの村にいた女子が乱捕りされるところを、旦那様が助けただ。旦那様とその女子は夫婦になったずら。その女子はわしには家族みてえなもんでごいした」
 成程、太吉は平蔵と同じ村の出だったのか。
 ほろ酔い加減の太吉は、次々と語った。幸隆の知っていたことも、知らなかったことも。
 葉月が捉えた伝兵衛という武田の間者が、勘助の義兄にあたることも。 
 あの平賀源心が敗れた、海ノ口城での出来事も。
「そんとき、わしらはてっきり、旦那様が御屋形様に討たれると思ったでごいすよ。旦那様もきっと覚悟してたずら。だけんども、御屋形様は斬らなかったんじゃあ。刀を振り下ろしたのに、斬らずに首根んとこで止めたんじゃ。そんだのに『山本勘助が首を討ち取った』と言われたんじゃ」
 傍らで昏睡する勘助の、閉ざされた瞼に、語らぬ口許に、幸隆は目を落とした。
───御屋形様に、お逢い下され。
 熱を帯びた声音が耳に甦る。
 そうか。そちは、討たれたのか。武田晴信に、心を、怨みを討たれたのだな。
 儂が使いこなせと言った怨みを、武田晴信は討ち取ったのだな…。
 隣では、太吉がいい調子で酒を舐めながら語り続けていた。
「わしみてえな者には御屋形様のお考えは分からんずら。でも伝兵衛やんが言うとっただ。あんとき、旦那様は誰かを庇ってたって、御屋形様が板垣様にそう言われたらしいずら。矢を射掛けたのは別のもンで、旦那様はそれを庇ってわざと討たれに出てきたらしいずら」
「…平蔵は息災でおるかのう」
 思わずもらしたつぶやきを、太吉がへい?と聞き返したが、幸隆は黙ったまま太吉の杯を満たしてやった。

 それから数日後。
「熱が下がってきて、顔色も良うなった。これならもう間もなく目覚めるであろう」
 晃運字伝の診たてに、幸隆は胸を撫で下ろした。
 勘助の息遣いは、安らかなものに変わっていた。時折眼球が瞼の奥で動き、覚醒の近さを予感させる。
 傍らでは、忍芽が硬い表情をしている。
───甲斐へ、往く。
 その前の晩、胸に秘めた決意を、苦難を共にしてきた妻に、ついに幸隆は告げたのだった。
 既に見抜いていたのだろう、忍芽は感情を高ぶらせることなく、「何故にございまするか」と訊ねた。
「武田は敵にござりまする」
「真田の地を奪ったは村上。その村上を倒して我が地を取り戻すには、もはや武田しかない」
 それに、と幸隆は重ねた。
「儂は、逢うてみたいのじゃ。武田晴信という武将に」
 一旦決めたら梃子でも動かない夫の性格を、忍芽もよく分かっている。ただ冴えたまなざしで、幸隆の決意を跳ね返した。
「勘助殿が息を吹き返したなら、考えましょう」
「あやつはしぶとい。儂を連れて帰るまでは死ぬまい。何しろ八万の大軍のなかに、たった一人で儂を探しに乗り込んできたのだからな」
 含み笑いをする幸隆を、忍芽は呆れたように睨みつけたのだった。
 武田に降ったところで、真田の郷にすんなり帰れるとは思わない。それでも希望はある。村上と幾度も合戦を交えている自分なればこそ、武田と村上の戦が始まれば先陣をきり、我が領地を奪回してみせよう。
 そう力説する夫が、忍芽の目にはどう映ったか。
 今また、納得したとは到底言い難い顔色の忍芽をながめ、幸隆は思わず笑みを浮かべた。
「殿」
 たしなめるように忍芽が呼びかける。
「いや、…あの状態から持ち直すとは、あの臭い薬が効いたのかもしれぬな」
 その言葉に、傍らで太吉が大声で笑った。笑いながら泣いている。
 幸隆も、久しぶりに声をたてて笑った。
 逡巡は切れた。流浪と怨恨の日々は終わったのだ。幾度欠けても必ず生まれ変わる月のように、また新たな日々が始まり、そしていつか再び、望月のごとく輝ける時代を築いてみせる。
 開け放った襖から、爽やかな薫風が吹き過ぎていった。

END

◇あとがき





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Last updated  2007.09.02 15:17:45
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