気の向くままに♪あきみさ日記

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2007.08.19
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カテゴリ: 風林火山おまけ
 月のない漆黒の闇を、篝火が火の粉を散らしながら焦がし続ける。
 夜襲を警戒しての戦備は今夜も解けず、蓄積した疲労が鈍く、幸隆の四肢を蝕んだ。
 本曲輪の櫓から臨む闇の彼方に目を凝らせば、敵方の城郭にともる灯が、険しい山並みそのままに、遠く連なって瞬く。
 砥石崩れの苦い敗走より、真田幸隆は主君・武田晴信の命を受け、同じ信濃先方衆である相木市兵衛の合力のもと、松尾城にたてこもっていた。
 これまで敗残兵を追う小部隊との小競り合いは幾度かあったものの、恐れていた村上方の総攻撃はなく、真田勢はどうにか一息つくことを得たのだった。
「───ここにおられたか」
 声に振り向けば、いつしか相木が櫓の上まであがってきていた。その肉付きのよい頬にも、疲労の色が濃い。
「…相木殿」
「今宵はもう夜襲もあるまい。少し休まれては如何か」

 浮かびかけた笑みは途中で止まり、かすかに自嘲めいた色で、薄い唇の端に張りついて消えた。
「これしきのことに耐えられんでは、勘助に合わせる顔がない」
「……」
 思えば、城にたてこもってこの方、相木と二人でゆっくり話せる機会とてなかったのだ。
「相木殿。…村上は何故、攻め寄せぬのであろうな」
 逸るなと諫めた武田家軍師・山本勘助の助言を、無視した形で砥石攻めを献策したのは、相木の強い勧めがあってのことだったが、もちろんそれを責めるつもりなど毛頭なかった幸隆は、気まずい沈黙に話題を変えた。
「さあ…」
「儂であれば、この機に一気に城を包囲し、総攻めを仕掛ける。目の上の瘤であり、喉元に突き付けられた刃でもあるはずのこの城を陥とせる好機を、何故みすみす見逃すのか───それとも」
 まなざしを、再び闇の彼方へ向け、幸隆は言葉を紡いだ。
「助かったと油断させておいて、奇襲をしかけるつもりなのか」
「いずれにしても、油断はならぬということか」

「確かに、この城を陥とすにしても、かなりの損害を覚悟せねばならぬからの。…真田殿は、村上の手の内は知り尽くしておるであろう」
「儂も、そう思っていた。が、…此度はどうも違ったようじゃ」
 ざらざらした苦い味を奥歯に噛み締め、幸隆は呻くように呟いた。
「儂が昔、村上と戦っていた頃から考えれば、武田家が勘助を召抱えたように、村上にも謀を得手とする家臣が現れていてもおかしゅうはない。そのことに思い至らなんだ、儂の不明であった。…それに」
「それに?」

「…あの城は、外からは陥ちぬ」
 それが、一番の誤算であった───幸隆は唇をきつく結んだ。
 城にこもる守備兵を減らした上で、何倍もの軍勢で総攻めを行えば、難攻不落の山城といえどいずれ陥とせると安易に考えていた。
 それが一月近く持ちこたえられ、城攻めに味方の軍勢が疲れきったところへ、村上の全軍が押し返してきたのだ。
「内側から切り崩さねばならぬ、か」
「そういうことだ」
 それには、時間と、金が要る…幸隆の脳裡ひそかに光が走る。謀がひらめく際に明滅する、かすかな光。それを切らさぬようにたぐりよせ、しかとした策まで練り上げなくてはならぬ。
 自らの考えに埋没し、押し黙った幸隆を所在なげにながめていた相木が、ふと身を返した。
「───御方」
 相木の声に幸隆は我に返り、薄暗がりのなかに妻の姿を認めた。
「忍芽。…如何した」
「如何したも何も、殿が起きておられるのに私ひとり寝むわけに参りませぬ」
 凛とした妻のまなざしを受け止めて、幸隆は静かに微笑した。
───殿、よくぞご無事で…!
 報せは受けていたのだろう、真田勢が逃げ込んだとき城の守りは既に固められており、幸隆を出迎えた忍芽はただ幸隆の無事を喜んでくれたものだった。
 己に全幅の信頼を寄せてくれる妻を、家臣たちを、何としても裏切ってはならぬ。
「空き腹ではありませぬか。湯漬けなど持ってこさせましょうか」
 傍らの相木にも目を遣りながら優しく問う忍芽に首を振って、
「苦労かけるの」
 思わずそんな言葉が口をついたのには、幸隆自身も驚いたことだった。
「何をおっしゃいます。上州で浪人の妻として過ごした五年間に比べれば、これしきのこと、苦労とも感じませぬ」
 苦笑する幸隆に、相木が口さがなく、
「さすがの真田殿も、御方にはかなわぬと見える」
「その通りじゃ。村上より何より、儂には忍芽が恐い」
「ま。お戯れを」
 声をたてて笑うのも、久方ぶりのことであった。
 疲労と緊張に硬くはりつめていた身体がほぐれ、夜風が臓腑に染み渡る心地がする。
「…儂はな、忍芽。討死していったあまたの将兵たちを思えば、かようなことを申すのは憚られるのだが───」
 ほぐれた心に任せて、あのとき以来噛み締めていた思いが、不意に言葉となってこぼれた。
「負け惜しみではなく、此度は負けて得たものも、儂にとっては大きかったと思うのじゃ」
「…驕りを、戒められましたか」
「それもある。が、…儂は、御屋形様のことを、ようやく真に分かったような心持ちがするのじゃ」
 忍芽の美しい柳眉が、いぶかしげに寄せられる。志賀城攻めの際の非道な振る舞いを知って以来、忍芽は晴信に好感情を抱いていなかった。
「勘助が儂を武田へ誘ったとき、御屋形様のことを天下にまたとない方であると、しきりに訴えたものであったな」
「殿はその言葉を信じて甲府へ参られた。でも、実際には…」
「志賀城攻めのときの御屋形様とは違う。あのとき御屋形様に何が起きていたのか、儂は知らぬ。ただ、上田原の戦いで板垣殿・甘利殿が討死を遂げられて以来、御屋形様は勘助の言う天下にまたとない御方になられた…いや、戻られたのだと思う」
 幸隆は相木に視線を移した。幸隆の言葉を見守る相木の目にも、真摯な光が浮かんでいる。
───ならぬ!そちは討死する気じゃ。
 殿を申し出た幸隆の決意を、晴信は見抜いていた。失策を責めもせず、叱咤もせず、ただ幸隆の前に腰を屈め、同じ目線からじっと見詰めた、そのまなざしの強さ、深さ───
「あのとき儂は、御屋形様に、心の臓を鷲掴みにされた心地がしたのじゃ」
 再び闇に、見えない敵に目を凝らす。思い返せば熱い昂ぶりが胸の奥深くに湧き上がり、血がたぎるような心地に襲われる。
「死んではならぬと言われて逆に、御屋形様のためならいつでも死ねると思ったのじゃ。変な話であろう」
「…いや」
 相木が低く、強く応えた。
「変ではない。ちっとも変ではないぞ。───」
 ふたりの武将の感慨を受け止めて、静かに忍芽がうなずいた。
 薪のはぜる音が響き、火の粉が絶え間なく闇に散る。櫓の上に流れる穏やかな沈黙に、晩秋近い夜風がただ吹き過ぎていった。


END

◇あとがき





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Last updated  2007.08.19 18:32:34
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