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つくばからの帰りに古河にやってきました。古河に来るのも久しぶりです。前回は鷹見泉石&土井利位を巡ってきたのでした。今回の目的はズバリ!!静御前の史跡!!思案橋です。国道354沿いなので簡単に見つかりますよ♪ここです。「吉野山峰の白雪ふみわけて入りにし人の跡ぞ恋しき」という有名な歌がありますが静御前は吉野で義経と離ればなれになってしまいました。離ればなれにはなってしまっても静は義経の事が恋しくて仕方がありません。奥州へ行ってしまった義経を求めて旅に出ます。こんなイメージですかね?なんと奥州に向かうのです。長旅ですよね。テクテク歩いていくわけですがそのとき・・・靴ひもがっ!!!何て事でしょうか。誰か死んだかもしれません。リキシマンならともかくまさか義経様の身に・・・・・・その悪い予感は的中しました。静の元に悲報が届きます。義経が亡くなってしまったと言うのです。遠くからはるばる奥州を目がけて歩いてきた静にとってその悲報は衝撃です。茫然としてしまいました。そこで静は、進むべきか戻るべきか思案したというのです。それがこの思案橋だとか。橋から川を眺めてみました。 ふむう(横山光輝風)草がボーボーですね。風情がありません。橋のほとりには銅像と案内板がありましたよ。静御前っていうと石原さとみのせいですごく可愛い大和撫子のようなイメージを持ってしまいます。本当にこんなんだったらどうします?こんなピースなんてされてしまったらもう無理です。(何が?)静御前の写真とかがあれば是非見てみたいと思うんですけどね、想像するしかありません。こちらが思案橋のふもとの銅像です♪なんだか松姫に似てますね。
2008.06.29
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いよいよ仕事始めです。今年はポジティブに、明るく行こうかと思います。最初は努力が必要かと思いますがまぁやるしかありません。今年の目標は、ひとつきの労働時間は絶対に200時間を超えない事。超えたら退職する。絶対にTOEIC860を突破すること。あとはお城スタンプを合計30以上集める事。では頑張りマース!!
2008.01.04
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今日は藤田小四郎について語ります♪まずは当時の常陸の国についてですが、現在の茨城県の事ですね。ここは水戸学って学問がありますがその基本理念はこうでした。「朝廷を尊ぶ」実際に水戸の弘道館を歩いたりすると大きな字で「尊攘」と書かれた掛け軸があったりします。尊王攘夷が叫ばれる幕末には、水戸では斉昭公(慶喜のパパね)が藩主をやってましたが、かれに仕えた重臣がいました。藤田東湖です。偕楽園の近くには東湖神社ってのもありますよ。斉昭公にしても藤田東湖にしても幕末の水戸には超有名人が登場します。その藤田東湖の子供として生まれてきたのが藤田小四郎!!今日の主人公です。小四郎は、あちこち旅をして全国に知り合いを作ります。その交流の中で我こそは尊王攘夷の先駆者になるぞ!!!と、堅く決意をするのです。小四郎は叫びます!!「立てよ!!国民!!!」筑波山に登り、尊王攘夷の先駆者として挙兵します。これに応じて筑波山には1000名を越える有志が集まります。そんで、この挙兵が全国にまで響き渡ります。この時の筑波の軍団を人々はこう呼びます。「天狗党!!」天狗党のTOPは武田耕雲斎、小四郎は参謀として活躍します。挙兵の真意を朝廷や、藩主斉昭公の息子である一橋慶喜に伝えるために頑張っていたのですが残念ながら最後は捕まり仲間とともに首をはねられます。なんと500人以上が首をはねられています。常陸の国では、こうして死んでいった小四郎の像を挙兵の地である筑波山に建てました。おかげで俺は午後から試験だというのに雨に打たれて筑波山を彷徨うはめになったのです。こちらが筑波山の若き藤田小四郎の像ですよ。
2008.06.29
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