東京フリー・メソジスト教団付協力牧師 甲斐慎一郎 説教要約

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10月1日朝の日記 象さん123さん

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聖書預言@ Re:説教要約 1266(08/08) 『JDファラグ聖書預言』でネット検索すれ…
2007.02.05
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「今あるは、ただ神の恵み(2)」


 毎週、教会に通い、信仰生活を送りながら、この比類のない福音
をだれかに語らずにはいられなくなり、「主のみことばは私の心の
うちで、骨の中に閉じ込められて、燃えさかる火のようになり」
(エレミヤ20章9節)という聖書の言葉が心を占領し、人々に福
音を語りたいという情熱が日々増し加えられ、「わたしに仕えると
いうのなら、その人はわたしについて来なさい」(ヨハネ12章26
節)という神さまの言葉が与えられ、牧師になる決心をしました。
その後、教会において3年間、献身生活を送り、神学校に入学した
のです。

 神学校に入りましたが、吃音のためにずいぶん悩みました。聖書
を朗読したり、お祈りをしたり、説教したりするのですから、言葉
がすぐに出てこないことは、大変な苦しみです。しかし信仰によっ
て心を落ち着かせ、少しずつですが、克服することができたのです。

 「作家の井上ひさし氏は、吃音のために人知れず、どんなに苦し
んだかを陽気にこう語っている。
 上京してすぐアルバイトが見つかった。四谷駅前のカトリック系
の出版社の書籍を週一回、国電に乗って立川市の教会へ運び届ける
仕事で、友人たちは「電車に乗って往復するだけで百円になるんだ
からいいよなあ」と、わたしを羨しがっていたが、吃音者であった
わたしには、これはなかなか難儀なことだった。というのは立川ま
での切符を手に入れるのが大事業だからで、「タ」や「チ」などタ
行の音で始まる言葉は、ハ行の音で始まる言葉とともに吃音者の難
関なのだ。「立川。往復一枚」と、これだけのことが、タ行に属す
る音で始まっているという理由で、切符売場の駅員に切り出せない。
そこで立川の次の駅までの切符を買い求めようと考える。だが、立
川の次は「日野」、これはハ行の音で始まっており鬼門だ。では、
「日野」のさらに一駅向こうは?「豊田」で立川と同じこと。豊田
の次は「八王子」でハ行。その次の「高尾」はタ行。結局わたしは
その次かなんかの「裏高尾」まで買わざるを得なくなり、なんでこ
の中央線の立川あたりにはタ行やハ行の音で始まる駅名が多いのか
しらんと腹を立て、腹立ちまぎれに立川では降りずに裏高尾まで行
き、高尾山に登っておでん喰って帰ってきて足を出し、この仕事を
友人に譲ったのだった」(多田道太郎著「日本語の作法」創拓社、
1990年、19、20頁)。

 井上ひさし氏は、自分の吃音をこのように陽気に語ることができ
るまで克服したのです。私も長い年月がかかりましたが、吃音を克
服し、今、牧師として毎週、説教し、今日は、このようにラジオに
おいてお話しをすることができるのは、まさに奇蹟としか言いよう
がありません。

 神学校の在学中に家族を信仰に導くために、神さまにお祈りする
とともに、手紙を書いたり、教会を紹介したりして、福音を伝えま
した。神学校の3年の時、私が洗礼を受けてから8年目に母とすぐ
下の妹が、それから2年後に一番下の妹と父が洗礼を受け、家族全
員が信仰を持ったのです。

 1969年3月に神学校を卒業し、結婚して家庭を持ち、昭島市
にある外人ハウスを借りて伝道を始めました。教会の土地もなけれ
ば、教会堂もない借家における伝道は、ほんとうに大変でした。毎
週の集会には、わずかな人しか来ませんし、少数の来会者があって
も、去って行き、二度と来ませんでした。その頃、私の家族は、千
葉に住み、毎週、教会に通っていましたが、見るに見かねて、昭島
教会の隣の外人ハウスが空いたので、そこに引っ越して来ました。
そして教会の土地を購入し、教会堂を建てるために、千葉の家を売
却し、土地を購入する資金の一部にあてたのです。

 そのため両親は、3年前まで、28年間、教会の近くにある6畳
と台所だけの1Kの賃貸の団地に住んでいました。人の目から見れ
ば、私は親不孝な息子で、ほんとうに申し訳ないと思っています。
しかし両親は自分の家を売って、家が無くなったことを悲しんだり、
恨んだりすることなく、かえって立派な教会が建ったことを何より
も喜んでいます。それを見て、私は、両親を誇りに思っています。

 現在まで37年の歳月が流れ、その間、このような教会建設に伴
う艱難辛苦をなめましたが、私たちには2人の子、妹には、それぞ
れ、2人の子、3人の子が与えられ、みな洗礼を受けました。私が
信仰を持ってから45年の歳月が流れましたが、今、心に通ってい
るのは、次のような聖書の言葉です。

 「神、主よ。私がいったい何者であり、私の家が何であるからと
いうので、あなたはここまで私を導いてくださったのですか」(第
二サムエル7章18節)。

 信仰を持ってから45年間、様々な苦しみを味わい、色々な困難
にぶつかりましたが、その度に神さまは、折りにかなった助けを与
えてくださり、あふれるばかりの祝福を注いで、私たちの家族を一
歩一歩、導いてくださいましたことを、ほんとうに感謝しています。

2006年5月1日にFEBC(キリスト教ラジオ放送局、AM





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Last updated  2007.02.05 08:23:13
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