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「不正な管理人」
甲斐慎一郎
ルカの福音書、16章1~13節
ルカの福音書の15章の三つのたとえ話は、キリスト者は、自然
の世界から信仰によって超自然の世界に移った者であることを教え
ています。すなわちキリスト者は、その国籍が天にあり(ピリピ3
章20節)、この世のものではありません(ヨハネ17章16節)。
しかしキリスト者(光の子ら)も、この世の子らとともに、この
世に住んでいます。そこで光の子らは、この世においてどのような
生き方をすればよいのか、ということを教えているのが「不正な管
理人」の話です。
一、光の子らは、天上のものに賢くなければなりません(8節)
聖書は、「この世の子らは、自分たちの世のことについては、光
の子らよりも抜けめがないものなので、主人は、不正な管理人がこ
うも抜けめなくやったのをほめた」と教えています(8節)。これ
は、どのような意味なのでしょうか。
この不正な管理人は、文字通り不正な人であり、彼は、まちがっ
たことをしています。ですから私たちは、この不正な管理人を模範
としたり、その行動を見習ったりすべきではないことは言うまでも
ありません。
このたとえ話は、「世の子らが、世のことに抜けめがないように、
光の子らは、天のことに賢くなければならないことを教えています」
(R・C・トレンチ)。世の子らは、この世をすべてとして、これ
に全力を注いで抜けめがないようにふるまっています。とすれば、
なおのこと、光の子ら(キリスト者)は、天のことをすべてとして、
それに全力を傾けて賢く行動しなければなりません。
二、光の子らは、天に宝を積まなければなりません(9節)
聖書は、「不正の富で、自分のために友をつくりなさい。そうし
ておけば、富がなくなったとき、彼らはあなたがたを、永遠の住ま
いに迎えるのです」と教えています(9節)。これは、どのような
意味なのでしょうか。
不正の富とは、「朽ちず衰えず限りなく保つ天の宝を指すまこと
の富」に対して不正と言ったまでで、「定めのない朽ちるこの世の
富」のことを指しています(R・C・トレンチ)。この不正な管理
人は、真の愛もなく、ただ利己的な動機から、世の富を用いて債務
者たちを助け、職を失った時に備えて、自分を迎えてくれる友をつ
くりました。
それならば、なおのこと、信仰によって罪から救われて、真の愛
を与えられた光の子らは、どうして、この世の富を神を知らない人
たちや信仰者のために用いることによって、天に宝を積み、永遠の
住まいに迎えてくれる友をつくれないことがあるでしょうか。
三、光の子らは、地上のものに忠実でなければなりません
(10~12節)
この「小さい事」(10節)や「不正の富」(11節)や「他人のも
の」(12節)は、地上のものを表し、「大きい事」(10節)や「ま
ことの富」(11節)や「あなたがたのもの」(12節)は、天上のも
のを表しています(R・C・トレンチ)。
イエスは、地上のものに不忠実な人は、天上のものにも不忠実で
あるので、そのような人に天上のものをまかせたり、持たせたりす
ることはできないと言われました。
私たちは、この地上のものに忠実であるかどうかによって、天上
のものを与えられるかどうかが決まります。すなわち、世の富を忠
実に管理し、神と人のために正しく用いていくなら、天の宝が与え
られます。しかし、それを浪費したり、乱費したりするなら、不正
な管理人として、天の宝を失ってしまうのです。
拙著「キリストの生涯の学び」131「不正な管理人」より転載
