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「幼子のような心」
甲斐慎一郎
マタイの福音書、18章1~6節
「真に偉大な人とは、おとなの経験と、子どものような単純で甘
美な心をもった人である」と言った人がいます。これは醜いおとな
の世界の中で、いつのまにか幼子の心を失ってしまった私たちにと
って、何と考えさせることばではないでしょうか。
主イエス・キリストは、幼子たちを呼び寄せて、「天の御国はこ
のような者たちの国なのです」(マタイ19章14節)と言われただ
けでなく、「あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない
限り、決して天の御国には、はいれません」(3節)と語られまし
たが、これは何と驚くべきことでしょうか。
そこで「幼子のような心」とは、どのような心であるかについて、
聖書の中から学んでみましょう。
一、幼子の心の特徴について
幼子は、どんなに無邪気であっても、神でもなければ天使でもな
いことは、言うまでもありません。まして人類の堕落以後は、幼子
といえども罪を持って生まれるので、様々な悪い心があることは衆
知の事実です。
しかしここで「悔い改めて子どもたちのようにならない限り」と
言われているのは、幼子の心に代表される「単純な心」を教えよう
としています。神が私たちに求められ、また私たちが神に対して持
たなければならない最も大切な心は、この単純さなのです。
二、単純さについて
それでは「単純さ」とは、どのようなことでしょうか。これはマ
タイの福音書6章22節に記されている「健全」(原語は単純)とい
うことばから、三つの意味があります。
第一は、純粋で、二心ではないことです。
透明で、澄んでおり、曇りのない心を持つことで、良いものは良
い、悪いものは悪いとはっきりと識別し、判断することです。
第二は、素朴で、飾り気がないことです。
ありのままで、少しも繕わない心を持つことで、良く見せかける
こと(偽善)も、悪く見せかけること(偽悪)もないことです。
第三は、素直で、頑なではないことです。
意地や強情を張らず、教えられやすい心を持つことで、良いもの
は受け入れて信頼し、悪いものは拒絶することです。
これが「単純さ」に代表される幼子の心の特徴です。
三、おとなの心の特徴について
これに対しておとなの心は、どのようなものでしょうか。それは
幼子の心とは全く正反対の単純さを失ってしまった心です。
◇第一は、純粋さがなく、二心です。
◇第二は、素朴さがなく、繕う心です。
◇第三は、素直さがなく、頑固な心です。
これが「単純さ」に代表される幼子の心を失ったおとなの心の特
徴です。
四、幼子の心を失った理由について
しかし私たちは、子どもからおとなになるにつれて、幼子の心に
代表される単純さを失ってしまうのは、なぜでしょうか。それは幼
子のような単純さでは、互いにだましたり、だまされたりしている
醜いおとなの世界では到底生きていくことはできず、初めは不本意
ながらも、ついには承知で世の汚れに染まってしまうからです。
それではこのようになってしまった根本的な原因は何でしょうか。
それは私たちを決して裏切ることのない真実と愛に満ちた神とその
世界を信じないで、ただ私たちを欺いて懐疑的にさせる罪深い人間
とその世界しか知らないからです。
五、幼子の心を取り戻す秘訣について
聖書は、「すべての人を偽り者としても、神は真実な方であると
すべきです」(ローマ3章4節)と教えていますが、限りなく正し
く、きよく、そして真実と愛に満ちた神を信じることこそ、猜疑心
が取り除かれて、幼子のような単純な心を持つことができる秘訣な
のです。