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「全能の神に拠り頼む訓練(2)」
甲斐慎一郎
列王記第一、18章
雨が降らくなってから三年半の歳月が流れました(ヤコブ5章17
節)。エリヤがききんを預言したことによって、それが効を奏する
とすれば、すでにあるはずです。しかしアハブもイスラエルの民も、
このようなことがあっても悔い改めようとはしませんでした。
一、アハブに会いに行くためオバデヤに会い、彼に取り次ぎ
を命じたエリヤ(1~15節)
「そのころ、サマリヤではききんがひど」く(2節)、しかも夏
でしたので、イゼベルはサマリヤの宮殿を出て、イズレエルにある
避暑の宮殿にいました(45、46節、21章1、2節参照)。神の摂
理によってイゼベルがサマリヤにいなかったので、アハブは、オバ
デヤを呼び寄せ、草を見つけるために、ふたりで国を二分して巡り
歩くことができただけでなく(3~6節)、その後、エリヤの挑戦
に応じて自らカルメル山に行くのです(20節)。
主はエリヤにアハブに会いに行くように命じられました(1節)。
エリヤはアハブに会いに行くためにオバデヤに会い、王に取り次ぐ
よう彼に命じました(7、8節)。
二、アハブに偶像の預言者を集めさせ、彼らに信仰の戦いを
挑んだエリヤ(16~29節)
エリヤは、アハブに偶像の預言者をカルメル山に集めさせ、大胆
にもひとりで四百五十人のバアルの預言者に立ち向かい、主が神で
あるのか、それともバアルが神であるのかという信仰の戦いを挑み
ました。そのために祭壇を築き、たきぎの上に雄牛を載せ、「火を
もって答える神、その方が神である」と民に信仰の決断を迫りまし
た(20~24節)。
バアルは火の神でしたが、バアルの預言者たちが声をからして朝
から昼まで叫んでも、剣や槍で自分たちの身を傷つけても火を呼び
下すことはできませんでした(26~29節)。
この日、カルメル山の上で起こった事件は、イスラエルの歴史の
中で特別な出来事です。聖書は山上の光景を三つ教えています。
「第一はシナイ山上においてモーセを通して契約を結んだ時、第
二はカルメル山上においてエリヤを通して契約を確認した時、第三
は変貌山上においてモーセとエリヤがキリストについて荘重なあか
しをし、そして契約は、このキリストによって完了し、変貌し、一
新された時です」(A・イーダーシャイム)。
三、天から火を呼び下し、主が神であることを民に明らかに
示したエリヤ(30~40節)
エリヤは、壊れていた主の祭壇を建て直し、たきぎの上に雄牛を
載せただけでなく、その上に三度も水を注がせました(30~35節)。
晩のささげ物をささげるころになると、主に祈りました(36節)。こ
の時、エリヤではなく生ける神ご自身が手を伸ばし、奇蹟を行われ
ました。この御手を動かしたのは祈りでした。その祈りは主こそ神
であることを沈着冷静にとらえつつ、火のように激しい熱心さでみ
わざを行ってくださることを求めています。
民はひれ伏して、「主こそ神です」と言いました(39節)。こうし
てイスラエルは悔い改めて神に立ち返りました。アハブは、事の一
部始終をしばし茫然として眺めていましたが、やがてこうべを垂れ、
しばらくの間、主に対して悔い改めの心を表したのです。
四、祈りによって大雨を降らせ、アハブの前を走って帰途に
ついたエリヤ(41~46節)
しかしエリヤの奉仕は、これで終わったのではありません。彼は、
苦しみ悶えて七度も祈り、主が彼の祈りに答えてくださったので、
三年半ぶりに雨が降りました(41~45節)。
「エリヤは、悔い改めた王の前を走ることを恥とせず、かえって
そのことをイズレエルに伝える先駆者になろうとしています。イズ
レエルの入口まで新しい知らせを伝えに行きました。その門まで神
の警戒の声のように先駆をなしました。しかしアハブは門をはいる
ならば、再び誘惑者(イゼベル)に会おうとしています。両者(ア
ハブとイゼベル)は、この門のそばで相離れなければなりません。
以後イスラエルの王は、主につくか、またはイゼベルの神につくか
を決断しなければならないのです」(A・イーダーシャイム)。
甲斐慎一郎の著書 → 説教集