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「全能の神に拠り頼む訓練(1)」
甲斐慎一郎
列王記、第一、17章
イスラエルの背教は、アハブの治世にその頂点に達しました。し
かし主は、この堕落を食い止めるために旧約時代において最大の預
言者であるエリヤを遣わされました。
一、アハブの前に立ち、二、三年の間は露も雨も降らないこ
とを預言したエリヤ(1節)
エリヤは、「毛衣を着て、腰に皮帯を締めた人でした」(第二列
王1章8節)。彼は、服装だけでなく、その使命においても旧約に
おけるバプテスマのヨハネであるということができます(マタイ3
章4節、17章11、12節)。アハブの前に忽然と現れ、「ここ二、
三年の間は露も雨も降らないであろう」と預言すると、王の前から
忽然と姿を消しました(1節)。
エリヤは、アハブの預言者と祭司は主を知らず、主に対して全く
無力であることを教えるためにこのような奇怪な行動をとったので
しょう。そして、神のことばは必ず成就することを心から信じて、
「雨が降らないように祈」ったのです(ヤコブ5章17節)。
二、ケリテ川のほとりに行って住み、主の命を受けた烏に養
われたエリヤ(2~7節)
エリヤは、主のことばに従ってケリテ川のほとりに行って住み、
主の命を受けた烏に養われました(3~6節)。それにしても烏が
パンと肉を運ぶとは何とも心もとない話です。
エリヤは、ミデヤンの荒野において神の教育を受けたモーセのよ
うに、いや主イエス・キリストのように、ただ神とともにあってイ
スラエルのために祈り、また将来のために準備しなければなりませ
んでした。このようにしてイスラエルを滅亡から救うために、自然
の世界を支配しておられる全能の神に拠り頼む訓練を受けたのです。
三、ツァレファテに行って住み、主の命を受けたやもめに養
われたエリヤ(8~16節)
しばらくすると、ケリテ川がかれたので、エリヤは、主のことば
に従ってシドンのツァレファテに行って住み、主の命を受けたひと
りのやもめに養われました(7~16節)。
「イエスがこの出来事を引用された箇所は(ルカ4章25、26節)、
三つのことを教えています。第一は、エリヤをもてなすことはツァ
レファテのやもめに与えられた特権であること、第二は、この特権
は彼女に真の霊的祝福となること、第三は、神はユダヤ人だけの神
ではなく、異邦人にとっても神であること(ローマ3章29節)です」
(A・イーダーシャイム)。
エリヤは、よりによって自分のいのちを狙うイゼベルの生まれた
シドンに行き、イスラエルではなく異邦人の町であるツァレファテ
に住み、しかも最後の食事をして死のうとしているような貧しいや
もめに養われました。このようにしてイスラエルを滅亡から救うた
めに、人間の世界を支配しておられる全能の神に拠り頼む訓練を受
けたのです。
四、重い病気のために息を引き取ったやもめの息子を生き返
らせたエリヤ(17~24節)
ところが、やもめの息子が重い病気になり、息を引き取りました
(17節)。これは、やもめはもちろんのこと、エリヤにとっても大
きな信仰の試練でした(18節)。しかしエリヤの望みえない時に望
みを抱く信仰と執拗な祈りによって、その子は生き返りました(19
~23節)。やもめは生き返った息子を腕に抱き、エリヤに「今、私
はあなたが神の人であり、あなたの口にある主のことばが真実であ
ることを知りました」と言いました(24節)。
「これは、このやもめが最初にエリヤを迎えた時、すでに学んだ
ことであり、また日々の食事の際に目撃したことでした。そして神
は、ことばに表せない彼女の思いと祈りに答えて、神が人をお取り
扱いになる最も高尚な意味は、さばきではなくあわれみであり、刑
罰と復讐ではなく愛と赦しであることを示された時、彼女は、この
ことを知ることができました」(A・イーダーシャイム)。
このようにして彼は、イスラエルを滅亡から救うために、人間の
いのち--肉体的、精神的そして霊的ないのち--を支配しておら
れる全能の神に拠り頼む訓練を受けたのです。
甲斐慎一郎の著書 → 説教集