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「新約聖書にみる降誕の意義」
インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。以下のURLをクリックすると見ることができます。
2012年8月3日放映「キリスト教の信仰」
http://japan.cgntv.net/_inc/player.asp?pid=2384&type=vod&player=8&bit=high&vid=57593&dreamon=Y
「新約聖書にみる降誕の意義」
甲斐慎一郎
ヨハネの福音書、1章1~18節
私たちは、新約聖書を読むならば、そこに旧約聖書において準備
され、芽を吹き、ひな型として示されたキリストとその救いが、つ
いに完成し、開花し、実体として現されたことを見るのです。
一、真の光--キリストは神が人類に与えられた最高の啓示
です(9、18節)
私たちにとって何かが「見える」ためには、次の二つの条件が満
たされなければなりません。すなわち「光がある」ということ、そ
して「目が見える」ということです。私たちの目がどんなによく見
えても、もし光がなければ、何も見えません。
神と霊の世界に関することも同じであり、神が啓示の光によって
私たちを照らしてくださらない限り、私たちは神に関することは何
一つ分からないのです。
神は、まず自然界の光または創造の光によって私たちに神の存在
を示し(ローマ1章20節)、次に歴史の光または旧約聖書の光によ
って神の性質を示しておられましたが、最後に御子イエス・キリス
トの受肉によって真昼のように明るく神ご自身を示してくださった
のです。
「いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひ
とり子の神が、神を説き明かされたのである」と記されている通り
です(18節)。この方こそ、「すべての人を照らす......まことの光」
なのです(9節)。
しかしどんなに明るく啓示の光が私たちを照らしても、もし目が
見えなければ神を知ることはできません。信仰こそ私たちの目を開
かせるものであり、目が見えるための唯一の条件なのです。
二、真の愛--キリストは神が人類に与えられた最上の贈り
物です(16、17節)
ヨハネは「私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、
恵みの上にさらに恵みを受けたのである」と述べています(16節)。
恵みとは「受ける資格のない者に与えられる無代価の賜物」のこと
であり、いわば神よりの贈り物です。これは神の計り知れない愛の
表れであることは言うまでもありません。
私たちは、自然の恵みという神よりの贈り物がなければ、一瞬た
りとも生きていくことはできません。しかし神は、この自然の恵み
の上にさらに私たちを罪から救うために掛け替えのないひとり子を
与えるという恵みを加えられたのです。これ以上のすばらしい贈り
物がほかにあるでしょうか。
三、真の生命--キリストは神が人類に与えられた最善の救
いです(12、13節)
神がキリストをこの世界に誕生させたのは、何のためでしょうか。
ヨハネは、この神よりの最上の贈り物であるキリストを「受け入れ
た人々......には、神の子どもとされる特権」(12節)が与えられ、
「この人々は......神によって生まれたのである」(13節)と述べて
います。すなわち神は、信じる人々の心の中にキリストを住まわせ
るために、キリストをこの地上に誕生させたのです。
キリストは、「インマヌエル(神は私たちとともにおられる)」
(マタイ1章23節)と呼ばれていますが、罪から救われる真の救い
とは、信じる人々の心の中にキリストが宿り、そのキリストの生命
にあずかって、私たちが神と永遠に一つになることなのです。
この世の中は、暗黒と憎悪と死の状態にあります。しかし救い主
イエス・キリストの降誕は、私たちに暗黒に対して光を、憎悪に対
して愛を、死に対して生命を与えるのです。
甲斐慎一郎の著書 → 説教集