東京フリー・メソジスト教団付協力牧師 甲斐慎一郎 説教要約

東京フリー・メソジスト教団付協力牧師 甲斐慎一郎 説教要約

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

昭島フリー

昭島フリー

Freepage List

Calendar

Favorite Blog

10月1日朝の日記 象さん123さん

Comments

聖書預言@ Re:説教要約 1266(08/08) 『JDファラグ聖書預言』でネット検索すれ…
2013.05.20
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類

「心の一新によって自分を変えなさい」 

インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。以下のURLをクリックすると見ることができます。
2013年3月11日放映「神の愛の広さ、長さ、高さ、深さ」    

http://japan.cgntv.net/_inc/player.asp?pid=2384&type=vod&player=8&bit=high&vid=60338&dreamon=Y

  • 130526特礼チラシブログ用.jpg

「心の一新によって自分を変えなさい」

                       ローマ人への手紙、12章2節

 「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみ
こころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完
全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変え
なさい」(2節)。

一、心の一新の必要

 なぜ私たちは、「心の一新」が必要なのでしょうか。消極的な面
は「この世と調子を合わせ」ないためであり、積極的な面は「神の
みこころをわきまえ知るため」です。

 パウロは、この世は「神を知っていながら、その神を神としてあ
がめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知
な心は暗くな」るか、または「神を知ろうとしたがらないので、神
は彼らを良くない思いに引き渡され、そのため彼らは、してはなら
ないことをするようにな」ると、鋭く指摘しています(ローマ1章
21、28節)。

 ですから人間にとって最も大切なことは「神のみこころ……をわ
きまえ知るために」、「神を知る知識を増し加え」ることです(コ
ロサイ1章10節)。それでペテロは、「キリストの恵みと知識にお
いて成長しなさい」と勧めているのです(第一ペテロ3章18節)。

二、心の一新の意味

 聖書は、人間は「霊、たましい、からだ」という三つの要素から
成り立っていると教えています(第一テサロニケ5章23、24節)。

 たましい(ソウル Soul)には「知性の面での心(マインド Mind)」
と「感情の面での心(ハート Heart)」と「意志の面での心(ウィ
ルWill)」という三つの面があります。「心の一新」の「心」は、
原語のギリシャ語は、「ヌース」で、「肉の思い」(コロサイ2章
18節)の「思い」と同じ言葉です。英語の聖書は、「知性の面での
心」を表す「マインド(Mind)」と訳されています。

  私たちは、罪を悔い改めてキリストの贖いを信じるなら、一瞬に
して罪が赦される救いを体験します。これが「霊の回心」です。し
かし、それがどのようなことかということは、長い間、聖書を読ん
で学ぶだけでなく、祈りつつ思い巡らして考え、聖霊に教えられな
ければ、理解することができません。これが「心(思い Mind)の
一新」であり、「霊の回心」に対して「心(思い Mind)の回心」
と呼ばれるものです。これは、一生の間、変えられ続けなければな
らないものです。

 たとえ「霊の回心」があったとしても、この「心(思い Mind)
の回心」がなければ、私たちの心には、神を知らない「世的な思い」
また「知性の腐った」(第二テモテ3章8節)「肉の思い」があり、
その「肉の思いは死であり……肉の思いは神に対して反抗」し、
「それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです」
(ローマ8章7節)。

三、心の一新の秘訣

  「心の一新」または「心(思い)の回心」の秘訣は、聖書を学び、
神のことばを心にたくわえ、私たちの思いが神の思いになることで
す。しかし「肉の思い」を持っている私たちは、「神の律法に服従
できないので」、ただ聖書を学び、神のことばを心にたくわえても
「心(思い)の回心」にはなりません。

 それで神は、律法にそむいて、契約を守り通さなかったイスラエ
ルの民と「新しい契約を結ぶ日が」来ることを約束されました(ヘ
ブル8章8節)。その新しい契約とは、石の板に記された神の律法
を与えるのではなく、人の心の板に神の律法を記すこと、すなわち
神の「律法を彼らの思いの中に入れ、彼らの心に書きつける」こと
です(同8章10節)。

 神は、このことをキリストの十字架の死による贖いとその結果で
ある聖霊の降臨によって成就されました。罪を悔い改めて十字架の
贖いを信じるなら、罪が赦されて聖霊が与えられますが(使徒2章
38節)、この聖霊が与えられることこそ、神の律法が心に記される
ことであり、その思いは「御霊による思い」になります(ローマ8
章6節)。そしてそれが「心(思い Mind)の一新」また「心(思
い)の回心」にほかならないのです。

甲斐慎一郎の著書 → 説教集

東京フリーメソジスト昭島キリスト教会

  • 130602特礼チラシブログ用.jpg





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2013.05.20 21:35:36
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: