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「心の一新(3)神を知る知識」
インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。以下のURLをクリックすると見ることができます。
2013年5月31日放映「信仰の決断」
http://japan.cgntv.net/_inc/player.asp?pid=2384&type=vod&player=8&bit=high&vid=61469&dreamon=Y
「心の一新(3)神を知る知識」
甲斐慎一郎
コロサイ人への手紙、1章9、10節
「あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこ
ころに関する真の知識に満たされますように。また、主にかなった
歩みをして……神を知る知識を増し加えられますように」(9、10
節)。
一、三種類の知識とその関係について
知識には、三種類(三段階)があります。
1.第一段階――見聞的知識
「見聞的知識」とは、目で見たり、耳で聞いたりして知る知識で
す。すべての知識は、ここから始まりますが、これは、皮相的かつ
浅薄な知識で、これで真相や真理を知ったと思ってはなりません。
第二段階の「思考的知識」の入り口です。
2.第二段階――思考的知識
「思考的知識」とは、「見聞的知識」に基づいて、よく考えて真
理に到達して得た知識です。パウロは、福音のことばを信じたコリ
ントの教会の人たちに、「もしあなたがたがよく考えもしないで信
じたのでないなら……この福音によって救われるのです」と述べて
います(第一コリント15章2節)。
3.第三段階――体験的知識
「体験的知識」とは、前者の二つに基づくか、またはそれらを超
越して実際に体験したり、経験したりして知る知識です。目が見え
るようになった生まれつきの盲人は、「ただ一つのことだけ知って
います。私は盲目であったのに、今は見えるということです」と言
いましたが(ヨハネ9章25節)、これこそ、ほんとうに知っている
ということです。
二、この世の知識と神を知る知識について
パウロは、「この世の知恵」と「隠された奥義としての神の知恵」
について教えています(第一コリント2章6、7節)。
1.この世の知恵
知識には、三種類または三段階がありますが、どちらにしても、
「一般的な知識」は、「この世の知恵」であり、この世のことしか
分からず、神と永遠の世界のことを知ることはできません。
2.隠された奥義としての神の知恵
「神を知る知識」は、「隠された奥義としての神の知恵」であり、
永遠の世界を知り、神から永遠のいのちが与えられて生きることを
知っている知識です。
パウロは、「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリスト
についてのみことばによる」と教えています(ローマ10章17節)。
まず神のことばを聞き(見聞的知識)、次に「よく考え」て(第一
コリント15章2節)、それが真理であることを知り(思考的知識)、
最後にその知った真理を「信仰によって結びつけ」る(ヘブル4章
2節)、すなわち「信じること」によって、神を知るほんとうの知
識(体験的知識)になるのです。
三、知識において成長することについて
ペテロは、「キリストの……知識において成長しなさい」と勧め
ていますが(第二ペテロ3章18節)、「知識」というものを「愛」
と比較して考えるなら、それは識別力のことです。
私たちは、知識を増せば増すほど、物事を正確に見分ける識別力
が増し加わります。しかしパウロは、知識があっても愛がなければ、
「人を高ぶらせ」、「自分を欺き」、「ほかの人を性急にさばく」
と警告しています(第一コリント8章1、2、11節)。「知識」が
物事の真相を見分ける「光(すなわち真理)」であるのに対して、
「愛」は人を動かす「動力」であり「熱」です。パウロは、「愛」
は「真の知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かにな」ると
教えています(ピリピ1章9節)
聖書には、「人は、その妻エバを知った。彼女はみごもってカイ
ンを産み」(創世記4章1節)と記されています。この「知る」と
いうのは、「結合と一体」を意味し、「体験的知識」です。それは
言い換えれば、「人が神を愛するなら、その人は神に知られている」
(第一コリント8章3節)とあるように、「神を知る知識」とは、
神を愛することにほかならず、神を知ることの最も深い意味は、神
を愛し、神と結ばれ、神と一つになることなのです。
甲斐慎一郎の著書 説教集