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「人間を構成する三つの要素」
インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。以下のURLをクリックすると見ることができます。
2012年11月7日放映 「神に会う備え」
「人間を構成する三つの要素」
甲斐慎一郎
テサロニケ人への手紙、第一、5章23節
「あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように」
(23節)。
一、人間の成り立ちの説
人間がどのように成り立っているかということについては、大き
く「二分説または二要素説(ダイコトミー Dichotomy)」と「三分説
または三要素説(トゥライコトミー Trichotomy)」の二つがありま
す。
二、二要素説(Dichotomy)
「二要素説」は、物質的な部分(肉体)と非物質的な部分(たま
しいと霊)の二つで成り立っているという説です。
三、三要素説(Trichotomy)
「三要素説」は「霊」と「たましい(または心、精神)」と「肉
体」の三つで成り立っているという説です(日本ウェスレー出版協
会、キリスト教神学概論、198、199頁)。
四、二要素説と三要素説の違い
「二要素説」も、非物質的な部分をたましいと霊に区別するなら、
三要素説と本質的には変わりません。
五、三要素説について
「三要素説」を支持している聖書の言葉は、テサロニケ人への手
紙、第一、5章23節の「あなたがたの霊、たましい、からだが完全
に守られますように」という聖句です。この言葉は、文語訳は「霊
と心と体」、口語訳も、「霊と心とからだ」と訳されています。新
共同訳は、「霊も魂も体も」と訳されており、新改訳と同じです。
英語は、「Spirit and Soul and Body」となっており、ギリシャ
語は、「プニューマ、プシュケー、ソーマ」と訳されています。
「プニューマ」は、「霊」と訳すのが、一般的で、日本語の聖書
は四つともそのように訳されています。
「プシュケー」は、文語と口語は「心」と訳され、新改訳と新共
同訳は、「たましい」と訳されています。英語はSoulです。
大阪聖書学院発行、織田昭編の新約聖書ギリシャ語小辞典には、
「プニューマ」は、神のかたちに造られた人間のみが与えられてい
る能力--神と「汝と我」の関係で人格的交わりを持ち得る能力、
罪を悲しむ能力、神の愛、罪の赦しを受けて喜ぶ能力、人を真に人
として生かしめる神よりの生命力をキャッチして生きる能力--で
あって、単に思考し感情作用をなす能力「プシュケー」とは別個に、
さらにその奥深くにある能力ないし主体である、と記されています
(前掲書279頁)。
「プシュケー」は、肉的人間存在の主体であり、人格の中心部分、
自己、自我を形成するものであって、思考し、情緒を感じ、意志し、
行動する主体です。それは、「psychology(心理学)」の研究対象
となるものです。それは思想を生み、美を解し、文学・芸術・哲学
を生み、そして味わう主体であるが、聖書的立場より見れば「肉」
であって、人間をして人間たらしめる「神のかたち」ではない。そ
れらの能力は、はなはだしい程度の差こそあれ、人間以外の動物に
も備わっているものである、と記されています(前掲書388頁)。
「一寸の虫にも五分の魂」という諺の通りです。
「プシュケー」は、「たましい(Soul)」と訳し、「たましい」
をさらに分けるならば、「知性の面での心(Mind)」と「感情の面
での心(Heart)」と「意志の面での心(Will)」の三つになります。
因みに、英語のMind、Heart、Willに相当する言葉がギリシャ語には
あることが前述の辞典には記されています。
「ヌース」は人間の知の面、思考の面を、「カルディア」は情の
面を、「セレーマ」は意志の面を代表すると見てよい」(前掲書17
1頁)。
「三要素説」に立てば、「たましい」と「心」は、ほぼ同じであ
ると考えることができ(文語訳と口語訳はそれを教えています)、
その奥に「霊」があるのです。