PR
Category
Keyword Search
Freepage List
Calendar
Comments
「四つの法」
インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。以下のURLをクリックすると見ることができます。
2012年11月23日放映「 神の悩みと人の悩み
」
「四つの法」
甲斐慎一郎
ヘブル人への手紙、8章10節
「わたしは、わたしの律法を彼らの思いの中に入れ、彼らの心に
書きつける」(10節)。
「法」とは、「おきて」とか「定め」、また「きまり」とか「規
則」のことであり、それは、「法則」や「法律」または「律法」と
いう言葉の総称です。「法」には様々な種類がありますが、基本的
なものは次のような四つではないでしょうか。
一、自然の法則--自然的なもの
これは、自然現象の中に見られる「常に変わらない一定の関係や
きまり」のことで、天地万物を創造された神によって定められたも
のです。
二、道徳の律法--個人的なもの
これは、人として当然行うべき行為や在るべき姿、また歩むべき
道である「道徳に一定の規則やきまりがある」というものです。
三、社会の法律--社会的なもの
これは、「社会生活を維持するために人によって定められた規律」
であり、守るべき義務と負うべき責任の伴った強制的なものです。
「法律」は、「個人の権利と利益」、また「公共の福祉と安全」、
そして「国家の秩序と平和」を守るために制定されたもので、人間
の外側に表れた行為を取り締まります。
国がどんなに優れた「法律」を制定しても、国民がその法律を守
らなければ意味がなく、その法律を守るようにさせるものが「倫理
・道徳」であり、その「倫理・道徳」を守るようにさせるものが
「思想・信条・宗教」です。
四、神の律法--神的(絶対的)なもの
神の律法は「自然の法則」と「道徳の律法」と「社会の法律」の
すべてに及ぶ絶対的な規準であり、聖書は「自然の法則」と「道徳
の律法」は神によって定められ、「社会の法律」も神の律法に準拠
していると教えています。
1.律法は、神がどのような方であり、その神のみこころがどの
ようなものであるかを私たちに教えるものです(出エジプト20章
1~17節)。
2.律法は、人間の心を照らし、私たちの罪深さと無力さを教え
て、私たちに罪の意識を生じさせるものです(ローマ3章20節)。
3.律法は、人間に救い主の必要を示し、私たちをキリストへ導
くための養育係の役目を果たすものです(ガラテヤ3章24節)。
神は、この三つの目的を果たすためにイスラエルに律法を与えら
れました。神が律法を与えられた目的を正しく知った少数の神の人
や聖徒たちは、律法を守りましたが(詩篇40篇8節)、多くの
人たちは、これを理解することができず、律法にそむいて、神との
契約を守り通さなかったのです。
神は、律法にそむいて、契約を守り通さなかったイスラエルの民
と「新しい契約を結ぶ日が」来ることを約束されました(ヘブル8
章8節)。その新しい契約とは、石の板に記された神の律法を与え
るのではなく、人の心の板に神の律法を記すこと、すなわち、神の
「律法を彼らの思いの中に入れ、彼らの心に書きつける」(同8章
10節)ことです。
パウロは、「愛は律法を全うします」と記し(ローマ13章10節)、
律法を全うするものは愛であると教えています。また「信仰によっ
て......御霊を受け」、「私たちに与えられた聖霊によって、神の愛
が私たちの心に注がれている」とあるように、真の愛は、信仰によ
って受ける御霊によって与えられます(ガラテヤ3章14節、ローマ
5章5節)。
ですから信仰によって聖霊と神の愛が与えられて、律法を全うす
ることこそ、エレミヤによって預言された「わたしは、わたしの律
法を彼らの思いの中に入れ、彼らの心に書きつける」ということば
の意味であり、その成就なのです(ヘブル8章10節)。
神は、このことをキリストの十字架の死による贖いとその結果で
ある聖霊の降臨によって成就されました。罪を悔い改めて、キリス
トの十字架の贖いを信じる者は、罪が赦されて、聖霊が与えられま
すが(使徒2章38節)、この聖霊が与えられることこそ、神の律法
が心に記されることなのです。
甲斐慎一郎の著書 → 説教集