東京フリー・メソジスト教団付協力牧師 甲斐慎一郎 説教要約

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10月1日朝の日記 象さん123さん

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聖書預言@ Re:説教要約 1266(08/08) 『JDファラグ聖書預言』でネット検索すれ…
2014.08.06
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「聖書が教える国家の建設(7)主要民主主義国家の日本」 
2014年8月7日
インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network 
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。2014年4月1日放映 「三つの現実」 
140626四つの法.jpg

「聖書が教える国家の建設(7)主要民主主義国家の日本」
                            甲斐慎一郎
              ローマ人への手紙、13章1~10節

 1975年にフランス大統領ジスカール・デスタンは工業化され
た四つの主要民主主義国(米・英・西独・日)の首脳をフランス・
ランブイエに招待し、フランスを含めて五か国ではじめての首脳会
議を開催し、定期的に首脳会議を持つことを提案しました。こうし
てフランス、アメリカ、イギリス、西ドイツ(1975年当時)、
日本で構成されるいわゆる「G5」が生まれました。しかしこれを
不服としたイタリアの首相が第一回会議に乗り込んで来たので、イ
タリアを加え「G6」となりました。しかしこれでは欧州に偏るた
め、翌年のプエルトリコの首都サンファンでのサミットでアメリカ
のフォード大統領の要請によりカナダが参加したことにより、「G
7」となります。その後、ロシアも加わり、「G8」になりました。

 このように日本が最初の主要民主主義国の首脳会議である「G5」
の時から、その一員になっているのは、1945年の終戦の時、連
合国軍最高司令官司令部(GHQ)が敗戦国の日本に対してとった
様々な政策により民主主義国になったからです。これを「GHQの
デモクラシー」と言います。

 1945年(昭和20年)8月15日、日本はポツダム宣言を受
諾し無条件降伏しました。日本が独立して主権を回復したのは、サ
ンフランシスコ講和条約が締結された1952年(昭和27年)4
月のことです。日本は1945年(昭和20年)8月15日から約
7年近くもの間、アメリカをはじめ連合国(その代表はアメリカ)
の占領下に置かれ、様々な政策を強いられました。

 ダグラス・マッカーサーは、連合国を代表して1945年(昭和
20年)8月30日に日本陸軍厚木航空基地へ愛機「バターン号」
でやって来ました。その後、9月17日に東京第一生命ビルに連合
国軍最高司令官司令部(GHQ)本部事務所を構えて本格的に日本
の占領政策へと乗り出します。

 連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサーをはじめ連合国軍
最高司令官司令部(GHQ)が敗戦国の日本に対してとった様々な
政策は、以下の通りです。

1.陸海軍の解散、軍国主義の廃止、財閥の解体、華族と貴
族の制度の廃止、農地改革

 まずアメリカを中心とする連合国軍最高司令官司令部(GHQ)
は、日本の民主化を図るために様々な政策を行います。日本陸海軍
はともに解散し、軍需産業はすべて停止、一切の軍事力を放棄させ、
治安維持法や特別高等警察なども廃止させ、軍国主義をすべてにお
いて廃止させ、民主化を進めていきました。

 戦時中に利益を得た財閥はすべて解体され、華族と貴族の制度も
廃止しました。大規模地主から国が土地を強制的に買い上げ、それ
を小作人に安く売り渡す農地改革が行われ、これにより多くの自作
農が誕生しました。これは、地主と百姓の縦社会を破壊し、横一列
の社会にすることです。

2.皇族の縮小、国家神道の廃止、政教分離、信教の自由

 皇室の財産はことごとく接収し、皇族の縮小をはかり、日本人の
宗教自体を禁止し、天皇自ら人間宣言させることにより現在の日本
国憲法にもある政教分離を実現させ、これにより帝国主義を廃止さ
せ、天皇が政治に携わることを禁止しました。これから先の日本に
対して信教の自由の確立と軍国主義の排除、そして国家神道を廃止
しました。このことにより天皇を神ではなく日本の象徴と位置づけ
ました。また政教分離により、すべての神社を政府管轄より切り離
し、宗教法人として歩み始めます。この戦後政策において天皇の存
在が守られたのです。

3.選挙法の改正、労働組合法の制定、教育基本法の制定、
軍国主義教育の廃止

 選挙法は改正され、選挙権はそれまでの25歳以上の男子から20
歳以上の男女となり、初めて女子の選挙権が認められました。その他、
労働組合法が制定され、労働組合を作ることが認められたり、教育勅
語が廃止され、教育基本法が制定されました。これにより軍国主義教
育は廃止され、民主主義教育が実施されるようになりました。

4.国民主権、基本的人権尊重、平和主義、勤労の義務が盛り
込まれた日本国憲法の施行

 「大日本帝国憲法」は廃止され、新しい憲法をつくるにあたり、日
本側がある程度の修正案を認められていましたが、日本側の案はすぐ
に却下されました。最終的にはGHQ(アメリカ)自らがそのほとん
どを作成し、それをほんの少しだけ日本側が修正する形で完成しまし
た。この日本国憲法は、「天皇主権」ではなく「国民主権」となり、
「基本的人権尊重」「平和主義」が盛り込まれ、「兵役の義務」がな
くなり「勤労の義務」が明記されています。

 それから日本の工業は、まれに見る発展を遂げました。このように
して日本は、終戦から数えて30年にして工業化された5つの主要民
主主義国の仲間入りをすることができたのです。

(NHKテレビ『映像の戦後60年』『フリー百科事典』を参考資料
としてテレビ局の解釈や注釈、また筆者の個人的な解釈や注釈をすべ
て削除し、実際に起こった出来事や事実のみ記しました)。

次回は、2014年8月14日「聖書が教える国家の建設(8)人間
開発指数の国別ランキングと平和度指数の国別ランキング」です。
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Last updated  2014.08.27 18:25:09 コメントを書く


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