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「信仰の妨げ(1)人への恐れ」
2014年11月6日
インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。2012年11月7日放映
「神に会う備え」
「信仰の妨げ(1)人への恐れ」
甲斐慎一郎
サムエル記、第一、13章
物事には多くの場合、両面があります。すなわち表と裏、または
積極面(プラス面)と消極面(マイナス面)です。信仰の成長も同
じであり、成長するために励むプラスの面と成長を妨げるものを取
り除くマイナスの面があります。
ボートをどんなに一生懸命に漕いでも、ロープが杭につながって
いたのでは前進しないように、私たちは、どんなに信仰に励んでも、
それを妨げるものを断ち切らなければ、信仰に成長することはでき
ません。私たちの信仰を妨げるものは数多くありますが、代表的な
ものは、次のような三つのものではないでしょうか。
1.信仰の妨げ(1)--人への恐れ
2.信仰の妨げ(2)--物への執着
3.信仰の妨げ(3)--世への愛着
まず人への恐れについて学んでみましょう。
一、人への恐れの現れについて
サウルは、13章と15章において一つずつ罪を犯しています。第一は、祭司しかしてはならないことを敢えて行った越権行為であり(13章13節)、第二は、勇気をもって神の命令を遂行しなければならない時に、民の声に負けて、神に従わなかった臆した行為です(15章19節)。
このような罪を犯した原因を調べてみましょう。聖書は、サウル
は次のような4つのことを恐れたと教えています。
1.民が自分から離れて行くこと(11節)
2.敵が自分を攻撃して来ること(12節)
3.自分の人気が落ちること(15章24節)
4.自分の面目が失われること(15章30節)
このようなことはみな、人への恐れの現れであるということがで
きます。
私たちは、神に従うことよりも、人々が自分を離れ去ったり、迫
害したりしないように、また自分の人気や面目が失われないように
することのほうを選ぶなら、人を恐れている証拠です。
このように人を恐れている人は、神を第一にして神の前に正しい
姿になることを捨ててまでも、人間の前で良い顔をし、人に良く思
われようとするのです。
二、人への恐れの結果について
サウルは、人を恐れることによって忍耐を失い、またあせり、つ
いに越権行為をしただけでなく、民のご機嫌をとり、人々の声に負
けて、神の命令を行うことに臆してしまいました。このように人間
は、人を恐れると、出過ぎた余計なことをし、しかも必要で肝心な
ことができなくなってしまうのです。このしてはならないことをし、
しなければならないことをしないことこそ罪です。
この罪を犯した後のサウルの生涯は、堕落の下り坂を転がりなが
ら、霊媒をする女性に尋ねたことが致命傷になり(第一歴代誌10
章13、14節)、ついに真っ逆さまに滅亡の淵に落ちてしまったので
す。人を恐れたサウルの生涯の末路は、何と悲惨なことでしょうか。
三、人への恐れからの解決について
サウルがこのような悲惨な最後を遂げたのは、罪を犯した後、な
おも神を恐れず、人を恐れたために、真の悔い改めをしなかったか
らです(15章30節)。しかしダビデは、サウルに劣らない、いや
それ以上の姦淫と殺人という大罪を犯しましたが、その後、人を恐
れず、神を恐れて、全く悔い改めたので、罪を赦されて立ち直った
のです。
私たちが人を恐れるのは、人の前に生き、神の評価よりも人の評
価のほうを重要視するからです。私たちの永遠の運命は、人の前に
どのような姿であるかによってではなく、神の前にどのような姿で
あるかによって決まります。ですから私たちにとって最も大切なこ
とは、私たちの生涯のすべてをさばかれる神を恐れ、その神の前に
歩むことなのです(伝道者12章13、14節)。
次回は2014年11月13日「信仰の妨げ(2)物への執着」です。
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