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「神への信仰と感情2」
インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。以下のURLをクリックすると見ることができます。
2014年 11月21日放映「 神を求めなさい 」
「神への信仰と感情2」
甲斐慎一郎
第二コリント2章1~4節
一、感情には四種類がある(シェーラー)
1.感覚的な感情
――肉体的な刺激によって起こる快感や苦痛の感情です。
これは刺激がなくなると感情も消えてしまいます。
2.生命的な感情
――からだの内部から湧き起こってくる充実感や倦怠感また緊張感などの感情です。
3.情緒(情動)―
―一般に喜怒哀楽と呼ばれている感情です。これは激しい感情なので、断続的です。
4.情操
――情緒よりもいっそう高等で、音楽、絵画、芸術などで感じる感情です。
これは穏やかな感情なので、持続的です。
感覚的な感情や生命的な感情は、「からだの感知器」として、からだを健康に保つ働きをしています。
情緒は、説明を抜きにして感じで分かるという「直感」の働きをし、情操は、推理によらず直接知るという「直観」の働きをしています。
二、感情には四つの目的がある
1.真の人間らしさを与えるためである
感情は、ことばでは表現することのできない微妙な表情をつくり、人に豊かさや深さ、またうるおいやこまやかさを与えるものです。もしこれがなければ、機械に過ぎず、木石のような人間になってしまうでしょう。
2.人の喜怒哀楽を知るためである
私たちが、人の心の喜びや楽しみ、また悲しみや怒り、そして苦しみや痛みを知ることができるのは、自分自身もこのような心を持っているからです。もしこれがなければ、血も涙もない人間になってしまうでしょう。
3.直感や直観を与えるためである
感情は、論理や思考によらない一種の知識です。論理や思考は時間がかかるので、急を要する時や突発的な出来事には間に合いません。神は、私たちに論理や思 考による知性とともに、論理や思考を抜きにして一瞬にして知ることができる感情を与えてくださいました。ただし直感や直観は推測で、不正確ですら、知性に よってそれが正しいものであるかどうかを確かめることが必要です。
4.意志の決断の正否を教えるためである
知性による観察 と判断の前に直感と直観がありますが、知性による観察と判断によって意志の決断をし、意志の決断の結果が行為であり、その行為には感情が伴います。すなわ ち良いことを語り、良いことをするなら、喜びと平安な感情があり、悪いことを語り、悪いことをするなら、悲しみや苦しみの感情があります。感情は、意志の 決断が正しかったかどうかを私たちに教えるものです。
キリスト者も世の人も直感・直観・知性・意志の決断・行為には感情が伴い、その表情に現れる感情は、その人の個性なので、善悪の判断をしてはならないのです。
三、感覚は脳で知識に変換される
感情が物をとらえるための道具(ツール)は、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)ですから、感情で目に見えない神を知り、とらえことはできません。それ で人の脳は、五感でとらえたものをすべて信号化して脳に送り、脳は、五感でとらえた情報を知覚そして知識に変換しています。
聖書は、「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによる」と教えています(ローマ10章17節)。 私たちは、まず「神のことばを聞き」(聴覚)、次に「よく考え」て(思考)(第一コリント15章2節)、それが「真理であることを知り」(知覚)、最後に その知った真理を「信仰によって、結びつけ」る(ヘブル4章2節)、すなわち「信じる」なら、「神を知る知識」になります(コロサイ1章9節)。
エバは善悪の知識の木を見た時、「食べるのに良く、目に慕わしく……いかにも好ましかった」ので(創世記3章6節)、取って食べました。彼女は、感情で判 断して罪を犯しました。人は、感情ではなく、「取って食べてはならない」(同2章17節)という神のことばに基づいた知性によって判断して、生きなければ ならないのてす(マタイ4章4節)。
甲斐慎一郎の著書 → 説教集