東京フリー・メソジスト教団付協力牧師 甲斐慎一郎 説教要約

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10月1日朝の日記 象さん123さん

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聖書預言@ Re:説教要約 1266(08/08) 『JDファラグ聖書預言』でネット検索すれ…
2016.10.02
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カテゴリ: カテゴリ未分類

「三つの世界」

インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。2015年7月7日放映「 神の啓示と人の探求 」

「三つの世界」     

                              甲斐慎一郎                 
                             詩篇73篇1~28節

説教要約 962  初めに情報ありきか物理法則ありきか 

  聖書は、「心が聖くて正義を行う者は幸福になり、心が汚れて罪

を犯す者は不幸になる」と記しています(1節)。世の中の道徳や

倫理も同じことを教えています。しかし現実の世界は、これとは反
対に、この詩篇の著者アサフが述べているように「悪人が栄え、義
人が苦しんでいる」のです。これはどのように考えたならばよいの
でしょうか。

一、肉眼で見える世界の限界(2~12節)

  アサフは「誇り高ぶる者をねたみ、悪者の栄えるのを見」て、つ
まずきました(3節)。私たちに目がある以上、悪人が繁栄し、義
人が苦難を受けているという矛盾した現実の世界を見ずに済ませる
ことはできないでしょう。しかしたとえこのことを見ても、すべて
の人がつまずくわけではありません。

 どのような人が矛盾した現実の世界を見ると、つまずくのでしょ
うか。それは、肉眼で見える世界がすべてであって、目に見えない
ものは実在せず、真理ではないと主張し、目に見えるもの以外は信
じない人です。

  このような人は、良いことを見ている間は問題がありませんが、
矛盾した悪いことを見ると、つまずいてしまいます。しかし私たち
が肉眼で見える世界しか信じなければ、悪いことを見る度につまず
いてしまうのは当然ではないでしょうか。

二、理性で考える世界の限界(13~16節)

  アサフは、心と行いを聖くし、まじめに生活しているのに(13節)、
一日中、神の懲らしめを受けるだけで、何の利益もありませんでし
た(14節)。これに対して悪人は、罪を犯していながら、「いつま
でも安らかで、富を増してい」ます(12節)。彼は、いくら考えて
も分からず(16節)、つまずいただけでなく、もしこのままを述べ
るなら、後世の人たちを誤らせてしまったであろうと述べています
(15節)。  

 私たちに頭脳がある以上、悪人が繁栄し、義人が苦難を受けるの
はなぜであろうかと考えずに済ますことはできないでしょう。しか
したとえこのことを考えたとしても、すべての人がつまずいて、後
世の人たちを誤らせるわけではありません。

  どのような人が矛盾した現実の世界を考えると、つまずいて、後
世の人たちを誤らせてしまうのでしょうか。それは、理性や頭脳的
な知識で理解できる世界がすべてであって、理性で考えられないも
のは実在せず、真理ではないと主張し、理性で理解できるもの以外
は信じない人です。

  このような人は、理性で考えられる良いことが起きている間は問
題がありませんが、理性では考えられない矛盾したことが起きると、
つまずいてしまいます。理性で考えられないようなことが数多く起
きるのがこの世であり、理性で理解できる世界しか信じなければ、
悪いことが起きる度につまずいてしまうのは当然ではないでしょう
か。

三、信仰の世界による解決(17~28節)

  しかし幸いなことにアサフは、「神の聖所にはいり、ついに、彼
らの最後を悟」りました(17節)。最も狭い「肉眼で見える世界」
とそれより少し広い「理性で考える世界」よりも、もっと広く全体
を教えてくれる神の世界、霊の世界、信仰の世界というものがあり
ます。

  信仰の世界には次の三つの特徴があります。

1.物事を近視眼的に見ず、最後まで見極める「永遠の世界」で
す(17~19節)。悪人の繁栄は長続きせず、その最後は滅びです。 
 2.物事の影や夢を見ず、本体を見極める「実体の世界」です
(20節)。悪人の繁栄は影や一時的な夢に過ぎず、その実体は滅亡
なのです。
  3.神から与えられる祝福や恵みよりも、その与え主である神ご
自身をとらえる「臨在(神がともにおられること)の世界」です
(23~28節)。人間は、神をとらえているなら、すべてのものを持
っているに等しく(ローマ8章32節)、反対に神をとらえていなけ
れば持っているすべてのものも零に等しく、すべてを失ってしまう
のです。


  私たちは、どの世界に生きているでしょうか。

甲斐慎一郎の著書 → 説教集
次回は2016年10月10日「かけがえのない人生」です。






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Last updated  2016.10.11 22:56:02
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