東京フリー・メソジスト教団付協力牧師 甲斐慎一郎 説教要約

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聖書預言@ Re:説教要約 1266(08/08) 『JDファラグ聖書預言』でネット検索すれ…
2018.02.17
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「心を見守れ(9)信仰と良心」  2018年2月18日

インターネットのテレビ局CGNTV(⇒みことばに聞く⇒関東⇒
東京B)の番組に当教会の牧師が出演しました。
2016年1月12日放映「 人間を構成する三要素 」 

「心を見守れ(9)信仰と良心」
           甲斐慎一郎
           テモテへの手紙、第一、1章18~20節

  聖書は、「信仰と正しい良心を保」たなければならず(18節)、
「正しい良心を捨て」るなら、「信仰の破船に会」う、と教えてい
ます(19節)。

一、良心の意味について

  聖書は、ユダヤ人はモーセの律法を持っているが、異邦人はモー
セの律法を持たなくても生まれつきの律法を持っており、良心は、
その証人であると教えています(ローマ2章14、15節)。 「律法」
は、何が正しく、何が不正であるかを教える「規準」ですが、「良
心」は、その律法を土台として、その律法を守ったかどうかの「裁
決を下すもの」です。すなわち、その律法を守れば「善」、破れば
「悪」と裁決を下すのが良心です。

 「律法のないところに違反もありません」が(ローマ4章15節)、
「律法」があっても「良心」がなかったら裁決を下すものがないの
で、罪責を感じることもなければ、道徳的な責任もありません。そ
れで 神は、人に「律法」と「良心」を与えられました。ですから誰
も道徳的な責任を免れることはできず、罪を犯した場合、言い逃れ
や知らぬ振りをすることはできないのです。

二、良心の任務について

  良心は、日本語では「良い心」と書きますが、英語、ラテン語、
ギリシャ語は非常に深い意味を持っています。英語で良心のことを
「コンシェンス(Conscience)」と言いますが、 これは「ともに知
る」という意味です。それでは誰と誰とがともに知るのでしょうか。
『愁いなき神』の著者の北森嘉蔵は「私が他の人とともに知る」と
いうことと、「私が神とともに知る」ということの両者が考えられ
るが、次のような理由で後者であると述べています。

 「彼らの良心もいっしょになってあかしし、また、彼らの思いは
互いに責め合ったり、また、弁明し合ったりしています」(ローマ
2章15節)ということばから、 良心には責める(文語訳、口語訳は
訴える)「検事」の役割と弁明する「弁護士」の役割があり、弁護
士の役割は自分であり、検事の役割は他の人や神です。 しかし検事
の役が他の人であるなら、自分と同じ人ですから、手なずけること
ができ、真に検事の役を務めることができないので、 検事の役は神
でなければならない、すなわち「良心」は「私が神とともに知る」
ことであると結論づけています。

三、良心の完全について

 聖書は、様々な良心、すなわち以下のような八つの良心について
教えています。

1.正しい良心 (第一テモテ1章5、18、19節、ヘブル13章18
   節、第一ペテロ3章16、21節)。
 2.きよい良心 (第一テモテ3章9節、第二テモテ1章3節、ヘ
   ブル9章14節)。
 3.責められることのない良心 (使徒24章16節)。
 4.良心を完全にする (ヘブル9章9節)。
 5.弱い良心 (第一コリント八7、12)。
 6.邪悪な良心 (ヘブル10章22節)。
 7.良心までも汚れ (テトス1章15節)。
 8.良心が麻痺して (第一テモテ4章2節)。

 これらの良心を二つに分けるなら、 1「正しい良心」と、2「き
よい良心」と、3「責められるところのない良心」は、神の律法を
良心の土台に据え、その律法を守っている良心で、もし破った時は、
そのことを責める検事役の神の声に従う良心です。4「完全な良心」
は、前者の三つの良心を保ち続けたものです。このような人は、信
仰に成長していきます。

 これに対して 5「弱い良心」は、矛盾する二つ以上の律法を良心
の土台にするもので、6「邪悪な良心」と、7「汚れた良心」は、
良心の土台である神の律法を信じなかったり、たとえ信じていても、
その律法を破った時、そのことを責める検事役の神の声を無視する
もので、8「麻痺した良心」は、どこまでも神の声を無視するもの
です。このような人は、「信仰の破船に会い」ます(19節)。すな
わち神に逆らって、堕落してしまうのです。

 私たちは、1「正しい良心」と、2「きよい良心」と、3「責め
られるところのない良心」と、4「完全な良心」をもって生きなけ
れば、人としてもキリスト者としても成長することはできないのです。
甲斐慎一郎の著書 → 説教集






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Last updated  2018.02.17 21:17:48コメント(0) | コメントを書く


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