東京フリー・メソジスト教団付協力牧師 甲斐慎一郎 説教要約

東京フリー・メソジスト教団付協力牧師 甲斐慎一郎 説教要約

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

昭島フリー

昭島フリー

Freepage List

Calendar

Favorite Blog

10月1日朝の日記 象さん123さん

Comments

聖書預言@ Re:説教要約 1266(08/08) 『JDファラグ聖書預言』でネット検索すれ…
2021.04.24
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
​​​​​​​
​ 「今は恵みの時、今は救いの日」  2021年4月25日​
インターネットのテレビ局CGNTV(⇒みことばに聞く⇒
関東⇒東京B)の番組に当教会の牧師が出演しました。
2018年8月3日放映「​ 微生物の存在とその驚くべき働き ​」 
​「今は恵みの時、今は救いの日」​
       甲斐慎一郎
       コリント人への手紙巳、第二、6章2節
 「確かに、今は恵みの時、今は救いの日です」(2節)。
​  一、二種のこれからの時( 類 未来と将来) ​
  宗教哲学者の波多野精一氏は、二種類のこれからの時をそれぞれ
「未来」および「将来」と呼び、実存哲学者ハイデガーは、「未来
および「到来」と呼んで区別しました。
◇未来――いまだ来たらずという意味で、見通しがきかない絶望
と不安の時です。
  ◇将来――まさに来たらんとするという意味で、見通しがきく希
望と平安の時です。
  未来は現在から離れて人の手が届かない時であるのに対して、将
来は今につながる人の手が届く時であり、大きな違いがあります。
​二、二種類のいままでの時(過去と由来)​
  ハイデガーは二種類のいままでの時を「過去」および「由来」と
呼んで区別しました。
◇過去――過ぎ去ったという意味で、今さらどうすることもでき
ない時です。
 ◇由来――由って来たるという意味で、今にまで伝えられて来た
時です。
 過去は現在から離れて人の手が届かない時であるのに対して、由
来は今につながる人の手が届く時であり、大きな違いがあります。
​  三、古代ヘブル語の時制        ​
  旧約聖書の原語である古代ヘブル語の時制には「完了形」と「未
完了形」しかなく、旧約聖書は、神の視点から、また神を中心に記
されています。 それで古代ヘブル語の時制は「神にとっては過去と
未来というものはなく、すべての事柄は等しく現在である」(J・
ウェスレー)という神概念を基にしているので、「過去形」や「未
来形」はありません。 人間も、過去のことは今さらどうすることも
できず、未来のことは不確かで、来るか来ないかわかりませんから、
神の前においては、「過去」や「未来」というものはなく、すべて
の事柄は等しく現在です。
​ 四、過去―現在―未来という生き方​
  もし私たちが現在、神を信ぜず、今まで犯してきた罪を悔い改め
ず、キリストの十字架による贖いを信じないで罪を赦されず、聖霊
によって罪をきよめられなければ、罪深い過去の姿は、そのまま現
在の姿であり、それはまた未来の姿でもあり、罪深い姿は永遠に続
きます。これが永遠の滅びであり、地獄です(ヨハネ3章36節、黙
示録20章15節)。
 世の人は「過去は変えられないが、未来は変えられる」と考えて
いますが、聖書は「過去を変えられなければ、将来はない」と教え
ています。
​ 五、由来―今―将来という生き方 ​
  もし私たちが今、神を信じて、今まで犯してきた罪を心から悔い
改め、キリストの十字架による贖いを信じて罪を赦され、聖霊によ
って罪をきよめられるなら、その罪をきよめられた今までの姿は、
今の姿でもあり、それはまた将来の姿でもあり、罪をきよめられた
姿は永遠に続きます。これが永遠のいのちであり、天の御国です
(ヨハネ3章16節、黙示録21章3、4節)。人は罪深い過去を拭
い去ることなどできません。しかし神は、「わたしは、あなたのそ
むきの罪を雲のように、あなたの罪をかすみのようにぬぐい去った。
わたしに帰れ。わたしは、あなたを贖ったからだ」と仰せられたの
です(イザヤ44章22節)。
六、現在的な信仰――過去に信じたとしても今、信じていなけれ
ば罪から救われない
  聖書は「今は恵みの時、今は救いの日です」と教えています(第
二コリント6章2節)。
「今神にむかって生きている者以外、後にだれも神とともに生き
ないであろう。地において神の像をもつ者以外、だれも天において
神の栄光を楽しまないであろう。現在罪から救われていない者は、
だれも将来地獄から救われ得ない。この世で自分の中に神の国をも
たなければ、だれも天において神の国を見ることはできない。天に
おいてキリストとともに支配しようとする者は、だれでも地におい
て自分を支配されるキリストをもたなければならない」(J・ウェ
スレー『神学論文・根本を撃つ』)。 ​​
甲斐慎一郎の著書→​ 説教集 ​
久米小百合氏司会「本の旅」→「​ 使徒パウロの生涯 ​」
​​
​​​​​​​





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2021.04.25 00:07:09コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: