窓の外へ

窓の外へ

2011年03月22日
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今

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大変なことが起こりました。
私は目黒のビルの10階で大地震に遭いました。
食器の割れる音、物の落ちる音が聞こえ、尋常でない揺れを経験しました。
でもその時に、まわりに何人かの人達がいて、それだけでもとても助かったと思います。
皆で安全だと思われるところに移動し、お互いの確認をしていました。
警察からの放送も聞こえ、建物の中にとどまり、外に出ないように呼びかけていました。

その日は電車も止まり、私は帰宅できなくなりました。
でもその時そばに仲間がいて、本当に良かった!
情報を手に入れたり、片づけたり、家に泊めてもらったり、思いつくままに動いただけだったけど、仲間の存在に助けられました。


不安で入った市民センターの喫茶店の人達、とにかく食事をしようと入ったイタリア料理のお店の人達、途中で出会った仲間、友人の奥様とお子さん。
知っている人も、初めて出会う人も、出来る限り助け合っていました。

私が強く感じたのは、人間が生きていくために必要なことは「助け合うこと」だと思ったことです。そしてそれをさっとできる人の多いこと!

私の見えないところでは、原発の処理をしてくれている方たち、安全を調べてくれる人たち、誰もがどうしていいかわからないけれど、皆自分のできる事をして役に立ちたいと、たくさんの人が言っていました。

今回気付いたのは、自分の無意識で「生きるためには勝ち抜かなけれえばならない」という観念があって、それに支配されていたことです。でも今回の経験で、もっと深いところではそんなことを自分がちっとも望んでいないことに気付きました。

そして、自分の「恐怖」の正体はいったい何であろうかと考えました。
死ぬことなのであろうか?
死ぬとはどういうことなのでしょうか?

私が怖れているのは、大好きな人達といっしょにいられなくなることだと思いました。
地震がおきてまず最初に思ったのは、家族の安否、友人の安否です。
死ぬというのは、この私の大好きな人達といっしょにいられなくなる事なんだなあ、と思いました。



「生きる」ということは自分にとってどういう事なのでしょう?
自分の経験すること全て、出会う人すべてが愛おしく思えます。

いつだって先のことはわからないのです。
たくさん愛して生きていたい、今そのように感じています。






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最終更新日  2011年03月22日 23時23分23秒
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