ベネッセの話題は巷間でまだ続いている。
結構論点は明確になってきていて、他の企業も管理面での見直しを考えるところは多いだろう。
日本の場合は、今・この瞬間が何となくうまくいっている場合、あるべき論で手続き・規則を新たに挟み込むことに対し、現場は当たり前だが当該部門の責任者も、積極的でないことが多い。
ただ、近年どの組織も”ノルマ”・目標”はどんどん積み上げられていく一方でメンバーの絞り込みは進んでいるから、さらなる負担増には抵抗がある。結果を厳しく求められるから、なるべく身軽なままでいたい。
とはいっても、今回の教訓は「仕組み手順を整備しても、日常のログ管理をきちんとしなくては意味がない。」ということになろう。チェック・承認プロセスを今まで以上に厳格に運用することとなる。 もう一つは、従業員の給与は、その仕事の重要性を理解し遂行に足る水準であるか、である。
なぜ、こんなことが起きたのか。動機は?
このあたりを突っ込んだ分析を見てみたい。
話が飛ぶかもしれないが、サービスの対価を考える際、情報をきちんと守るモラルを維持できる、という点もよりはっきりと対価に含めるべきかもしれない。アルバイトパードの待遇では、コンビニの冷蔵庫に入って写真をネットでバラ撒いてしまう輩が世を賑わしたように、”やってはいけないこと”を守らせるのも難しい。班員が下請けの再下請ということは、どのような処遇だったのだろう。
もともと、ベネッセは「通信添削」事業が柱である。この通信添削と言うビジネスは専業(=プロ)とは言い難い「赤ペン先生」だから報酬も低い。自分も経験があるが、かかる手間の割には稼げない。この報酬体系を前提としてサービスが設計されているから、仕事を受ける側のモラルの維持は、大変ではないかと勝手に想像する。昨今、特に飲食系のチェーンにおける”アルバイトの反乱”とでもいうような事態は、いくつか話題になっている。本件もその一つになるかも、と風が吹けばおけ屋が・・式に、思うのである。
日本の”偉い人たち”あるいは、政治家はこのサービス産業の構造をどうしたいのであろうか。今回のベネッセ事件は、日本の労働者が、ますます働きづらくなってきている こと、収入が減ってきていること、これらで組織への忠誠度が下がりやすくなってきていることの、一つのサインだったと、後日振り返って評じられることになる、と思う。