俺が帰ってくると、
クレハがスーツのまま床にへたり込んでいた。
「ど・・どした?」
ただいまも言わずにあわてて駆け寄り、かがんで顔を覗く。
「・・・シン・・。」
やっと俺を見つけたクレハは、パチパチとまばたきをしてから
「・・なんでもない・・。」
と言ったけど、そのまま動こうとはしなかった。
なにか変わったところはないか、彼女を観察してみる。
「あ、クレハ。爪どうした?」
いつもはマニキュアさえあまり塗られることがない爪が、
きれいにデコレーションされていた。
「・・・うん。」
なんだかうわのそらでうなずく彼女を見ながら、
様子がおかしい理由はそれに違いないと確信する。
「綺麗だね、やってもらったの?」
俺はクレハの手をとって、その飾られた指先をよく見てみた。
爪が透けて見えるほどの薄いピンクのベースに、
控えめに白い小さな石がならべられている。
そして、折り曲げられた足の先も見てみると、
手とおそろいになっていて、
薬指には、似たようなイメージのリングまではまっていた。
黙ってしまったクレハにもう一度質問する。
「・・・クレハ、素足で帰ってきたんだ・・。」
ストッキングがはかれていないことに気が付いてそう言った。
いいながら、もしかして、
慣れない爪で動けなくなってしまったのではないかと、
彼女の普段の考え方などから想像してみる。
「着替えさせてあげようか?それとも一緒にお風呂はいる?」
洗ってあげるよ?といって俺はクレハの髪に触った。
できれば他の二人が帰ってこないうちに、と心の中で付け加えた。
「ほんと?」
ほっとしたような彼女の顔が、すぐに曇り
「・・でも、シンにだけ甘えたら悪いから・・。」
断られようとした瞬間に、
「じゃあ、あとで髪乾かしてもらえばいいよ、
服着せてもらったり。」
って言った。たたみかけるように、
「クレハだって、そのままじっとしてるわけいかないだろ?」
と強引に彼女に手を回して、立ち上がらせる。
「・・・うん。」
すっかり消耗している彼女は俺に体重を預けて、
力なくうなづく。
俺だって全然知らないけど、
多分そんなに慎重にならなくたって
日常生活には耐えられるくらいの強度はあるんじゃないかと
綺麗な指先を見ながら思ったけど、あえて言わなかった。
裸の彼女に触ったりしたかったし。
クレハは両手を大きく上げて、
なるべくお湯がかからないようにしながら
俺のなすがままに洗われている。
シャワーが顔にかかりながらも、
あまり気にしていないその様子は子供みたいだった。
「この真ん中のビーズみたいのが、すごく高いんだって。」
左手の薬指の爪を指差して俺に説明してくれた。
だったらそれはビーズじゃなくて
天然石かなんかなんだろうと思った。
(指が意味深だな)
「クレハ・・・男の人にしてもらったの?」
「え、うん、そうなの。」
なんでわかったの?と無邪気にしている。
その点に関しては別に暗くなっている感じでもなかったので、
もしなにかあるとしても、たいした問題ではないだろう。
(でも、とりあえず二人に報告だな。)
一人じゃないということは、こういう時とても心強い。
お風呂に入ってさっぱりしたのか、元気になったクレハは、
帰ってきたカズにパジャマを着せてもらって、
諌山に髪を乾かしてもらいながら、
もたれかかったソファーで眠ってしまった。
今日はいつもより疲れてるんだろう。
二人に今までの経緯と男の影を説明した俺は、
「これも薬指だった。」
入浴前にはずした、
クレハの足にあったリングをテーブルの上に置いた。
外ではとても人当たりがよい彼女には、
よく起こるこういった出来事にも、
俺達はちっとも想像できないでいた。
彼女がこの中の誰か一人のものになるであろう未来なんて。
いったい結末はどうむかえるのだろうか。
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