「クレハ、ちょっと待って!」
あわてて部屋から飛び出して、彼女の手をつかんだ。
「カズくん駄目だよ、今出てきちゃ。」
クレハはシーっと細い人差し指をたてて、自分の口にあてた。
その指示にしたがって、声をひそめてから、
「誤解だから、クレハ。」
と言い、夢中で彼女の小さな身体を抱きしめる。
「いいから、早くもどってあげて。」
なにも動揺などしていない彼女は、
笑みさえ浮かべて、パニくっている俺の手を静かにといた。
ワン蔵がきてから、諌山さんの親戚の女のコが、
うちの掃除やらワン蔵の世話やらを手伝いにきてくれている。
なぜかたまたま、
その女のコは俺と同じ大学に通っている後輩で、
ちょっとした顔見知りでもあった。
犬が好きな彼女、茜ちゃんとは話もあうし、
当然大学の話題なんかも出て、さっきは、
すこし会話がはずんでいただけなのだ。
急に帰ってきたクレハは、そんな俺達のことを目撃すると、
まるで見てはいけないものを見てしまったかのように、
無言でたちさり、部屋のドアが閉まった。
無理やり、離れていこうとするクレハを抱きなおして、
力任せに彼女の部屋へ入る。
ドアを閉めて明かりもつけないままで、
彼女を胸に抱いたまま壁際にへたりこんだ。
「カズくん、苦しいよ。」
息ができなかったのか、
クレハが俺の背にまわした手でこぶしをつくってたたいた。
「・・ごめん。」
少し力をゆるめる。でも怖くて離せなかった。
「茜ちゃんのとこにもどって。」
どういうつもりで言っているのか、クレハの表情が見たい。
「もう帰るとこだよ、掃除も散歩も終わったし。」
俺はクレハの頭をなでながら、
自分をなんとか落ち着かせようとしていた。
「じゃあ、お見送りしてあげなきゃ。」
ね?とクレハの声が暗闇の中聞こえる。
「外には出ないから、逃げないで、ここにいてくれる?」
茜ちゃんをほっておくわけにもいかないと思ったので、
とりあえずクレハのいうとおりにすることにした。
本当に縄でしばっておきたいくらいだ。
今にもいなくなってしまいそうだ。
「すいません、なんか・・・でもまた明日も来ます。」
彼女にとってはバイトなんだから当然だ。
不自然だった俺の行動を、茜ちゃんはどううけとったのだろう。
「うん、明日もお願いします。」
なるべく平静を装って、笑顔で手をふったけど、
ドアが閉まったとたんにきびすをかえして部屋にかけもどる。
心臓はドキドキで、手のひらは汗ばんでいた。
明かりのついた部屋で、クレハは普通にスーツを脱いでいて、
着替えようとしているところだった。
どういっていいのかわからなくて、
近くまでいって後ろからまた、抱きしめる。
手首のボタンをはずしながら、クレハは
「茜ちゃんはねぇ、カズくんのこと好きみたいだよ?」
って言った。
「・・・クレハ、なに言ってんの?」
怒っているんだろうか、
それとも、俺はヤキモチすらやいてもらえないのか。
諌山さんのことはあんなに執着するくせに、
シンにだってあんなにも・・・・。
「謝るから、クレハ。お願いだから・・。」
許して欲しいと言いかけた時、
「カズくんはなんにも悪くないよ。」
まるで鼻歌でも歌いだしそうに機嫌よく服を脱いでいる。
「クレハ・・クレハは・・俺のこと・・。」
本当に泣きそうだった。
嫌、ちょっと泣いていたのかもしれない。
余裕のない俺に気が付くと、
クレハは俺の顔を自分の胸に埋めさせてから、
「・・・そのほうがいいんだろうなぁって思っただけだよ。」
と静かに言った。
ごめんなさい、といつもの彼女の声がして、
俺はやっと安心することが出来た。
よかった、強烈な嫉妬なんてなくてもいいけど、
あまりにも無関心では悲しすぎる。
その日の夜、
せめて俺がクレハのことを好きなことくらいは、
茜ちゃんに説明してくれるように諌山さんに泣きつく間、
横でシンがニヤニヤしていた。
彼だって人事ではないだろうに。
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