玄関に見慣れない靴が並べてあったので、
(お客さん?)
と思いながらそっとはいっていくと、
キッチンで、めずらしくエプロンをしたクレハが、
年配の女の人と楽しそうになにかつくっていた。
「あ、シン、おかえり~。」
あまい香りが部屋に充満している、
その女の人もにっこりと上品な笑みを浮かべながら、
「おかえりなさい、まぁ、ほんとにテレビと同じ顔なのね。」
といって、俺に近づいてきた。
「た、ただいま。」
ワン蔵も俺の足元にきて、
はぁはぁいいながら出迎えてくれている。
誰なんだろう、この家に客がくること自体が珍しい。
優しそうだけど、凛とした感じの結構背の高い人の顔を見ながら、
いろいろ思いをめぐらせていると、
「お母さん、お鍋がこげちゃうよ!」
火からはなれた女の人に、シンクの前にいるクレハが言った。
「お、お母さん?」
俺は思わず叫んで、
「高神真です、いつもクレハさんにはお世話に・・。」
握手を求めるように手をだしてしまった。
「あらあら、こちらこそお世話になってます。」
すっと自然に重ねられた手を軽く握りながら、
このスマートさは、
なにか仕事をしている人なのかもしれないと思った。
「もう、お母さん、生地が混ぜれないよ。」
クレハが楽しそうにクスクス笑いながら、呼んでいる。
「なにつくってるの?」
俺は動揺をかくしながら、彼女のかわりに鍋を見に行った。
クレハと並んで立ち、
リンゴのスライスを煮詰めている鍋をかきまぜる。
「えっとね、リンゴを並べてから、生地を入れて焼くの。」
焼き菓子か、と思うと同時に、
「よしよしよしよし。」
と言ってワン蔵にかまうお母さんの姿が目に入った。
「・・・あんまり似てないよね。」
クレハは小さいし顔立ちも違うような気がする。
「そう?」
なんていってクスクス笑う彼女は、
俺達のことをお母さんに、どう説明しているのだろうか。
煮詰まってきたリンゴの火を止めて、
俺は型に並べ始めた。
「いいわねぇクレハちゃんは、いい男に囲まれて。」
ワン蔵によしよししたままで、
お母さんは並んだ俺達のことを眺めている。
「カズくんも、もうすぐ帰ってくるから待っててね。」
混ぜおわった生地から泡だて器を抜いて、
クレハは洗っていた。
ワン蔵がたたっと走り出し、玄関の方まで行くと、
「お、ワン蔵か!」
というカズの声がして、
「ただいまー。」
しばらくしてはいってきた彼もまた、
みなれないお母さんの姿に驚いたようだった。
「こんにちは。」
礼儀正しく挨拶をしたカズに彼女は、
「・・ほんとにいい男じゃない。」
つぶやくようにいって、頭をなでにいっている。
「お母さん、触っちゃ駄目。」
流し込もうとした生地のはいったボールを俺にわたして、
クレハが拗ねるように言うと、
「いいじゃない、減るもんじゃなし。」
といって、身動きできないカズの頭をなでまわしている。
キッチンから離れたクレハは、
うろうろするワン蔵を抱えると、
お母さんにおしつけて、
「はい。」
といってカズに触っている彼女の手をワン蔵にうつした。
「よしよしよしよし。」
反射的にワン蔵をかまって微笑むお母さんに、
「お母さん、犬好きだったの?」
とクレハが聞いた。
「そうなのよ、でもあのコが嫌がるから飼えなかったの。」
会話からさっしたカズが、
「クレハ、兄弟いるの?」
と聞くと、
「ううん、いないよ。」
とクレハが答える。
「・・・じゃあ”あのコ”っていうのは・・?」
お母さんの顔を見て言ったカズに、
お母さんはニッコリしただけだったので、
かわりにクレハがこう答えた。
「諌山さんのお母さんなの。」
ほどよくリンゴのスライスを生地の上に持ち上げて、
完成したものをオーブンの中に入れ終えていた俺は、
ずっこけると同時に180度45分のスイッチをおした。
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